《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》殺しの天才ですわ!

ヒューが狙撃されたのを皮切りに、銃弾の雨が容赦なく浴びせられた。

(五、六人か)

武裝した者がいる。

ロスはヒューと4號のを、素早く木のに引きずり込んだ。

こんな時アルテミスであれば敵に飛びかかって行きそうなものだが、息子の4號は震え上がり、固まっている。犬の本能としての是非は置いておいて、守る者が一カ所にいてくれるのは都合が良かった。

「……オレは死んじまうんですか、まじで痛えちくしょう!」

毒づくヒューの服を手早くがせる。

銃弾は幸いにして貫通していた。骨にも臓にも響いてはいない。ダメージはまだ軽い方だ。

「馬鹿言え。腹をかすめただけだ。死なないさ」

荷にっていたガーゼでヒューの傷口を押さえ、別の布で縛り上げる。瞬く間に布は赤く染まっていった。

とはいえ傷は深い。

死ぬ可能は十分にある。

だが気取らせてはいけない。神が先に參れば、驚くほどあっけなく人は逝くことをロスは経験から知っていた。

ヒューの神的なショックは計り知れないだろう。戦場のせの字も知らない年が、いきなり殺意を向けられ撃たれたのだから。

「オレの墓にはこう刻まれるんだ。“グランビュー家始まって以來の出來損ない”って」

「出來損ないなもんか」

「親父にも兄貴にも笑われる」

「誰もお前を笑ったりはしない」

放たれる銃弾が木をえぐっていく。だが応酬の前に、止を優先させた。

ロスは、先ほど抱いたの正に思い至った。

なんことはない、いつしかロスも、この年に好を抱くようになっていた。いうなれば信頼や友だ。

かつてなら、幾人誰が死のうが気にもとめなかった。だが今は、彼を死なせてはいけないと強くじていた。

もはやヒューは涙を堪えるのを止めたようだ。悔しそうに泣きながら喚いた。

「オレはいつだって、従ってきた。くその兄貴にも、親父にも。

オレの役割なんて、せいぜい脳(・)天(・)気(・)な(・)王(・)子(・)のご學友か、偏(・)屈(・)で(・)怖(・)い(・)男(・)に取りって仲間のフリして見張ってるくらいだ。ドブネズミかモグラ、じゃなきゃコウモリだ。その結果がこれですよ……!

ああ分かってる。最低です。くそったれ。だったら従うんじゃなかった。初めから好き勝手生きりゃ良かったんだ。レオン様とも単なる友人でいて、ロスさんとも、もっと普通に関われればよかった。後ろめたさを抱えたまま用に笑いかけてたつもりなのに、とうに見抜かれてたなんて最悪だ。死んだら兄貴の枕元に毎晩化けて出て、あいつの神経が衰弱するまで悪口を吐いてやる」

止めどなく溢れる恨み言に、ロスは思わず笑った。

「それだけ話せれば大丈夫だ。生きて帰って兄貴を一発ぶん毆れ」

ヒューを病院に連れて行ってやりたいし、ヴェロニカを追いかけたい。

だがそれよりもまず、馬鹿の一本調子のようにひっきりなしに聞こえる銃聲を消さなくてはならない。白煙があたりに漂い始めていた。

ロスは長銃を構える。家から持ち出したのは、連発式一八五三銃、軍人時代からの銃だった。

木のを隠しながら、地面に腹ばいになり、銃口を敵に向けた。

(森の中で俺に勝負を挑むとは、よほど死にたいらしいな)

ならばみ通りに與えてやろう。

撃ってくる方角からして、取り囲まれてはいない。勢もままならないうちに始まったらしい。向こうにとっても突発的な戦闘だ。

撃の角度から、ロスはほぼ正確に敵の位置を把握した。

木のに三人、巖に二人。

それから、ヒューを撃った人間がいる。

(あそこか)

樹上に一人。

計六人の殺人者が、たった二人と一匹を殺そうと躍起になっている様はいささか稽である。

まずは最も狙いを定めやすい、樹上の男。木の枝をに纏い、擬態のつもりか。

「見えてるぜ」

ロスが額を撃つと、男は絶命し落下した。

「……一人」

こちらの銃は、八発連が可能だ。裝填の手間が省けるのは実にいい。

樹上から落ちた一人に怯んだのか、を暴させた木のの一人と、巖の一人を間髪れず打ち抜いた。

「二人、三人」

攻撃の手は弱まり始めた。明らかに士気が下がっている。

殘りは三人、木のに二人と、巖の後ろに一人。

ロスは巖に向かって一発撃つ。

「外れた!」

見ていたヒューがぶ。

外したつもりはない。巖に當たった銃弾は、想定通りの角度で跳弾し、隠れていた人間を殺すに至る。

「四人」

ヒューが息を飲んだ。

「……なんで、そんな簡単に殺せるんですか」

「勘だ」

ヒューは眉を寄せた。

いつの頃からか、備わっていた覚。どうすれば人が死ぬのか手に取るように分かる。呪われた才能だと揶揄した人間もいたが、なぜ他の人間に備わっていないのかがむしろ不思議だった。

殘るは二人、こちらの力量を知り、より慎重になったようで、木のから出てこようとはしない。だが殺意が去ったわけではない。

手早く片付けるには、接近するのが一番だ。

「ヒュー、手はくか?」

「はい?」

「相手に向けて撃ってろ。俺には當てるなよ」

返答を聞く前に長銃と弾丸をヒューに渡すとナイフを取り出し、煙に紛れた。

ヒューはロスがいなくなったのを確認すると言った。

「……スパルタ式かよ! けが人だぞこっちは!」

だけど兄よりまだましだ。

ヒューを駒として見てはいない。二人して生き殘る方法を、取ろうとしているのだから。

痛みできながらも、ヒューは言われた通りに殘りの二人が隠れているらしき木に向けて発砲し始めた。

「……君もあの人に、無茶ぶりで蕓を仕込まれてたりしない?」

銃聲に怯える4號に話しかける。

4號は潤んだ瞳を返しただけだ。犬は役に立つとロスは言ったが、一こいつが癒やし以外どんな役に立つのか疑問だった。

「オレも、なんの役に立っているんだか」

弾はあらぬ方向に飛ぶ。當然だが腕はよくない。

先ほどロスがナイフに持ち替えたとき、そこに確かに存在するのに、まるで気配ごと消えてしまったかのような錯覚を覚えた。

迷彩服など著ていないのに自然の中に溶け込んだ。ロスの殺人の神髄を、垣間見たように思えた。

そしてなぜ軍人たちがこぞって彼を畏怖し、手にれたがるのか、その理由もまた、分かったように思えた。

(人を殺すことにおいて、あの人は天才だ)

言いつけの通り懸命に銃を撃っていると、突如として敵側の木のから黒い男が出現した。ヒューより早く4號が反応し、男に駆け寄っていく。遅れてヒューも銃を置いた。

「……やっぱり、とんでもないな」

ヒューが銃を撃ち始めて一分と経たず、ロスは殘りの二人を手際よく処理したらしい。

白煙に紛れて殺人者を送り込む。二番煎じの手法だが、存外上手くいった。

自然界には存在しない、火薬の匂いが鼻をつく。

迎えに來た4號とともにヒューの橫たわる場所まで戻る。

「お疲れ様です」

律儀にそう言う年の、強張った表を見て、はたと気付く。

先ほど問いかけられた疑問をはき違えたらしい。

時折、人から向けられる侮蔑と恐怖の混じったあの視線。理解できない存在を、理解することを諦めたあの表

なぜ人間でありながら、同じ人間を躊躇無く殺せるのか。

先ほどのヒューはそう、尋ねていたのだ。

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