《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》◆ヒュー・グランビューとその兄の談
◆數時間前
ヒューが気乗りのしない実家に帰ったのは、「急いで帰國せよ」との兄からの呼び出しをけたからだ。
若年で引退を決め込んだ父から譲りけた書斎で、兄オーエン・グランビューは當主顔で座っている。
見た目こそ似ていると他人から言われることはあったが、人を見下したような態度を取るこの兄が、時にヒューは好かなかった。
部屋にるなりオーエンは言う。
「あの男が軍に捕まったと知らせがあった」
逡巡の後、兄が嫌悪をわにして「あの男」と呼ぶ人間は、一人しかいないと思い至る。
「もしかしロスさんか? またどうして」
商売でもめでもしたのだろうか。だが言われたのは思いも寄らないことだった。
「つい昨日、山中で武裝した男たちの集団の中にいたからだ。あの男は、そいつらを皆殺しにしていたようだ」
どうしたらそんな狀況になるんだと困しながらも、ヒューは疑問をぶつける。
「それは昨日の話? じゃあ、オレを呼び出したのは別の目的か?」
いくら伝達が早くとも、昨日の晩に起きた事件を昨日の早朝に知らせるのは不可能だ。
「そっちを先に話せよ。すぐ帰れと言われたその日に、特急列車でわざわざ帰ってきてやったんだから」
「せっかちだな」
「兄貴がもったいぶるせいだ」
兄と話すと、どうにもけんか腰になる。
一方のオーエンは弟の苛立ちなど気にはしていないように言い放った。
「例の聖が、ロス・クオーレツィオーネに接した。なんの目的があるのか、探ってこい」
聖の話は知っていた。
數ヶ月間に壊滅した反政府組織に象徴として據えられていただ。だが、疑問はある。
「そいつ、死んだって話だろ」
「ところがどっこい、生きているんだ。お前には知らせていなかったがな」
オーエンはいつもそうだった。
事の一部しか弟に知らせはしない。まるでヒューが重要な報を摑むことを嫌っているようだった。
「なんでオレが探るんだ? いつもの奴らにやらせればいいじゃないか」
「他の人間は警戒され寄りつくこともできない。お前はあの男に、それなりに信頼されているからな」
そのために出りさせていたんだ、とオーエンは付け加える。
その態度に、ヒューは苛立った。まだい時分ならいざ知らず、もう一人前の人間だ。いつまでも兄の命令に従う従順な人間と思われるのは大層癪だった。
「なんであの夫婦にこだわるんだよ。ほっとけばいいだろ」
「まさかヒュー。本気であの二人の友人になったつもりでいるのか?」
答えないヒューを見て、オーエンは呆れたように息をらす。
「盤上の駒に、いちいちを移してどうする? お前は國をかす側の人間だ。無用ななど捨てろ。
それに、元暗部の一人と大貴族の娘が、単なるで結びついていると、誰が考える?」
あの夫婦をよく知らない人間は、貴族と軍人の珍しいカップルができたものだと考える。
し知っている人間は、男の方が金目當てで口説き落としたと考える。
だがよく知っている人間は、あれは偽裝結婚で、國の闇を誰よりも深く知っている男と権力をする貴族が結びつき、王への影響力を増そうとしている考える。
それはつまり、似たようなことをしてきたグランビュー家の危機となる。
オーエンは間違いなくそう考えたのだろう。だから怯え、ヒューを見張りにつけている。
(馬鹿馬鹿しい)
とヒューは思う。
あの夫婦を更に深く知っている人間は、単に好き同士だからくっついたと、當たり前のように分かっているというのに。
しかし一方で、別の思が見え隠れしてしているように思えた。
「兄貴こそ、個人的なじゃないだろうな」
問いかけに、兄は不可解そうに眉を寄せる。
「あんたあのアルベルト・アルフォルトと同級だったろ。ヴェロニカさんとも顔見知りだった」
「それがどうした?」
「兄貴がヴェロニカさんに惚れてることくらい、オレには昔から分かってたんだ」
微かに、オーエンの表が強張るのが分かった。
「學生時代、彼にしない男はいなかったさ」
「……學生の時はアルベルトがいたから、我慢してたんだろ。だけど今、彼はなんの分もないただの男の妻だ。奪うなんて容易い」
オーエンが言い返さない様子を見ながら、ヒューは続けた。
「ヴェロニカさんに送られた山のような釣書の中に、兄貴のものが混ざってないことを願うよ」
言い切った時、兄は大げさなため息をついた。
「戯言はそこまでかヒュー」
靜かな聲だった。
「くだらないことを言っていないで、お前はお前のやるべきことをやっていればいい。今まで通りレオン殿下のご學友を務め、時にクオーレツィオーネ家に出りし変わった様子がないか報告しろ。お前にもできる、簡単な役割だろう? パーティの招待客リストを作るのと同じほどには分かりやすい仕事だ」
ヒューのささいな攻撃など、兄には効果はなかったらしい。
オーエンは父の自慢だった。
學業優秀、関係も派手ではなく、進學し、若いながら國政に攜わっている。遊びほうけているヒューとは雲泥の差だ。
出來の良い長男とスペアの次男。
表立って言わないものの、周囲が兄弟の優劣をどうつけているかなど、とうに知っていた。
言い返したい気持ちは山のようにあったが、言っても結局意味はない。
「……分かってるよ」
それだけ答え、逃れるように書斎を後にした。ここからだと學園が近い。チェチーリアとグレイに會って、ロスを軍から連れ出そう。その方が、ことが早い。
心は重く沈んでいた。それでも、兄に逆らおうとは、思いもしなかった。
だが家を出る寸前で、再び兄に呼び止められる。正直、これ以上顔を合わせていたくなかったが、口に出すわけにもいかない。
「もう一つだけ伝えておく。軍の友(・)人(・)から聞いたんだが、あの聖が患う、妄想についてだ」
オーエンは、聖の妄想を語る。ヒューを驚かせたのは、その容が、自の友人が話す語と、非常に似通っていたからだ。
兄はそれを、単なる妄想だと片付けている。だが、もし聖が本當に転生者だとすると……。
(これは、一筋縄ではいかないぞ)
憂鬱を、誰にも気取られないようにしなくてはと、ヒューは気を引き締めた。
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