《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》いいずなを撃ち取りますわ!

朝靄の中、遠くに鹿を見つけた。

木々の間にぼんやりと突っ立っている鹿は、まだこちらに気がついていない。

だが距離が離れており、仕留めることはできないだろう。

「それに、拳銃しかないもの」

言い訳のように呟いた。

一年前、あの恐ろしいサバイバルを経験して以來、を殺して食べるという行為を忌み嫌うことはなくなっていた。

だがだからといって、積極的に狩りをして過ごしたわけでもなく、はあれ以來殺してはいなかった。

どのみち、それほど長く森の中に居座るつもりはない。

幸い今は秋で、木の実が富だ。獣を殺さずとも、一日や二日程度なら問題なく過ごせる自信があった。

ヴェロニカは、すぐに戻る算段だ。ほんのし夫に心配をさせ、反省させたらそれでいい。

敵に追われる心配のない森の中は、楽しい行楽と相違ないだろう。

昨晩、ロスとシャルロッテが軍に捕まったのを見屆けた後、ミシェルとともに森の中を移し、寢泊まりができそうな開けた場所を見つけ、外套を布団代わりに寢転んだ。

それでも寒く、を寄せ暖め合った。

久しぶりの森の中での一晩。慣れないヴェロニカは早々に目を覚ました。一方のミシェルは大膽なのか図太いのか、朝まですやすやと眠っていた。

「……あれは鹿?」

「ミシェルさん、起きたのね」

目覚めたらしいミシェルがヴェロニカの隣に並び、同じように鹿を見た。その気配に気がついたのか、鹿は後ろ足を蹴り上げ逃げていく。

ザザっと、草をかき分ける音が遠くなって行った。

「行っちゃったわ。撃とうと思ったの?」

普通の人間は、鹿を見ている人間がいても、撃とうと考えていたとは思い至らないだろう。ミシェルの近くに、狩猟が趣味の人間でもいるのだろうか。

わずかな驚きを表に出さないようにしながら、ヴェロニカは首を橫に振る。

「いいえ。だって拳銃しかないし、當たりっこないわ」

「長銃ならあるわよ」

ミシェルを見ると、確かに手に長銃を握っていた。

「馬屋にあったの。役立つかと思って持ってきちゃった」

「くすねたの?」

「えへ」

ミシェルはペロリと舌を出す。悪びれた様子はない。

「頼りになるわね、ミシェルさん」

ヴェロニカと同じくらいの歳に思えるが、時折見せる表い。

明るい太の下で見ると、なかなか整った顔立ちをしていることが分かる。

「ミシェルでいいよ。あたしもヴェロニカって呼ぶから。銃を使えるなんて、すごいね」

「夫が元軍人なのよ。今はちょっとした商売人だけど」

詳しい説明をすると、なかなか複雑になるため、簡潔にそれだけ答えた。

ミシェルから長銃をけ取ると、空中に向けて構えてみる。命を奪うためだけに作られた武は、冷たく手に馴染んだ。久しぶりに握ったが、覚は覚えている。問題なく撃てそうだ。

と、ミシェルがヴェロニカの肩にれ、とある場所を指さした。

「ヴェロニカ! あそこに何かいるみたい。ほら、いた!」

見ると、數メートル離れた場所に、白い何かが蠢いたのが見えた。その生は俊敏に木のうろの中にっていく。こちらに気がついて、姿を隠したように見えた。

「うさぎかしら?」

だったら嬉しいと思う。らかいし、小さくて解が楽だ。

ミシェルと共に近寄っていくと、うさぎではないことが分かった。トカゲのように小刻みに素早くき、蛇のような長いをしている、だがのある哺類だ。

ヴェロニカはその形に見覚えがあった。

「イタチかしら」

「そうね、いいずなじゃないかしら?」

ミシェルがを覗きながら言う。白く小さな獣はしきりにこちらに威嚇する。

「いいずな? ってなあに?」

「イタチの一種だけど、小さいくせに獰猛な奴。危ないからでたりしないでね。噛まれるわ」

確かにつぶらな瞳も、白く手りの良さそうなも、思わずれてみたくなる魅力がある。

だがミシェルは違ったようだ。

「貸して」

ヴェロニカに渡した銃を再び自分の手元に持つと、迷うことなく撃ち込んだ。

やや長めの銃聲が木々の間に響き、獣の命はあっけなく散った。

「うまっ!」

焼かれたいいずなのを食らったミシェルの嘆に、ヴェロニカは眉を顰める。

ミシェルが持っていたマッチでたき火を起こし、あぶっただけ、調味料もない簡素な料理で、獣臭さはあるものの、新鮮なはおいしかった。

しかし――。

「ねえミシェル、たびたび思ってたんだけど、曲がりなりにもの子でしょう? そんな言葉遣い、よろしくなくってよ?」

純粋な心配だった。社界で一度でも悪い噂が立てば、いつまでも尾を引くのだ。

ミシェルが眉間に皺を寄せ、煩わしそうにヴェロニカを見た。どうやら、相當な跳ねっ返り娘のようだ。

お節介なヴェロニカはまた言う。

「それに、ナイフをいつも持ち歩いてるなんて驚いたわ。今回は確かに解に役立ったけど、の子らしくないと思う」

は、ミシェルのナイフを借りヴェロニカが行った。久しぶりのことではあったが、我ながら上等にでき、獣はあっという間に皮と蔵に分けられた。皮は持ち帰ってロスにでも自慢してやろうと思った。

「拳銃を持ち歩いている人には言われたくないんだけど」

そう微笑んだ後、しかしミシェルは吐き捨てるように言う。

らしく、男らしくって言葉、大嫌いだ、くだらない。自分らしくいるのが一番好きよ」

ヴェロニカを見て、また笑う。

「ありのままで、ね。あなたも、どっちかって言うとそんなじでしょう?」

「チェチーリアがよくそんな歌を歌ってるわね」

だけど、と考えずにはいられない。

ありのままでいて本當にいいのかしら。

ありのままの自分でいたら、夫は浮気をしたんだけど。

(ロスはもう、釈放されたかしら? わたしを心配して、また森に來てくれるかしら……)

でもあいつは浮気をしたし、簡単には許したくない。だけど、來てくれたら、やっぱり嬉しい。

ヴェロニカの心は対極に揺れていた。

「ミシェルって……」

気を取り直し、傍のに聲をかける。話題を変えたかった。なに? と彼は顔を上げた。

「大天使ミカエル様の名前ね」

「そうよ。貧乏な両親がせめて名前だけでも良くしようと見栄を張ったの」

ヴェロニカは疑問に思う。

「あれ? ご両親はお金持ちじゃないの?」

「つまり、昔は貧乏だったってこと!」

なるほどと思いつつ、言った。

「ミシェルってとてもいい名前よ」

「天使の名前なんて、自分には似合わない」

「そんなことないわよ! 勇敢で偉大な人間になってほしいって、ご両親がプレゼントしてくれたものだわ。とても優しい祈りと想いが込められているのよ。それにあなたは素敵な人よ。名前のとおりにね?」

束の間、ミシェルはヴェロニカの顔を驚いたように凝視した。

「びっくりした。姉と同じようなことを言うから」

「お姉様がいるのね」

「うん、とびきり人で優しい。ずっと大切な人よ」

大好きなものを思い浮かべるように、ミシェルは幸せそうに微笑む。その表を見て、ヴェロニカのは溫かくなった。

(チェリーリアもわたしをそう思ってくれているといいな――)

木の上に捧げられた小さな獣の心臓が、ゆっくりと熱を失っていった。

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