《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》クオーレツィオーネ夫妻の災難(後編)
「じゃあどうしてわたしと籍をれたわけ!? 飯炊きがしかったの!?」
「飯炊きだとどの口が言うんだ? 食事も含め家事全般をしてるのは俺だろう!」
ロスもまた、黙って引き下がれはしない。
「なぜ籍をれたかだと? お前が役所に結婚屆を勝手に出した――だから結婚してる」
ある日ヴェロニカは帰ってくるなり、破顔し言った。「ロス! 結婚屆を出してきたわよ!」と。
正直言って、混を表に出さないようにするのに苦労した。
いずれはそうなるにしても、こうも突然夫婦はできるものなのか。順序や雙方の合意が必要なのではないか。
だがそもそも真っ當な家族を知らない上、嬉しそうな新妻を前にしては、無粋なことは言えなかった。
思い出したのか、ヴェロニカの勢いはやや鈍化し、ロスの服から手が離される。
ふと目の端に、者がくのが映った。馬車から降りるようである。
気がつけば辺りは暗い森の中だ。
故障か――?
客に聲をかけてもいいものだと思うが、疑問は次に聞こえた聲に掻き消される。
「なるほどあなたはこう言いたいのね」
ヴェロニカの聲には靜かな怒りが含まれる。
者の姿は見當たらない。
「わたしとの結婚は貰い事故みたいなもので、本來の道を安全に進んでいたら絶対に結婚しなかった。この結婚は間違っているって」
「なあヴェロニカ。どうしてそういう思考になるんだ?」
眉を顰め尋ねると、今にも泣きそうな顔がそこにあり、言葉を続けることを躊躇する。
木のから、者が再び戻ってくるのが見えた。一人ではない。數人の男たちを伴っている。共通して、手に小銃を持っていた。
強盜だ。
襲われるのは森と相場でも決まっているのだろうか。
めんどくせえ事態になったな、そう思い目を向けると、視線に気づいたヴェロニカも一瞬目をやり、しかし興味が失せたかのようにすぐさま背けた。
顔を伏せたヴェロニカは、先ほどと打って変わって今にも消えりそうな聲で呟く。
「……だって。だって分からないわ。わたし、いつだって自分を誇りに思ってる。人だし、格もいいし……。だけどあなたのことになると、途端に分からないのよ。何を考えてるか、どうしてわたしと一緒にいるのか、どう喜ばせたらいいのかも分からないわ。自信がないの」
意外だった。
人であることを否定はしないが、自分で言うのはいかがなものかと思うし、格も果たしていいと言い切れるのかどうか疑問ではあった上、拠のない自信が一どこからあふれ出てくるのか相変わらず謎ではあったが、かつてあれほどまでにロスが自分をしていると疑わなかったが、これほど不安げな顔をするとは思ってもみなかった。
者が真っすぐ銃を構えるのが見える。
「おいお前たち。貴族らしいな?」
「あなたがわたしを本當にしているのかだって分からない。だって言葉にしてくれたのは一度だけよ。それもわたしが死にそうだと思ったからでしょう? あれは同だったのかもって、ずっと思ってしまうの。結婚したのだって、わたしの勢いに押されただけなのかもって」
者を無視してヴェロニカは言う。
「金目のを置いていくなら」
「お前は俺が、してもないと結婚するような、主のない男だと思っていたってのか?」
ロスもまた、銃を構えた者どころではない。ヴェロニカが泣きそうな顔をさせてしまったのだから。
「命までは奪いは――」
「だって、言葉にしなくちゃ分からないわ。毎日だって、してるって思っててほしいの」
「この銃が目にら」
「じゃあお前は、朝起きてしていると思い、夜寢る前にしていると思えばいいのか? 顔を合わせるたびに、俺がをじれば満足なのか?」
「銃を持っているんだぞ、話を」
「そうよ」
「話を聞け!」
「だってわたしはそうだもの」
「なっ……!」
目を潤ませこちらを見上げるヴェロニカの大きな瞳に、不覚にも魅力をじてしまう。ついに言い返せなくなり、ロスは口を閉じた。
「……言って、ロス」
むならば、いくらでも言ってやりたいが、それを口にすることは、やはりロスにとって相応の覚悟が伴うものだった。一人で敵の拠點に乗り込めと命じられた時よりも、はるかに――。
「ヴェロニカ」
「ええ」
「俺は、お前を」
「ええ」
「あ、――」
続きの言葉をロスは言ったが、それをヴェロニカが聞き取ることは恐らくできなかった。耳が割れるほどの轟音がしたからだ。
者が空に向かって銃を構えていた。白煙が立ち昇るのを見るに、威嚇撃をしたらしい。男たちは、一様に顔に皺を寄せている。
「おい、お前たちいい加減にしろ! 殺されたくなけりゃ」
「お黙りなさい! 今いいところなのよ!」
者以上の怒聲を放ったヴェロニカは、懐から護用に持たせている拳銃を取り出し秒も待たずに數発発砲した。見事相手の肩と足を撃ち抜いた。
とんでもない奴だ、と改めて思う。
教えた覚えもさほどない割に、ヴェロニカの銃の腕は上がっている。
戦は免れない。
ロスは素早くナイフを投げ、男の額に命中させる。先手必勝。周囲の男が我に返る前に、懐から拳銃を取り出し撃ち抜こうとする。
が、
「さっきの続きを聞きたいわ」
「はあ!?」
ヴェロニカから発せられた予想もしない言葉に手元が狂い、弾は男たちの後方の木に當たった。
「今、この瞬間にか!?」
「そうよ!」
ヴェロニカは平然と言う。涙は引っ込んでいる。どうやら噓泣きだったらしい。騙されたロスは舌打ちをした。
「ぶち殺せ!」
男たちから放たれる銃弾が馬車に當たり弾ける。腕はさほど良くはないが、この壁にが空くのは時間の問題だろう。馬車の縁に隠れながら、聞こえないほどの小聲で呟く。
「すごいだ、あらゆる意味で」
「いいから言って」
聞こえていたらしい。
こうなれば聞きたい言葉を聞くまでヴェロニカは収まらないだろう。銃聲が響く中、負けしたロスは口を開く。
「して――」
剎那、木のから銃口がヴェロニカに向けきらりとるのが見えた。頭を下げさせた後、カウンターとして弾を放つ。き聲も上げずに男は倒れた。
わずか上げた頭を別の弾がかすめていく。そちらの男も抜かりなく殺す。
その銃聲の後、しん、と森は靜まり返った。皆死に絶えたか。
と火薬の匂いの中では緒の欠片もないが、ロスはヴェロニカに顔を向ける。
「して――」
だが言葉は引っ込む。
ヴェロニカがロス目掛けて銃口を向けていたからだ。驚愕。よもや殺したいほど憎まれていたとは。
聲を発する前に火花が散る。頬を豪速ででた弾はロスを通り越し、後方の男の急所にあたり命を奪う。殘黨がいたのだ。悟られないようほっと安堵のため息をつくロスを橫目に、ふ、と銃口へ息を吹きかけるヴェロニカはこの上なく得意げだ。
だらり、と頬からが垂れるのをじる。
ロスには分かる。おそらくわざとかすめたのだ。
ヴェロニカがロスのを指でりながら、満足そうに笑うのだから――。その様子を見て、苦笑した。
結局は、惚れた弱みだ。
「ヴェロニカ、いつだってしてる」
「分かっているなら、それでいいの」
ようやく言ったというのに、當然のようにヴェロニカは頷き、そして楽しそうに笑った。
彼が指についたを舐めると、紅を塗ったかのようにが赤く染まる。また一つ微笑むと、そのままロスは口付けをされた。
自分のの味が瞬く間に口に広がっていく。
「あなたを普通の男だと言ったことを撤回するわ。だってこのわたしが心底惚れているのよ? 普通の男のわけないじゃない。極上の人よ」
腕の中の溫かさをじながら、図らずも、いつかの雪の日を思い出した。
あの時考えたことをまた思う。
きっともう――。
本來なら、彼の側にいることすらおかしな事だ。葉うはずもない想いを、抱くことすら許されなかった。
だが彼はロスのところにやってきた。それが一時の気まぐれや、あるいは盲目故でも、構わない。
ようやく手にれた、するだ。
「俺に出會ったのが、お前の運の盡きだ」
ヴェロニカの顔を捕まえて、再び口づけをした。深く深く食らいつくような――。
――きっともう、このからは逃げられない。そして自分も、逃すつもりはない。
〈おしまい〉
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