《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》スカベンジャーですわ!

日差しが午後の傾きを始めた時、ロスは森の中にいた。

がさりと音を立てる乾いた落ち葉を踏みしめ、痕跡を辿る。

ヴェロニカが最後にいた地點――即ち例の男等のいた集落周辺から、更に深くっていく。

既に森で一泊、夜を明かした。火を焚くのは得策ではないと考え、準備した攜帯食をとる。

夜中の捜索も続けたいところであったが、付いてきた者がいたため、彼の安全を確保しなくてはならなかった。

単にヴェロニカを探すだけならば、一人の方が遙かに楽だ。だが、彼を近くに置くことで、こちらのの潔白を証明できる。

だからこそ、ヒュー・グランビューが一緒に行くと申し出たとき、すんなりと同意した。

「だけど、ヴェロニカさん、本當にどこ行ったんでしょうか? ここまで來たのは確かなんですか?」

「見ろ、ここに小らしきも飛び散っている。人が狩り、食べた跡だ」

木のうろに、至近距離から撃たれたであろう銃創が殘されていた。ヴェロニカがいたであろう気配も。

そして、その付近にやはりというべきか、例の男の気配もしていた。

裝している男って、なにが目的なんでしょう」

ヒューの問いかけに、首を橫に振る。目的は分からない。だが、

一人殺すことなど容易いはずだ。生かす意味があるんだろう」

おまけに、どうもヴェロニカは自由のらしい。脅迫や強要されているわけではなさそうだ。自分の意思で、そいつと行を共にしている。

考えられる理由は一つだ。

裝男の技はいかほどか知らないが、ヴェロニカを騙しきっているのだろう。反勢力の中心的存在であることは間違いないと思われるが、ヴェロニカの前では、あるいは拐された人質のフリでもしているのかもしれない。

もしそいつが目前にいたら、ただちに毆り倒してやりたいが、ヴェロニカをすぐに殺さないということは、何かしらの価値を見いだしているということだ。

今にあっては、それが微かな希だった。

「早く見つけて、伯爵とチェチーリアちゃんの不安を取り払ってあげたいですね」

素直な年の言葉に、そうだな、とロスも頷いた。

幸いにして、昨日駆けつけたとき、王都の混はクオーレツィオーネ家には及んでいなかった。

突然現れた一行にカルロは驚いた表を浮かべたが、事を聞き、今度は青ざめた。

結局、グレイと共に、カルロとチェチーリアは當面地方の別邸に避難することとした。怪我の治らないアルテミスも連れ立って。

それがいいとロスも思った。

の兆しがにわかに高まり、政府に不満を持った模倣犯が現れないとも限らない。沈靜化するまでは、地方に行くのが賢明だ。

一方で、ヒューはロスと共に行くと言った。一人よりも二人の方がいい、という理由だったが、真意は違うだろう。

思いがけない道連れはまだいた。

カルロに抱えられていた4號が、ロスが離れようとした瞬間に腕から飛び出したのだ。

困ったことにそのままロスの側を離れようとしない。犬が森で役に立つことは知っていた。いくら気が臆病であっても、あのアルテミスのを引いている。優秀に違いない、と思い連れてきた。

歩き回りながら捜索を続けていると、枯れ葉の中にキラリとる鉄が落ちていることに気がついた。自然界に人工が混じるとひどく目立つ。

拾い上げようとしたところで、聲がかけられた。

「……ロスさん。あの聖と、本當にや(・)ったんですか」

ヒューから向けられたど直球な質問に、反応が遅れる。

「覚えてない」

自己弁護のようで言葉にはしないが、虛言の可能が高いのではないかと今は考えていた。

ヒューはなおも質問を重ねる。

「オレはずっと、聖は死んだって聞かされていました。想像するに、あなたの仕事は、教會を隠れ蓑にした反組織の壊滅だったんでしょう? その中心人である聖シャルロッテにも當然暗殺の命が出ていたはずだ。なのに、なぜ救い出したんですか? 何か、特別なを抱いているんじゃないかとと勘ぐってしまいますよ」

「妙に探るじゃねえか」

年は気まずそうに目をそらした。

「……彼が元気そうでよかった。抱くはそれだけだ」

ヒューの言う通り、下された命令は、信者に武を持たせ、反を目論む司祭夫婦と象徴として擔ぎ上げられた娘の抹殺だった。

だが教會に忍び込んだとき、目撃したのは、両親を殺した娘の姿だった。

悟る。

は何も知らされていなかったのだと。加えて彼が口にしたのは、どこか聞き覚えのある妄想話だった。

ロスはを連れ出し、そして作戦を命じたエリザベス・ベス中尉に預けた。に審判を下すことを放棄し、行く先を軍に委ねたのだ。責任を持てない、と思った。

結果として彼は生かされた。

修道院にったと知らされていたため、酒場での再會はロスにしても予想しなかったことであった。

無言の後で、ヒューは言う。

「……まじで嵌められてるのかもしれないですよ。恨んでいる人間に心當たりは?」

落ち葉の間の鉄くずを拾い上げ、使われて間もない薬莢だと確認する。

「多すぎて分からん」

なるほど……、と腑に落ちた様子のヒューの相づちが聞こえた。

薬莢は一つ。戦ではない。試し撃ちか、獲がいたか。

落ち葉が踏みしめられた方角をに顔を向けると、奇妙なものを発見した。

「なんですかあれ、でけえ!」

ロスの視線に気付いたヒューが驚嘆の聲を上げた。

「ハゲワシだ……」

黒い翼に、白い頭部。この付近では珍しい鳥だ。

主食は死。有に一メートルを越すその猛禽は、人の子供など簡単に殺せるように見えた。

ロスの足下にいた4號が、怯え尾を丸くする。助けを求めるように、哀れっぽくロスを見た。

「4號。能力に優劣があっても、お前の価値には響かないし、獲が取れないからといって、卑屈になる必要はない。

……が、いいか? 容易に助けを求めるな。俺はお前を甘やかしたりはしない。本來のお前は強い。世界で一番しい犬のを引いているんだ、誇りを持て」

ヒューが興味深そうに眉を上げロスを見る。犬に話しかける偏屈な男は、快活な年にとって奇妙に映るのだろう。

他方、夢中でをむさぼっていたハゲワシは、気配をじたのか頭を上げた。には赤い筋を咥え、顔面はで染まっている。

野生にとって、獲の橫取りはタブーだ。

攻撃してくるかと構えたが、ほんのわずかな間見つめ合うと、見慣れない人間に恐れをなしたのか、ハゲワシはばっと翼を広げ飛び去って行った。

どこで察知しているのか知らないが、は、自分よりも強い者には勝負を挑まない。

ふと、かつて兵士だった時代、山岳に潛んでいた時のことを思い出した。

雌の熊が我が子を別の雄に殺された景を目にした。

雌は子供が嬲り殺されている始終をじっと見つめ、子供を殺した雄と尾をした。

――見たくねえ景だ。

隣の兵士が、そう呟いた。

に、善ももないのだろう。人間の差しでは測れない。生き抜き、子孫を絶やすことなく作るのが、彼らの使命なのだから。

近づくと、ハゲワシが貪っていた死の正が分かる。

わずかに原型をとどめたから、鹿だと思われた。死んで間もないだろうが、うじが沸き、腐臭を放っている。

「腐ったものを食べるなんて、嫌な奴らですね」

鼻を覆い、顔をしかめながらヒューは言った。

「死骸は病気の染源となる。手早く片付ける奴は必要な存在さ」

自然界において、不要な存在などいない。必要不要を決めるのは、いつだって人間だった。

(この鹿がヴェロニカが仕留めたものだとしたら、放置する理由はなんだ)

格からして、食事も弔いもせずただ死骸を放置することはしないだろう。不測の事態が起きたか。

そして次にそれを見つけたとき、ロスは銃を握った。

ヒューの顔に張が走る。ただ事ではない様子を察知したらしい。

「何が起きたんですか?」

「ここでもみ合いになり、ヴェロニカは逃げたらしい。男は、それを追いかけた」

がざらりと気が悪い。

を失うわけにはいかない。他の男の側にいることさえ許せない。

獣にはあるのか。

己の中に、はあるのか。

このは、彼が口にするなのか。それとも単なる執著なのか。

だが執著心だけに限れば、恐らく誰も知らない事実を述べられる。ロスの執著はヒグマよりも強かった。

(ヴェロニカは、俺の妻だ)

他の誰にも、手を出させはしない。

スカベンジャー【scavenger】

ごみやくずを拾い集めて生活する人。腐の不要質や毒質を処理する・細胞・質など。

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