《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》同日同所(後編)ですわ!

ロスは崩れた雪渓を見つけ、加えて痕と足跡を発見した。

上を通った際、橋のようにアーチ狀になった雪が崩れたものと思われた。そして一人が、巻き込まれたことも分かった。

「……それほど時間は経ってねえな。一日か二日ってところか」

だがそこから先の痕跡は、奇妙に途絶えていた。

巻き込まれたのはヴェロニカで間違いないだろう。行く先が分からないように偽裝されているということは、もう一人いた別の男が彼を連れ去り、今度は本格的に追跡者を振り切ろうとしているのだ。

(小賢しい奴だ)

ヴェロニカは生きているのだろうか。

死んだとして、を放置せずに運んだ理由は何か。ロスにまだ彼が生きていると思わせなくてはならなかったのか。ならばなぜ痕跡を消す。追わせようとはもうしていない。

あるいは彼が生きていたとしたら、抵抗できない狀態だろうと思われた。カルロか、ロスに対する人質のつもりか――。

いや、そんなことよりも。

(殺してやる)

冷靜な思考の合間をうようにして、どす黒い殺意が沸き出てくる。平靜など保てるはずがなかった。

4號が主人の不吉な気配をじ取ったのか、怯えたようにしゃがみ込む。

そんな中、ぽつり、とヒューが話しかけた。

「ロスさん、あそこに反勢力の拠點があるって、本當に知らなかったんですか?」

ロスは振り返る。思考はまだ、戻らない。

「何が言いたい?」

「痕跡から、それほど早くあの場所までたどり著けたことが、信じられないんですよ」

疑われたとしても、事実そうだとしか答えられない。あの中尉に腐るほどされた取り調べの続きでもするつもりだろうか。

「信じられないのはお前か? それとも、お前の兄貴か?」

善人というのは、確かに存在する。図星をつかれて、言葉が続けられなくなる人間も、また善人だ。若く愚かな今のヒューのように。

ロスは別に善人ではない。おまけに平常心でもなかった。だから、當たり前に気がついていた事実を告げる。

「ヴェロニカと暮らし始めて以降、お前はずっと、俺を見張っていたよな。國の闇を見てきた俺は、お前たちにとって邪魔だったんだろうから、まあ仕方ねえかと文句も言わず、見張られてやった。この數ヶ月、見事飼い慣らされてやっただろう?」

「……分かっていたんですか。オレが見張ってるって」

ヒューの目が揺れる。

「お前から見て、俺は善良な市民ではなかったか? 一度でも人を殺したか? 問題を起こしたか? お前たち貴族にとって、害をもたらす行を、一度でもとったか? ……にも関わらず、未だ何を疑っている」

當然ロスは、ヒューが善意だけで自分にへばりついてきたと思っているわけではない。

元來、気の長い方ではない。迫した中で、暢気にも疑いを向けられては、堪忍袋の緒も切れるというものだ。

二人の気配に、哀れな4號はどうしてよいか分からずに、潤んだ瞳で男たちを互に見ることしかできなかった。

ヒューは、助けを求める子のような、今にも泣き出しそうな表を浮かべた。

「……オレは、ロスさんとヴェロニカさんが好きです。差し出がましいようですが友人だと思ってる。あなたの潔白も知っている」

ヒューは下を向き、を噛んだ。肩が震え、白い息を吐き出す。ロスにとっては意外だった。

日常の見張りは、當然ヒューだけではないとはじていた。

ヒューの役割はヴェロニカとロスの信頼を得ることだったのだろう。いざというときに、本音を聞き出すために。

この素人の年を、足手まといと疎まずにこんな山深い中まで連れてきたのは、こちらに敵意はないと中央政府へのアピールのつもりであった。互いに単なるそれだけの関係だと、ロスは思っていた。

だがヒューは、大人の阿呆らしい利害に巻き込まれたただの年だった。ロスとヴェロニカを切り捨てられず、だからと言って、貴族社會にも逆らえない。彼なりの葛藤を抱え、自力では逃げ出せない牢に閉じ込められた哀れな被害者だ。

再び顔を上げたとき、ヒューは無理に口をつり上げたような、けのない笑みを作った。

「だけど、そうは思わない人間たちもいるんです。そいつらは、自分の信じたい話しか信じられない頑固な馬鹿だ。いつか必ず、あなたたちに危害を加える。

だからオレは自分から志願したんです。変な輩に変なフィルターかけられてあなたたちを見張られるより、よほどオレは公平だ。馬鹿たれどもがあなたたちに余計な真似をしないように、壁になろうと思った。あなたは善良な一市民だと、親父にも兄貴にも、他の奴らにも言い続けて來た。……結局、あまり意味はなかったけど」

赤い目をするヒューは今にもが決壊しそうだ。ロスは靜かに言う。

「……俺のことは、放っておいてくれ」

だがヒューは首を橫に振った。

「そうはできない。あなたは分かってない。自分で思ってるよりも、ずっと不安定な狀況に置かれているってことを! 疑いなんて、生半可なもんじゃ、もうないんです! 報を持ったあなたを野放しにしているってことは多くの有力者たちにとって我慢ならない狀態だ。

馬鹿みたいだけど、あいつら、たった一人の男に怯えて暮らしてるんですよ! 幸いなのは、國はあなたを生かすか殺すか、まだ決めあぐねている。葬り去るにはあなたは有能すぎるって、その一點で生かされてるだけに過ぎない。だけどその秤は、ほんの一粒の砂で容易く殺す方へと傾くんですよ!」

ヒューはついに堪えきれなくなったようだ。わずかな均衡で保たれていた彼のは、ロスから信頼されていなかったと気づき崩れ去った。

それでもなお、味方の姿勢を取るのは、簡単には割り切れない彼の質故だろう。

「知りすぎてしまったんですよ、ロスさんは……! 反勢力と繋がっていると誰かが確信すれば、裁判なんてないまま審判が下される! あなただけじゃない、ヴェロニカさんもチェチーリアちゃんも、伯爵だって殺されちまう! そんなの、オレは見たくない!」

ヒューの両手が訴えかけるようにロスの服を摑んでも、抵抗はしなかった。

哀れに思えた。

優しいとされる人間は、自罰を與え自らを傷つける。ヒューはそれを現しているようだった。

「……それに、誰もあなたが平凡な夫になってるなんて、信じられないんですよ」

苦笑した。

「確かに俺は、誰がどう見ても家庭向きの男じゃない。だが」

アーサーもエリザベスもヒューもそしてロス自さえも、この世でただ一人を覗いては、ロスが平凡な夫に収まれるとは思っていない。

だがそのただ一人が、そうなってほしいとんでいるのであれば、応えてやらなければならない。

「……妻がそれをんでいるなら、葉えてやるのが夫の役目だ」

摑まれたままのヒューの手を、手袋の上から握る。

「俺の所業のせいで、一人で悩ませて悪かったな」

めるように肩を叩くと、ヒューは片手で顔を拭った。

「いえ、オレも、柄になく熱くなっちゃって。いつも、冷靜なつもりだったんですけど……」

他己的な獣は死ぬ。

だが人の社會において、他人に心を配れる人間こそが、自然を捨てた人の生き方としては正しい姿なのかもしれない。

ロスはまたしても、自らのに驚いていた。勝手に自滅し泣く人間をめるなど、今まで考えつきもしなかったことだし、貴族の年にそこまで友を抱かれているとは思いも寄らなかった。

続いて言葉をかけようとした瞬間、ふと目の端にくものが見えた。

木々の間、距離はずっと先だが――……

遠目だったが、はっきりと見えた。家を出て行った時の服裝のまま、袖口からは陶のような白い手がぐたりと覗いている。

しいからはの気が引き、まぶたはぴたりと閉じられており、長いまつげが日のを浴びてき通っている。

ぶなどと、本來はするべきない行だ。敵に居場所を告げる最低な行為。それでもロスは、ようやくみつけた妻の名を、ばずにはいられなかった。

「ヴェロニカ!」

何者かに負ぶわれ、移をしている彼しも反応しない。何者か――小柄なその人は、のドレスと靴をに纏っていた。

裝男はこちらに気付いたようだが、ロスはなお弾を外すとは思えない。即座長銃を握るとスコープをのぞき込む。

だが次の瞬間、心臓が握りつぶされたかのように冷える。

「……噓だろ」

見えた姿に、撃つのを瞬間、躊躇ってしまった。記憶が過去に遡る。あの聖に、妙なことを言われたせいだ。

相手はこちらに気がつき、何事かをぶと木々に隠れるように逃げていく。

「お、追いかけないと!」

傍らのヒューの聲で我に返り、ロスは銃を抱えたまま走り出した。

が、再び止まる。

「追わないんですか!?」

追いたい。

しかし、追ってはならない。

「何かいる」

こちらに向けられる、複數の殺意をじ取った。

「伏せろヒュー!」

気付いた時には手遅れだ。年は反応が遅れる。

一発の銃聲が森の中に轟き、ヒューの腹部をえぐっていった。

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