《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》◆麗しき聖

◆十六年前

シャルロッテ・ウェリントンが生まれたのは、地方の教會の司祭夫婦の元だった。

生まれた時から、聖だった。

なぜなら父がそう決めたからだ。

◆八年前

「お前は聖なのだから、あんな下劣な人間たちと、関わる必要はない」

學校に行きたいと口にしたのは十にも満たない歳の頃だった。

教會の中の暮らししか知らないシャルロッテは、同年代の友達がしかった。

しかし父は否定した。父の言葉は絶対だった。シャルロッテは諦めた。

◆ ◆ ◆

「聖様、お導きください」

病気の子供に手をかざすと、見る間に元気を取り戻した。

「聖様、お導きください」

飢饉の地に大量の魚が獲れた。

「聖様、お導きください」

荒れた川は靜まり、元の清流に戻った。

來る日も來る日も信者たちはやってきた。シャルロッテは魔法の力によって彼らを救った。

信者の目は曇り無く、純粋に輝き幸福そうだった。

時に、シャルロッテを信じず暴言を吐く者もいたが、父や他の信者に連れ出され、そして二度と戻っては來なかった。

それが日常だった。

疑問も抱かなかった。

だってシャルロッテは、奇跡の聖なのだから。聖はいつも綺麗に飾り立てられた。信者たちは、日に日に數を増やしていった。

◆ ◆ ◆

「シャルロッテ。この國を変えるためには、力を蓄えなくてはならないよ」

父はいつもそう言った。

「あなたは聖なのだから、人々を正しい世界へと導かなくてはなりませんよ」

母はいつもそう言った。

「わたしはこの魔法の力を使って、世界をよりよく変えてみせます」

シャルロッテは、いつもそう答えた。人を救う使命に燃えていたわけではない。そう答えると、両親の機嫌が良かったからだ。

◆ ◆ ◆

教會のある街は、いつしか大量の信者が住むようになっていた。

◆一年前

シャルロッテがはっきりと前世の記憶を思い出したのは、一年ほど前のことだった。

珍しく両親に教會の外に連れ出され、向かったのは王都だった。

王子レオンと、男爵令嬢ミーア・グルーニャの婚約式が開かれるというものだ。厳重な警備のもと、式典は一般市民にも広く公開される。

地方とは違う人間との量に、シャルロッテはまず驚いた。

「間違った価値観に支配された群衆だ。だが近いうちに皆、お前にひれ伏すだろう。導いてやりなさい」

群衆を見て、父はそう言った。

確かに王都にいる人間の目はどれもこれも濁っていた。教會に來る信者のように、純粋な目に戻してやるのが、自分の役割なのだろう。

式典がおかしな方向へと進んだのは、一人の貴族が王に向けて発砲したからだった。

悲鳴を上げ逃げう人々の中で、シャルロッテは確かに見た。

他の誰とも違う、しい一人の男を。

彼は、壇上で、見知らぬとキスをした。

(あ。そうか)

シャルロッテは唐突に知った。

(この世界は、間違っているんだ)

思わず一歩後ずさると、どん、と人にぶつかった。その人と目が合う。

知っている人間。信じられない思いで、その名を呼んだ。

「ミシェル……?」

の格好をした年は、奇妙なものを見るように、シャルロッテを見た。

彼はシャルロッテを知らない。當たり前だ。こ(・)の(・)世(・)界(・)で(・)は(・)初対面なのだから。

◆――?年前――◆

思えば前世の一生は、とてもつまらないものだった。

厳しい母と、無関心な父の間で育てられ、自分というものの無い人間になってしまった。

これで外見が良かったらましだっただろうが、あいにくそうではない。一度ヘアピンをつけたら、気付くなと、泣いて謝るまで母に背中をぶたれて以降、見た目に気を使うのをやめた。鏡を見るのさえ億劫だった。

學校では當然いじめられた。汚い言葉が書かれた機で授業をけ、ゴミ箱にれられた給食を拾って食べた。

平靜を保っていられたのは、祖母がこっそりくれたお金で買ったゲームがあったから。

夢のような世界の中では、綺麗なの子でいられた。

特に夢中になったのは、彼がいるゲームだった。彼は信じられないくらいに強くて自由だった。

をした。憧れた。彼だけが、心の支えだった。

だけど現実じゃない。そんなことはもちろん、分かっていた。

空を飛べば、彼のように自由なれる。そう思ったから、飛んだ。

◆ ◆ ◆

人混みに流されたフリをして、ミシェルとともに父から離れた。

初対面の人間に名を呼ばれた彼は、大層驚いていたようだった。

ミシェルのことはよく知っていた。ゲームの攻略対象の一人だったから。

前世を思い出した衝撃を、誰かに聞いてしかったのかもしれない。自分を取り巻く環境の異常さを、分かってしかったのかもしれない。

シャルロッテはミシェルに、全てを語った。前世も今世の出來事も、一から十まで全て――。

聞き終わった彼は愉快そうに言う。

「悩んでる? そんなの簡単さ。全部、ぶち壊しちまえ。そしたらあんたは自由だろ」

そして、右手が差し出された。

「オレの目的も達できそうだ。同盟を組もうよ、ポンコツ聖様」

◆數ヶ月前

「學校へ行きたいと、いつか言っていただろう。行きなさい。そして、お前の魔法で、學園にいる貴族の子供たちを救ってやりなさい」

教會に戻った後で、夕食を食べながら、父がそう言った。

ミシェルに言われたことについて、迷いは當然あった。

シャルロッテには分かっていた。

學園に行くことが、ゲーム開始の合図だ。そうしたら、父のむ通りの人間になる。

(……前世も今も変わらない。わたしは親のせいで自分の無い人間になってしまった)

永遠に、そうやって生きていくのだろうか。與えられた生を、間違いなく歩んで、良い子だと褒められれば満足するのか。そんな人生――空虛だ。

気がつけば、握るナイフに力を込めていた。結局みんな、自分のだけに従順だ。シャルロッテの味方なんて、どこにもいない。

「逃げられはしないんだ」

病気の子供は、仕込みだったんだろう。

魚は、別の場所で捕まえたものを放流しただけだ。

大雨の時に荒れた川は、単に時間が経って元に戻ったに過ぎない。

誰も彼も騙した末に、辿り著くのは父のためだけの理想郷だろうか。

「わたしは聖だもの。お父様から救ってあげる」

も魔法もありはしない。

そんなこと、し考えれば分かるはずだったのに。

◆ ◆ ◆

シャルロッテと倒れた父を見て母は悲鳴を上げたが、それもすぐに聞こえなくなった。

◆ ◆ ◆

靜かな夜だった。

鳥も蟲も風も鳴らない。

どれだけの時間こうしているのか、蝋燭の火も消えている。

月明かりだけか窓から差し込む中、シャルロッテは立ち盡くしていた。

「驚いたな」

聲が聞こえて、振り返るまで、ほとんど何も考えていなかった。

「手間が省けたと禮を言うべきか?」

その低い聲は、夜の闇の中から聞こえてきた。まるで悪魔の囁きのようだなと漠然と考えた。

いつの間にか黒い服の男が部屋の中におり、じっとシャルロッテを見つめていた。

こんな時だというのに、心は歓喜した。

(――彼だ)

會いに來てくれた。

彼が、シャルロッテを見つめている。

彼が、シャルロッテに聲をかけた。

シャルロッテのためだけに。

「ロスさん……」

名を呼ぶと、彼は眉を顰めた。

「……知らぬ間に、俺も有名になったもんだ」

そうじゃない、もっとずっと昔からあなたを知っていた。それを伝えるために首を橫に振るが、どうけ取ったのか違う回答がきた。

「君を含む、この教會の連中を、生かしておくわけにはいかない」

彼の手には、赤い刃が握られている。ここに辿り著くまでに、大量の殺戮が行われたのだ。

人の気配はしない。教會の中に、命はただ二つだけ。

シャルロッテは涙した。心が千々にれたようだった。

せっかく會えたする人に、なぜ殺されなくてはならないんだろう。本當だったら自分と彼は、寄り添い合う人同士なのに。

――きっと全部、あののせいだ。

手に握るナイフから、両親のが流れ、床に滴り落ちた。

「わたし、前世で……」

「前世だと?」

言った瞬間、彼の瞳のが濃くなったように思えた。

だから、更に言った。

「ロスさん。わたし、前世から、ずっとあなたに憧れていました」

彼のぎょろりとした目がシャルロッテと、握るナイフ、そして床に転がる二人の死の間をいた。

「……――さて、どうしたもんかな」

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