《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》同日同所(前編)ですわ!
ヴェロニカの合は最低だった。
わずか眠ったかと思うと、悪夢を見て目を覚ます。
夢の容は大抵同じで、顔面が腐り落ちた鹿が、狼に食い殺されていく。
鹿のは無殘にも飛び散るが、魂は狼の腹の中で生きる。やがて鹿の魂に冒された狼は、側から腐り落ちていく――。
また同じ夢を見て目が覚めた。
(ひどい気分だわ)
の痛みも去りはしない。睡眠と覚醒を短期間で繰り返し、時の覚さえ分からない。
森は靜かだった。
遠くから、ぱきり、ぱきりと枝を踏み抜く音が近づいてくるのが聞こえ、ミシェルが戻ってくるのだと分かった。
鈍い音をと共にり口が開き、が差し込む。やはりミシェルが立っていて、手にのと木の実を持っていた。
「食べる? うさぎと、桑の実だよ」
ふらつきながらを起こす。ミシェルがそれを手伝った。
「……食べる……わ」
食などなかった。だけど、食べないと死んでしまうということも分かっていた。
ロスのところに帰るまで、死ぬわけにはいかない。
差し出された食べを口にれる。
だがすぐに吐き出してしまった。
「うっ……おえ、ごほっ」
むせる背中をミシェルがでる。胃がけ付けない。何も食べていないから、胃ばかりを吐き出した。
「ヴェロニカ、食べてよ」
どうせ食べても同じことだ。
空腹さえもじられない。ただの億劫さだけが纏わり付いていた。
「……橫になりたいわ」
ミシェルの助けを借りて、またを橫たえる。だが、気分の悪さはしもましにはならなかった。
「……きっと天罰が下っているのよ」
無用に命を奪った罪。
夫を信じなかった罪。
どちらの罪も、ヴェロニカの中では同列だった。
「天罰なもんか。すぐによくなるさ」
「……無理よ、このまま弱って死ぬんだわ」
「そんなこと言わないで。なにかしてしいことはある?」
ヴェロニカがむのはただ一つだけだ。
「ロスに會いたい」
ミシェルの表が、冷たく凍り付くのが分かった。
「だめだ」斷固とした口調だった。「あんたは知らないんだ。あいつが本當はどんな男か」
ミシェルは何を言っているんだろう。誰よりもよく知っているというのに。
笑った顔も、怒った顔も。ほくろの數も、れ墨の模様も正確に分かる。
彼といると、自分が幸福で満たされた。いないと、途端に空っぽになってしまう。
彼が困った顔をしながらも、ヴェロニカのわがままをけれてくれるのが嬉しかった。だからいつも、要求ばかり繰り返した。
誤解されやすいが、本當は誰よりも素敵な人だ。彼の向ける優しさは、ヴェロニカだけが知っていればそれでいい。
他の誰かが語る彼は彼でなく、ヴェロニカが知っている彼こそが彼だった。
あれほど強くて優しくてしい人間は、どこにもいない。強烈に惹かれ、憧れる。
彼と同じになりたかった。
同じ考えに、同じ魂に、同じ人間に。
思わず笑みがこぼれた。
「彼は天使だわ」
「あいつは鬼畜さ」
床に置いた手に、ミシェルの手がれた。痛いほど強く握られる。
「あの男のところへなんか、絶対に帰さない。本當のあいつを知ったら、ヴェロニカだって嫌いになる。大丈夫、あんたはオレが幸せにしてやるから」
震えるような聲だった。実際、手が小刻みに震えている。
なぜミシェルが、ロスをこれほどまでに嫌悪しているのか、ヴェロニカには分からない。今は考えるのさえ億劫だ。
ならば、とわずかく思考で極めて建設的な提案をした。
「だったら、醫者に連れて行って。わたし、このままだと本當に死ぬわ」
頭が重かった。
言葉を吐き出すのもやっとだ。今話していることが、現実か夢かさえ判斷がつかない。
傷口が、化膿しているようにも思えた。じわりじわりと弱っていくは、まるで側から腐っているようだ。いつかうじが沸き、外見も変われば、ロスに見つけてもらえないかも知れない。
ミシェルは黙り、しばらくの後、決意したかのように口を開いた。
「……分かった。だけど王都じゃだめだ。オレの、知り合いのところに連れて行く。この近くの、古い城に住んでるんだ」
それでもいい。ここよりは、しはましだろう。
*
ミシェルに負ぶわれ移する。
日差しはほっとする。
(どうやって、ロスに居場所を伝えればいいのかしら。だけど、本當は探していないのかしら……)
ぼんやりとする頭は、上手く働かない。
(……會いたいな)
あの大きな手で、抱きしめてしい。
それが葉わないのなら、せめてその手で破壊してしい。――こんな狂ったを抱くのは、過去未來一貫してあの男に対してだけだろう。
――ヴェロニカ。
意識を再び失う剎那、自分を呼ぶ夫の聲の、幻聴がした気がした。
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