《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》復讐の機ですわ!
ヴェロニカの家族が駆け寄り、そのを抱き締める。それに応じた後で、當然のようにロスの隣に並び、怒りを持ってアルベルトを睨んだ。隣に、ロスの息づかいをじながら。
ヴェロニカはそれからごくごくわずかの間、まだアルベルトに銃を構えたままのロスを見た。彼の目は真っ直ぐ前に向いていた。しかし先ほどよりも幾分平靜さを取り戻したように見え、その指も引き金を引くことはない。
だからまた、アルベルトに向き直った。
「人の首を絞めるのは初めてだったようね? あれじゃあ時間が足りなかったみたいよ」
「窒息によって人間の呼吸が止まるのは五分程度、心臓が止まるまで長くて二十分を要する。本気で殺したきゃそれだけ長い間絞め続けなきゃならんが、知らなかったようだな」
まるで経験があるかのようにロスも言った。
ヴェロニカにとっては幸運なことに、アルベルトは失神を死と誤解し去った。だからしばらくの後、息を吹き返した。
恐らくアルベルトにより、何度もナイフを突き立てられたソファーは中の羽が飛び散り、見るも無慘であったものの、ヴェロニカのには傷はない。そして広場の異変に気づきやってきたのだ。
そんなアルベルは今、目をかっぴらき、ヴェロニカを凝視していた。『アルベルト』――他に呼びようがないのだから仕方がない。
アルベルトを許せないと思う。しかし、哀れでもあった。
「アルベルト、あなたはシドニア様の本當の息子ではないのね? 本當のアルベルトはもっとずっとい頃に亡くなっているから。あなたはどこかからか引き取られた子供だった」
ヴェロニカが確信を持って言うと、周囲が驚く。
うう、とうめく聲もシドニアから発せられた。反論がないことを見るに、真実だ。
「でも……。どうして、そんなことをしたのです? ご子息が亡くなられた悲しみは分かりますけれども、別人を息子として育てるなんて」
チェチーリアが目を丸くして言う。彼の常識では計り知れないのだろう。前世でのゲームではそこまで語られなかったらしく、初めて聞いた話のようだ。
反応したのはロスだった。それもひどく蔑んだ口調で。
「貴族の考えることだ。どうせ碌でもないだろうよ」
「碌でもないだと!? ならば教えてやろう!」
逆鱗にれたのか、シドニアがぶ。
グレイの拘束を解こうとしていたため、カルロが加勢に加わった。婚約式に集まった貴族たちはすでに全員逃げており、壇上には限られた関係者しか殘っていない。
シドニアは鼻に皺を寄せ、怒りをわにする。
「これは正當な復讐だ……! あの流行病の熱病を、アルベルトも患った。薬の開発は間に合っていたんだ! 作られたものを我が家に渡すと王は約束していた。だが病は想定以上の猛威をい、薬のほとんどを王族が獨占した」
その流行病なら嫌と言うほど覚えがある。多くの國民が患い、クオーレツィオーネ家のとある人もまた襲われた病だ。
ヴェロニカは、思わずチェチーリアの様子を窺う。妹は顔面蒼白で、寒さに耐えるように両手をの前で握りしめていた。
シドニアの話がどこに進むのか、想像がついてしまった。チェチーリアの手をそっと握ると今にも泣きそうな顔でヴェロニカを見る。
チェチーリアが前世を思い出すきっかけとなった熱病こそ、その病だった。妹がなぜ助かったのか、それは特効薬が間に合ったからだ。父が、い(・)ず(・)こ(・)か(・)ら(・)か(・)手にれてくれた。
シドニアは続ける。
「……クオーレツィオーネ伯爵は陸軍への出資を條件として王から薬をかにけ取り、娘に投與した。だからそこにいるチェチーリアは助かり、薬が間に合わなかったする我が息子(アルベルト)は孤獨の中で死んだ。王は目先のに目がくらみ、代々盡くした私の家を裏切ったんだ!」
「ああ、そんな……」
あの時、まだ貴重だった薬を父がどうやって手にれたのか、ヴェロニカにしても疑問はあった。當時対B國のため陸軍を強化せんと躍起になっていた王に、金を出すと約束したのだ。
する人のためにした行為が、他の誰かの命を奪い憎しみを買っていたなど、父は想像していただろうか?
でもこれで、なぜシドニアが王とクオーレツィオーネ家に恨みを抱いていたのか分かった。息子の復讐だ。ヴェロニカとアルベルトの婚約も、自分に疑いの目が向かないようにするカモフラージュだったのだとすると、膨大な時間をかけて計畫を考えていたことになる。その憎しみと怒りの深さが恐ろしかった。
チェチーリアの震えは大きくなる。
「なにもかも、その時から始まっていたなんて……。わたくしのせいで……」
「チェチーリアのせいではない!」
カルロがんだ。
彼は膝をついているシドニアに、いわゆるドゲザとも言える格好をして頭を下げていた。
「この私のせいだ。あの時は必死で……娘の命を助けることばかり考えていた。本當に、すまない。まさかあなたを絶に陥れていたなんて。謝って済む問題ではないが、ああ、本當に、すまなかった……」
シドニアはそれを、無に見下ろしていた。憎む相手が謝り心の澱がなくなったという訳でもない。それは決して許しの瞳ではなかった。
もはや彼は何も語らなかった。過ぎ去ってしまったものは、今更どうあがいても取り戻すことができない。彼の息子は冷たい墓石の下にいて、復讐を遂げても蘇ることなどないのだから……。
と、視界の端でくものがあった。
ヴェロニカがそちらに目をやるとアルベルトが銃をロスに向けるのが見えた。
今もなお続いている憎悪。
それをアルベルトも持っていた。
ヴェロニカを奪ったロスに歪んだ憎しみが向けられる。
――この男にしてはあろうことか、ロスはシドニアとカルロを食いるように見つめていて、それに気づいていない。
だから、言わずもがな、そうした。
ヴェロニカはロスの前に出て、彼のを背中で後方に押す。
に銃弾をける。激しい痛みが襲った。
皆の視線が自分に集まるのを、どこか冷靜にじる。
が床に倒れる前に、誰かにけ止められる。その手の溫かさは知っている。大きく、無骨で、熱を持っている。――ロスだ。
ヴェロニカはを押さえて薄く目を開けた。
彼のぎょろりと開かれた目がそこにあった。なぜ自分を庇ったのか理解できない、という驚愕。
ヴェロニカは心で笑った。
最後まで、彼は馬鹿だ。なぜ庇ったかなんて、分かりきっていることなのに。だけど、そんな彼だから好きになったのだ。彼の無知がとてもしいと思った。
彼の腕の中にいることが、この上ない幸福にじられた。
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