《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》ハッピーエンドはまだ遠いのですわ!
視點はミーアに切り替わります。婚約の式典は進んでいきます。
レオンとミーアが連れ立って城の前の広場に姿を現すと、集まった人々の歓聲が一際大きくなった。
ミーアは絹の白いドレスを、レオンもまた絹の、王家を表す深紅の正裝にを包む。夢のような二人のしさに、婚約に反対していた者たちでさえ、ほう、と嘆のため息をらした。
大勢の市民たちに見守られながら、若い二人は城から広場まで続く兵士の垣を左右に見ながらゆっくりと壇上まで歩いて行く。壇上の上には誰も座っていない一際大きく金のやたらと派手な椅子が置いてある。そこに座るのは、A國全土を統べる者だ。
広場には兵士達が數多くおり、人々が王族に近づくのを防いでいた。それを見たミーアは優越に満たされた。
かつてはあちら側にいたのに、今では平民から羨のまなざしを向けられている。遂にここまでり上がった。
壇上には有力貴族たちが鎮座している。皆王族に近しい者たちだ。彼らは一筋縄ではいかない。祝福、羨、憎悪、嫉妬。ミーアへ抱くは様々だ。しかし、自分に向けられる全てが快だった。
(まるで語の主人公みたい……)
きらめくおとぎ話の中に、ミーアはいた。今だけは手を引くレオンのことも認めてやれる気になった。
しかし一歩壇上に昇り、貴族たちの中にいるはずのない人を見た瞬間、ミーアの顔からの気が引く。
「なぜ……! シドニア様が」
一転、心が戦慄く。
あり得ない! 彼はここにいてはいけない。
(なんのために昨日、あたしが!)
立ち止まったミーアをレオンが不思議そうに見る。名を呟かれたことをシドニアに聞かれたのか、不敵な笑みを返された。
「ミーア嬢。私がいてはまずいのかい? なにか不都合でも?」
平然とシドニアは言う。
困ることだらけであるのは彼も承知のはずだ。だがその聲にも表にも、後ろめたいものなど何一つないかのようだ。焦る気持ちを押さえてミーアは首を橫に振る。
「いいえ、いらしてくださって嬉しいですわ」
にこりと笑ったつもりだったが頬が引きつるのが自分でも分かった。
レオンにエスコートされ、國民からの拍手を浴びてもミーアの背には冷たい汗が流れた。
二人が位置についたところで國王が現れた。眼鋭く威厳たっぷりに、ふてぶてしく……いかにも王たる態度で國民の前に現れる。やはり割れんばかりの拍手と歓聲が上がった。
王はそのままにこりともせずに誰も座っていなかった豪華な椅子にゆっくりと座る。
レオンとミーアは式の初めから終わりまで、ほとんどこの王の前に立つことになる。鋭いにらみから逃れられるのは、式の最後、二人が挨拶する時だけだ。
波だらけの予想に反して、婚約式は滯りなく進んでいく。
立會人代表としてなんちゃらとかいう貴族の男が開會を宣言し、格式張った挨拶をする。この式はあくまで貴族たちの前で行われ、集まった民衆はただの見人に過ぎない。だから男の挨拶も貴族に向けられていた。
ちらりとシドニアに目を向けるが、涼しい顔をしてそれを聞いているだけだ。
その後レオンが二人を代表して婚約の宣言をした。聲高らかなその宣言にも、続いて行われた宣誓書の朗読にも、ミーアの意識は向けられない。気持ちは始終シドニアに向いていたため、ほとんど何を言っていたのか分からなかった。
「ミーア」
突然名前を呼ばれて顔を上げる。
目の前にレオンが困ったような顔をしてこちらを見つめていた。周囲の貴族たちの注目もミーアに集まる。
しまった、なにかまずいことを起こしたか。
けずにいるとレオンが咳払いをした。
「婚約の誓いだ。名前を書けばいい」
立會人の持つ宣誓書を指してそっと伝えられる。既にレオンの名は書いてあった。
「え、ええ……」
ペンを渡され一文字書いたところでミーアはまたもや固まってしまった。
國王がひどく冷たい目でミーアを見る。貴族たちもこの娘はどうかしたのかとざわめき始める。誰かに見られる前に慌ててその文字を黒く塗りつぶすと、「Mia Gruenyah」と正しい名前を記載した。
揺を周囲に悟られただろうか。
(だめだ、しっかりしろ)
こんなんでどうする。
これから先はきっともっと過酷な道になる。
(これは、ほんの始まりに過ぎないんだから)
ミーアはサインをするとレオンに笑いかけた。
「ふふ、張してしまって。だってやっとする人と一緒になれるんですもの」
そうだな、とレオンも頷く。
よかった、疑いはない。
婚約の誓いは終わった。あとは二人が片方ずつ挨拶をすれば、この長くじた式も終わる。レオンと共だって王の目前からようやく解放され、貴族達の目の前まで歩いて行く。
その時だった。
貴族の中で、予定になく立ち上がった者がいた。
(ああ……)
ミーアは目がくらむほどの絶を覚える。
立ち上がったのは、やはり、というべきか……シドニア・アルフォルトだった。
王の前で障壁となっていた二人が退く、このタイミングをずっと待っていたに違いない。
周囲がどよめき悲鳴を上げたのは彼が立ち上がったためではない。彼が手に持っていたからだ――黒くる、その拳銃を。
「ようやくこの時が來た」
シドニアは拳銃を迷うことなく王に向ける。顔には、未だかつて見たこともないほどの怒りが浮かぶ。
貴族達が逃げ出す。式を見ていた民衆も、ある者は悲鳴を上げ、またある者はよく見ようとを乗り出した。兵士達は貴族に當たるのではと銃を構えることをためらっている。また王に銃を向けている相手も貴族だ。撃てるわけがない。王に次ぐ権力者である公爵となればなおさらだ。兵士達は迷い、けない。
シドニアの銃は真っ直ぐに王に向けられる。彼と王を結ぶ軌道には障害はなにもない。やや外れてミーアとレオンがいるだけだ。
「シドニア様! だめよ!」
ミーアはんだ。彼が王に恨みを持っていたのはもちろん知っていた。しかし直接手にかける暴挙に出るなど考えてもみなかった。
昨日彼を逃がしたのは、計り知れない恩があり、どうかどこかで生きていてしいと思ったからだ。こんな場所でこんなことをしてしかったわけではない。
気がつけばシドニアに向けて駆けだしていた。
彼の銃から火花が散り、弾が発されたのはその瞬間だった。
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