《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》もしかして、続編なのかしら?
「お姉様、心配ですわ。どこに行ってしまったんでしょうか」
お晝休みになって、學園の庭でグレイとお晝ご飯を食べていました。
「お姉様のことだから、もしかすると森の中でちょっと遊んでいるのかもしれませんけれど……」
ロスさんから、その後の連絡はありません。
わたくしもお父様と一緒に待っていようと思っていたのですが、學園に戻りなさいと諭されてしまいました。
「あの人が探しているなら大丈夫さ」
グレイの言葉に、素直に頷きました。
森へと向かったロスさんの表から、お姉様のことを、心から心配しているのは分かります。
だけどだからといって、許せません。
ロスさんが浮気したと聞き、わたくしもまるで自分のことのように怒りが沸き、とても悲しくなりました。
「浮気されて、きっとショックだったのですわ」
「だけど、義(・)兄(・)さ(・)ん(・)が浮気って。あんまり信じられないな」
いつの間にかグレイはロスさんのことを「義兄さん」と呼ぶようになっていました。初めてそう呼ばれた時ロスさんは、ぎょっと目を剝きしばし固まっていましたっけ。
「わたくしだって信じたくはないですよ? だけど100%、絶対に絶対にぜっっったいにないって言い切れるんですの?」
「それは……うーん……」
グレイが深く悩み始めた時でした。
「へえ。しばらく帰國しない間に、すごいことになっているみたいだ」
視界の隅に金髪がちらつき、二人して仰天してしまいました。
「ヒュー! どうして!?」「なんでいるんだヒュー!」
にこやかに佇んでいたのは、わたくしたちの友人、ヒュー・グランビューでした。
乙ゲームの登場人だけあって、やっぱり(グレイほどではないですが)かっこいいですわ。ちょっとチャラそうなのも、健在です。
「くそ兄貴に呼び出されて急遽帰國したんだ」
「レオン様はどうされているんだ?」
ヒューはわたくしの元婚約者でもある我がA國王子のレオン様と一緒に外國に留學中なのです。
「あっちの國に置いてきた。最近上手くいってるみたいで、オレが側にいなくても大丈夫そうだし」
ほんのしだけ寂しそうに見えるのは、わたくしの気のせいでしょうか。
もう次には、愉快そうに私たちを互に見ます。
「ここに來たのは母校巡禮と伝達も兼ねてだ。さっき実家に行って聞いたんだけど、ロスさんが軍に捕まったらしい」
衝撃のひと言でした。
「な、なんですって!?」
「た、大変じゃないか!」
「迎えに行かなきゃ出られなそうだ。チェチーリアちゃん、一緒に行こうぜ」
グレイが怒ります。
「お前とチェチーリアを二人きりにさせられるか!」
「確かにチェチーリアちゃんはくそかわいいけど、親友の婚約者と浮気するほど人間腐っちゃいないよ!」
もっと信頼してよ、というヒューに、思わず言ってしまいました。
「ロスさんはシャルロッテ・ウェリントンさんと浮気をしたのですけども!」
怒りを込めて言うと、ヒューは意外な反応をしました。
「……ああ、あの」
いつもはおしゃべりなヒューが突然黙ってしまいました。そのまま、なにも言いません。
「どうしたんだ?」
グレイの問いかけに、ぼそりと呟きます。
「……聖だ」
「聖ですか?」
思わず聞き返してしまいました。頭のどこかに、何かがひっかかったのです。
グレイも不思議そうです。
「聖……って何だ?」
「いや別に」
ヒューはそう言いましたが、絶対に何かあるはずです。
考えていると、グレイの聲がしました。
「聖って言えばチェチーリアじゃないか。聖チェチーリア様から取った名前だろう?」
「そうなのです! お姉様の名も、わたくしの名も聖様から取られたのですわ!」
「チェチーリアは本當に聖……いや、オレの天使だ」
「やーん! 嬉しいですわ! だったらグレイはわたくしの王子様です!」
「ん゛ん゛」ヒューの咳払いで我に返りました。
そうそう、いちゃついている場合ではないのです。
「『聖』って前世で聞いたことがあるような気がするのですわ!」
ええと、どこででしたっけ?
このところ、こちらでの思い出が濃すぎるのか、前世の記憶が遠ざかってしまったようで、思い出すのも一苦労なのです。
「あ! 思い出しましたわ。ロスト・ロマンに関係しているのです!」
「またあのゲームの話か?」
グレイとヒューが顔を見合わせました。
「……信じてないですわね?」
「し、信じてるさ! チェチーリアの話なら何だって信じる!」
慌てるグレイに「って盲目だ」と、ヒューがしみじみ言いました。
こちらの世界に生まれ変わる前、興じていた乙ゲーム、ロスト・ロマンですが、最新作が作られるというプレスリリースが出ていたのを目にしたことがあります。
わたくし、とてもわくわくして待っていたのですが、あいにくプレイする前に生まれ変わってしまいました。
――で、確かそのヒロインが「聖」の屬を持っていたと思うのです。
でも聖って的に何をするんでしょうか?
最新作には魔法の要素も加わるのではないかという噂だったので、なにかこう……不思議な力を使えるんでしょうか。
わたくしには、よく分かりませんわ。
そう告げると、グレイが神妙な顔になりました。
「嫌な話だ。またその乙ゲームのことで、チェチーリアが危険な目に遭わなければいいんだが」
「まあグレイったら……! 心配してくれて嬉しいです! 大好きですわ!」
「チェチーリア! オレもだ!」
ぎゅっと手を握り合うと、ヒューが大きくため息をつきます。
「話の続きをしてもいい?」
惜しみながら、手を離します。
「仮にその『聖』が乙ゲームの登場人だったとすると、シャルロッテ・ウェリントンが転生者の可能もある」
「ええ!?」
ロスさんの浮気相手が、乙ゲームのヒロインにして転生者!?
「未來に起きることを知ってる転生者が、ロスさんを嵌めようとしているのかも。だって、じゃなきゃわざわざロスさんに近寄ろうと思う?」
「だけどロスさんに、どうして?」
「……あの人は、この國の裏事をよく知ってるからさ」
あまりにも突拍子もないヒューの推理ですが、なくはないと思えました。
この広い世界、転生者がわたくしだけって言い切れませんもの。
「転生者でも問題ないだろう? この世界じゃ、別に普通の人間なんだから」
「馬鹿グレイ」
グレイが怒る前にヒューが続けます。
「問題しかないだろ? みんながみんな、チェリーリアちゃんみたいに天然じゃないんだ。そいつがとんでもない悪人だったらどうする? 一度この世界を俯瞰で見てんだぜ。これから起こることを知ってるんだ。未來予知と同じじゃないか。
他の登場人の格を知り盡くしているし、シナリオを逆手に取って、自分好みの未來に作り替えることだってできるだろ。シドニア・アルフォルトみたいにさ」
その名を聞いて、がぎゅっと痛みました。未だに許すことはできませんが、彼の苦しみはあまりにも人間臭くて、憎みきることもできません。
「もしそんな奴が、この國に害をもたらす人間と結びついてみろ」
人の格や、思、時にこれから起こることまで知っている人間。
そんな人がシドニア・アルフォルトのような人間に協力したら――……
「この國の終焉ですわ!」
わたくしは戦慄してしまいました。
「なんで聖って呼ばれてるんだ?」
グレイが疑問を投げかけます。
「……し前、シャルロッテ・ウェリントンは、奇跡を起こす聖って、祭り上げられてたんだ」
「すごいじゃないですか! 本當に語のヒロインのようですわ」
ですがヒューは渋い顔です。
「ところがどっこい。信心深い教會の実態は、反を起こそうと目論むカルト宗教だったのさ。信者をありもしない魔法を見せて洗脳して、戦力として蓄えてた」
驚愕の表のわたくしとグレイを見たのか、慌てて続けられました。
「大丈夫、もう滅んだ組織だ。表向きには、彼も死んだ存在になってる」
グレイもヒューも、黙ってしまいました。
きっと、同じことを考えているのでしょう。
わたくしたちは、知らず、また、訳の分からない事態に巻き込まれようとしていました。
乙ゲーム。転生者。ヒロイン。聖。カルト。反軍――……謀。
一年前の、あの恐ろしい事件が頭をよぎります。くらりと倒れそうになるが、グレイに支えられました。
「こうしちゃいられませんわ!」
すぐにでも、ロスさんとお父様に知らせないと!
だけど、ああ! なにより心配なのはお姉様です!
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