《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》浮気する奴は最低なのですわ!
第2部
あらすじ
恐ろしいサバイバル生活から一年、ヴェロニカの人生は順風満帆そのものだった。
家族の絆は深まり、紆余曲折の末結ばれたロスと幸福な結婚をし、平穏な日々を過ごしていた。
……はずだった。
ある日、結婚以來初の無斷外泊を決め込んだロスは帰ってくるなり浮気をしたと告白した。しかも相手は若い。
怒り心頭のまま家を飛び出したヴェロニカだったが、謎の男たちに拐され連れ去られてしまう。
ヴェロニカを救うべくロスは自稱浮気相手を振り切り、拐犯の元へ毆り込むが、逆にヴェロニカを人質に取られ、古城に閉じ込められる。
互いを人質に取られ、きができない中、今まで知らなかった夫の一面を知っていくヴェロニカ。しかしする夫と再び幸せな生活を送るため、謀を暴き、敵を倒す決意を固めるのだった。
※別作品として投稿した容を一つの作品にまとめるためこちらに再投稿しています。中は同じものになります。
「どうしてって、理由を聞いているのよ。何をしたかなんて聞いてないわ」
ソファーに腰掛け、ヴェロニカはカップに口を付けた。
自分でも驚くほど冷靜に、ああ今、冷めた紅茶を飲んでいるのだと考える。だがぬるいは、頭を冷やす、なんの助けにもならなかった。
対面するソファーに座る夫のロスは、両の鼻のに布を突っ込んでおり、右腕に可憐なを纏わり付かせていた。
「素直に言ったら、命だけで許してあげるわ」
「……冷靜になれヴェロニカ」
「変ね、わたしはいつだって落ち著いているでしょう」
「落ち著いている人間は話し合いの場で拳銃の銃口を相手に向けない。そのやり方は今じゃ軍でも主流じゃない。やってもいない罪を告白させる恐れがあるからな」
「あら、ご教授いただき、どうも」
にこりと笑ったものの、ほとんど反的に“敵”に向け構えた銃口を降ろすつもりはなかった。
敵というのはこの場合、目前の夫と、夫が連れ帰った若い――妹のチェチーリアと同じくらいの年頃に見える、見知らぬ娘のことだった。
大きな目を潤ませ、今にも泣き出しそうだ。泣きたいはヴェロニカの方だというのに。
娘は哀れにもぷるぷると震え、すがりつくような視線をヴェロニカの夫、ロス・クオーレツィオーネに向けていた。
太は空の真上にさしかかろうとしていた。
「ロスさん、怖いです……」
しいは、これまた鈴を転がしたかのようなき通った聲で、ヴェロニカの夫を上目づかいで見た。
(この――!)
ヴェロニカが引き金を引かなかったのは、怒りで震えた手でカップをソーサーに置いたため、中がこぼれ服にかかったことに気を取られたためだ。ほんのそれだけに過ぎない。
――絶対に許してなるものか。
空腹で數日彷徨い、ようやく捕らえた獲を橫取りされた獣の瞳さながら、ヴェロニカは眼だけでを焼き殺さん勢いで睨み付けた。
*
事の始まりは、早朝のことだった。
一緒に生活をし始めて以來、初の外泊を決め込んだロスは、早朝にごそりと戻ってきた。
犬のアルテミスと共に起きて待っていたヴェロニカは玄関へ駆け出し迎えに行く。
だが、抱きつく數歩前で立ち止まった。
夫の背後に、がいたからだ。
「……あの、ヴェロニカさん。ごめんなさい」
見知らぬはどういうわけか謝罪の言葉を口にする。
らかな髪は肩までび、瞳と同じ淡いをしていた。華奢なつき。儚い表。
一見しただけで、男にされる説得力のある貌の持ち主だ。
こんな場面でなければ、とても素敵なお嬢さんだと思ったことだろう。
だが今はあいくに「こんな場面」であり、沸くのは嫌悪の念だけだ。
目を合わせようとしない夫の態度から狀況を察しながら、なるべく優しい聲を作りながら、尋ねた。
「――ねえロス。昨日はどこに泊まったの? わたしは一晩中起きていて、あなたを待っていたんだけれど」
「……酒場にいたところまでは覚えているんだ。目が覚めたら、モーテルにいた」
「あなたは昨晩、數ない友人とお酒を飲んでくると言っていたわね? そのお嬢さんのことかしら?」
「…………………いや」
「そう? なら、そのお嬢さんはどなたかしら?」
「……起きたら、隣に寢ていた。……言いにくいんだが、驚かないでくれ、俺もこの子も服を著ていなかった」
いつもよりも更に眉間に皺を寄せたロスは、一息に言った。
「すまん、浮気をしたらしい」
ひとまずヴェロニカは、夫の顔面にパンチをかましておいた。
*
ロスの鼻が止まったところで、聞いた言い訳はこうである。
酒場で友人と二人で飲んでいたところ、そこで働いているというが飲みを運んできた。
次に記憶があるのは、人同士が束の間の逢瀬を楽しむような宿の一室で、隣には一糸まとわぬ姿のが寢ていたというものだ。
「昨晩一緒にいたのは確かだが、何かをしたかについて的な記憶がない」
何度聞いてもロスからの回答はこれだった。
「記憶がなくても真っ黒じゃないの!」
ヴェロニカはんだ。
「ぜっっっったいに、許さない!」
頭にが上ったまま拳銃の引き金に指をかけ、迷うことなく撃った。
ダン、という音の後に手に衝撃が走る。幸い誰も殺してはいない。ロスがを庇い、床に押し倒していたからだ。
「本気で撃ったのか!?」
起き上がるロスに再び拳銃を向ける。
元から外す気ではあったが、そう問われると引き下がることができないのがヴェロニカだ。
「その子を庇う気!?」
「ロスさん、わたしを守ってくれたんですね……!」
「そうじゃねえ! 妻を人殺しにさせたい男がどこにいる!」
「人を撃ったことくらいあるわ!」
「昨晩してると言ってくれたことは本當だったんですね……!」
「武裝した兵士と武のない民間人、狀況がまるで違うじゃねえか!」
「嬉しいです、ロスさん。わたしを大切に思ってくれて……!」
「君はし黙っててくれ」
「黙れですって!? どの口が言うの!?」
「お前に言ったんじゃない!」
「わたし、この部屋を出ていくわ! ええ。出て行きますとも!」
その時、別室から悲痛な聲が聞こえた。
寢室に閉じ込められた犬アルテミスの聲だ。夫妻が言い爭うのはいつものことで、平素、彼も気にしないのだが、犬ながらいつもと違うとじとっているらしい。
寢室の扉を開けると、悲しげな瞳をした白い大型犬がしずしずと出てきた。尾が後ろ足の間にすっぽりと収まっている。目は不安げにヴェロニカを見上げた。
「行くわよアルテミス。今日からあなたの主人はわたしだけ。元の主人は死んだと思いなさい」
「おい待て」
開けた扉にロスが手をかけ、もう片方でヴェロニカの肩にれる。
存外に優しい手つきで、心臓は高鳴り、思わず振り返ってしまう。見上げると、A國人としては珍しい黒い瞳と目が合った。近頃保っている短髪を、もう片方の手で困ったようにかいている。
「……っ!」
けないことに聲がに詰まり、何も言葉が出てこない。代わりに渾の力で扉を閉めた。
「いてえ!」
くぐもった悲鳴が聞こえた。
歴戦の元兵士も、ドアに指を挾まれると痛いらしい。
「ロスのばか! 阿呆! 脳筋! 無ひげ! 寢相が最低! 浮気者ー!!」
あらん限りの悪口をアパート中に響き渡る大聲でんだ後、馬車がある場所まで走り出した。
秋口だったが、神がうっかり季節を間違えたかのように今日は冷える。を切るような空気が、今は救いだ。赤い顔をしていても、奇妙な目で見られはしない。
趣向の違う散歩とでも思ったのだろうか、アルテミスも嬉しそうに併走する。
ばしかけの髪が、肩で揺れた。
「ヴェロニカ! 待て!」
聲が追ってくるが、振り返るものか。
行き先だって教えてやらない。ひと月後に控えた建國祭のために、今から飾り付け店を出す、浮き足だった人々を橫目に走り続けた。
(せいぜい心配するといいんだわ!)
ヴェロニカだって昨晩、帰らぬ夫を心配しすぎて、死んでしまうと思ったのだから。
第二部1話をお読みいただきありがとうございます!
また彼たちの語が始まります。
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