《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》自然に醜はないのですわ!

晝になって、ヴェロニカは再び鹿を見つけた。

若い二頭が、寄り添うように草を食んでいる。早朝出會った、あの鹿とは別の個だろう。

角のある一頭と、ない一頭。

雄と雌だ。

(大丈夫)

この距離なら、十分當てられる。

気付かれないように、ゆっくりと銃を構える。

その時、牝鹿(めじか)の耳がピクリとき、ふいに顔を上げこちらを見つめ、確かに、ヴェロニカと目が合った。

(気付かれた――!)

撃たなければ、逃げられる。

だがヴェロニカの指は、引き金が指に張り付いてしまったかのようにかなくなった。

いつか出會った、あの「神」をその中に見たわけではない。もっと現実的で、実質的な理由だった。

こちらを見る顔半分が、大きくひしゃげていたからだ。

猟師に出會い撃たれたか、天敵に襲われたか、あるいは崖から落ちでもしたのか。

いずれにせよ、顔の左がぐちゃりと潰れ、出たが、グロテスクに固まっていた。

の頃絵本で見た、悪魔の姿を思い出す。

(なんて醜い……)

牡鹿(おじか)は牝鹿の顔に傷があることを知っているのだろうか。まるでそんなことは何でも無いとでも言うように、黙って寄り添い草を食べている。

(きっと夫婦なんだわ)

親子か、兄妹でもありえたかもしれないが、ヴェロニカにはその二頭がつがいのように思えた。

獣たちは気にしない。

外見に、傷があろうとなかろうと。

があるのか、合理的なだけか、ただ生きるために側にいる。

「ロス……」

急速に夫がしくなった。

ロスだって、きっと気にしない。ヴェロニカの顔に傷があろうとなかろうと。

ただ、側にいてくれる。彼はそういう人間だ。

(わたし、何をやってるんだろう)

突如として虛しくなった。帰りたいと、そう思った。

彼が浮気をしていても、していなくても、ヴェロニカを助けに來てくれた。正直言えば嬉しかったし、意地を張らずにあのに飛び込んでしまえば、絶対に彼は抱きしめてくれる。だから傷ついたことを素直に話し、彼の言い分も聞けばよかった。

本當はそれだけで終わる話であったのだ。

あの鹿は撃てない。だってあれは、まるで自分と彼のようだ。

そう思い、ヴェロニカは銃を下げようとした。

だが――。

「早く! 逃げるよ!」

聲がし、心がざらついた。

撃てないと思ったばかりだというのに、逃がしたくないという本能が、ヴェロニカの中から湧き上がる。

心に反し、指は引き金を引く。

銃聲が響く。

森がざわめいたようだった。

撃ってしまった。

弾は正しく牝鹿の首を打ち抜き、また一つ、この世界から命が消える。

音に驚いた牡鹿は、伴を殘し振り返らずに逃げて行く。瞬く間にその姿は見えなくなった。

「やったねヴェロニカ!」

はしゃぐミシェルが鹿に駆け寄る。が、すぐに顔を顰めた。

が臭いな。若い牝鹿だからおいしいと思ったけど……うわ」

ヴェロニカも側に行き、殺した鹿をのぞき込んだ。

命というものは不思議だった。ついさっきまで生きていたというのに、濁った鹿の目を見れば、瞬時に魂の抜けた殻だと分かる。

ミシェルは好奇心旺盛な子供のように笑った。

「ヴェロニカ、この顔を見てよ! まるで化けみたいだ。傷口が膿んでいるみたいだし、うじも沸いてる。だからも汚染されたのかな? これじゃあ撃ち損ね。食べられないわ」

牡鹿が逃げたことを、きっと死んだ牝鹿は責めはしない。自然の中にあって、生きるための行は、常に正義であるからだ。

だがヴェロニカは違った。牝鹿が哀れでならなかった。置いていった牡鹿をひどい男だと考えた。

奪う必要のない命を、無用に奪った罪悪を抱え、そして同時に、それはひどく間違ったであるとも思った。

だがそれを表すことも、またできなかった。

だからごく簡潔に、ミシェルに伝える。

「……わたし、家に帰ろうと思うの」

死んだ鹿を見ていたミシェルは、勢いよくヴェロニカを振り返る。

しばしの間、無言で見つめ合った。

の表がよく見えた。半笑いのような顔だが、瞳は揺している。

「どうして? 旦那にぎゃふんと言わせてやるんでしょう? ここで戻ったら、彼はあなたを下にみて、舐めてかかるわよ」

「もう、いいの。やめたわ。それに彼は、そんな人間じゃないもの」

「だ(・)め(・)だ(・)よ(・)」

低い聲だった。

「あんたは王都にもどっちゃだめだ」

ミシェルが一歩、ヴェロニカに近づく。

は背が高い。

目の前まで來た彼を、見上げる形になる。ヴェロニカは疑問を口にした。

「どうして?」

「殺されるよ」

驚く。

「わたしが? どうして」

何を言っているのかと聞き返してしまう。

聞き間違いではない証拠に、ミシェルは黙って頷いた。

その違和。確かにヴェロニカはじ取った。

「そうだ。あんた、殺される」

ヴェロニカは、一歩、ミシェルから離れる。勝手にが震えていた。

何かが変だ。この……。

いや、(・)(・)――?

ミシェルは長銃を持っている。もし撃たれたら、ヴェロニカは死ぬ。

森の中、ヴェロニカが襲われた時、男の聲がした。

――「よせ。このは生かしておく」。

馬屋の中でミシェルの聲を初めて聞いたとき、聞き覚えがあるように思えた。

あの聲と、目の前のミシェルの聲は大層よく似ていないか。

(似ているどころじゃない……!)

ま(・)る(・)き(・)り(・)同(・)じ(・)聲(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)か(・)。

にしては、ミシェルの聲は低い。長も高い。力も強い。言野で――。

「噓でしょう……?」

今になって、ようやく分かる。

「あなた――男なの?」

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