《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》雪山の決意ですわ!

馬で駆ける中でもなお、ミシェルに抱えられるヴェロニカは暴れていた。ロスのところに戻らなくてはならなかった。あんなに短く、簡単に、彼は永遠の別れを済まそうとしている。

「戻ってミシェル! ロスが死んでしまうわ!」

ミシェルは手綱に集中するように目線を前に保っている。

戻る気がまるでなさそうな彼にんだ。

「この分からず屋!」

ミシェルはようやくヴェロニカを見る。怒りを孕んだその瞳を意外に思った。

「分からず屋はそっちだろ! あいつの思いを無駄にする気かよ!?」

予期せぬ大聲に、ヴェロニカは目を丸くする。なんとミシェルはロスを庇っているらしいのだ。

二人の間にどんな流があったのか知らないが、彼らにもまた、切っても切り離せない、ある種のが生まれていたのか。

頬で風をじ、髪がなびいた。

「ヴェロニカだけには生きていてしいって、そう思ったから殘ったんだろ! 好きなには、生きて幸せになってしいって、あいつ思ってるんだ。……そのくらい、分かってやれよ!」

切実なミシェルを見て、彼もまたロスと共に殘りたかったのだと気がついた。

彼の手が震えているのは、先ほどよりも勢いを増した雪のせいだけではないだろう。

してるんだったら、王都に危険を知らせることが優先だ。それが、ロスの願いなんだから」

ミシェルの言葉が、分からないわけではない。それでも心は、ロスの隣にいたいとんだ。

彼の近くにいないと、心はたちまち空虛になる。

捕まえていなければ、彼は消えてしまうと分かっていた。だから今まで、死に狂いで捕まえていたのに、どうして今、手放してしまったんだろう。

黙り込んだヴェロニカに、ミシェルは再び聲をかける。

「オレ、本當にヴェロニカが好きだよ。誰よりもしてるって、を張って言える。ロスにだってこの思いは勝ってるって斷言できる。絶対に、幸せにするよ」

遠くで戦の音が続いている。他方で、森は噓のように靜かだった。

「馬鹿だわ……」

呟くと、驚いたようにミシェルは目を見開いた。

別にミシェルを嘲ったわけではなかった。ヴェロニカに抱く思いを疑ったわけでもなかった。たとえ亡くなった姉と重ねている部分があるにせよ、彼の好意は年のそれで、純粋だ。

だがヴェロニカが求めているのは、どれほど自分が好かれているか、なんてことではなかった。

「ミシェル、あなたはさっき、どうして馬屋の前の兵士を見つめていたの」

ミシェルの顔に、雪がひとひら當たり、涙のように頬を流れる。馬の歩みが、わずかのろくなったようにじた。

「……鹿を、一緒に食った奴だったんだ」

泣き出す寸前の子のように顔をゆがめミシェルは言った。

「名前さえ知らない奴だった。だけど、故郷の話を、嬉しそうにしてた。あいつはもう、そこに帰れない。オレがこの手で殺したんだから」

彼の髪に著いた雪を払い、言葉をかけた。

「ねえミシェル、覚えてる? 出會った頃、鹿を撃ったのを――」

呪いのように纏わり付く、あの醜い牝鹿だ。

は腐臭を放ち、どのみち死んだであろう鹿。牡鹿に見捨てられ、一人死んだあの鹿は、それでも牡鹿を恨んではいないはずだ。獣に、そんなはない。

だから、あの牝鹿が抱いたように思えたは、ヴェロニカ自が抱いただった。生きる以外の正義を知る、ヴェロニカだからそう思ったのだ。

頷くミシェルを確認し、言った。

「……皆、分かっていないのよ。あなただけじゃないわ、ロスだってちっとも分かってない。

みくびらないで、わたしをする男は多いのよ。

だけど、わたしが彼よりする男はどこにもいないの」

ヴェロニカにとっては、ど(・)れ(・)だ(・)け(・)誰(・)か(・)に(・)(・)さ(・)れ(・)る(・)か(・)で(・)は(・)な(・)く(・)、(・)ど(・)れ(・)だ(・)け(・)自(・)分(・)が(・)(・)す(・)る(・)か(・)が重要だった。

その點に置いてロスに勝る男はどんな世界においても存在しない。

かすれる聲で、ミシェルは言った。

「何でもあげるよ。ヴェロニカのしいものなら。暮らしに苦労はさせないよ」

「わたしがむものは、たった一つ。ロスという男の全てよ」

ヴェロニカは微笑んだ。

あの男を思うと、おしさで心が解かれる。大きくて、小さなする人だ。

「彼の側にはわたしがいなくちゃ。だって、奧さんだもん」

健やかなるときも、病めるときも、この先の人生を一緒に歩いて行きたいと思ったから結婚した。それは今も変わりない。

ミシェルは、長い息を吐いた。天に息が昇っていき、馬が止まる。

赤い目をして、彼は言った。

「一つだけ、お願いがある。どうか伝えてしいんだ。……ロスに」

ミシェルの瞳から、今度は本の涙が流れた。それでも彼は、小さく笑った。

「ルチア、っていうんだ。姉さんの、本當の名前だよ」

ルチア――。

口の中で、その聖なる名を繰り返した。

それは、貧者に富を分け與えた清らかなの名だった。

拷問にかけられてもなお、信仰を守り通した、誇り高き“聖”――。なんて神々しく、慈しみに溢れた名前だろうか。

ヴェロニカは何度も頷いた。

「わかった。必ず、伝えるわ」

もうそこに、嫉妬はない。

あるのは過去から今へと引き継がれた、強いの記憶だった。

がロスを導いた。そしてロスがヴェロニカを導いた。

ヴェロニカは、それをはっきりとじた。

今度は、ヴェロニカが、ミシェルを導く番なのだと。

馬を降り、そのを叩き走らせた。

「行ってミシェル。皆を救う、本の天使になるのよ!」

雪山の中を、ミシェルは迷わず進んでいく。

自然を生きる獣にとって、生きるための行為は常に正義だ。だがヴェロニカは、獣ではなかった。

余計なを抱くし、自分が生き抜くだけではない、他の正義を知っている。

そしてミシェルもまた、獣ではない。

* * *

アーサーの怒りと驚嘆と――悲哀がじった顔を、ミシェルは見た。

この後に及んで、彼はミシェルを取り戻そうとしている。もう何もかも、出會った瞬間から手遅れだったというのに。

裏切られたという怒りは、不思議と無かった。心のどこかでは、もしかすると、とずっと思っていた。

なぜ彼が、弾が一発だけった銃を持ち、姉の墓の前にやってきたのか。ずっと前から、その理由を知っていたように思う。だが思うと、果てしのない悲しみが込みあげる。

ミシェルは小銃を、彼の部下に向け、引き金を引いた。

――天使になるのよ。

耳には、先ほど囁かれた言葉が殘っていた。それはヴェロニカの聲だったが、不思議と姉に言われているように、じられた。

たった二発撃った。

部下は倒れる。

いつの間にか撃の腕は上達していた。

理由は明確だ。

殺しが得意な人間の側で、そのを見つめてきたからだ。

もう戻れない道の上に來ているが、戻る必要はもうないのだ。ならば、終わりまで突き進むだけだ。

いつか姉が信じていた天使には、やはりなれはしないが、悪魔よりはもうしだけましな存在になれそうだ。

「アーサー! オレはもう、暗闇には戻らない!」

木々の向こうの男にんだ。怒りに歪む、獣のような表を見て、ミシェルは悟った。

(……アーサーは、國や弱者のために戦ったわけじゃなかった)

あそこにいる男は、なんて孤獨な存在なのだろう。誰とも絆を結べずに、一人彼方を目指している。――自分自すら欺いて。

「どんなに耳障りのいい高尚な理由を並べたって、救いたかったのは、自分自だったんだ! 自分の最初の殺人を、正當化したかっただけだ!」

弱者救済など、建前だ。誇り高き思いは、自分を守る城壁でしかない。

初めの罪を正當化するためには、アーサーはもう、そう生きるしかなかった。なぜなら彼は、善人だからだ。正しく生きねば、心を守れない人間だからだ。

アーサーの怒號が聞こえた。

「戻れ! 俺の言うことが聞けないのか!?」

「黙れ! あんたが救いたかったのは國じゃない! 本當に救いたかったのは自分だけだったんだろう!」

そうび、きびすを返し再び走り始めた。彼を撃つことは、どうしてもできなかった。

まだ距離がある。走れば、絶対に間に合う。夜明け前までに街へ出ることができれば、そこから列車に乗ればいい――。

後方で鋭い音がした剎那、自分の肩が急速に熱を帯びた。アーサーに撃たれたのだ。

痛みが襲うが、立ち止まりはしなかった。

(オレは、姉さんがんだ人間になる。今度こそ、やり直すんだ。皆を救うんだ――……)

その思いだけが、ミシェルをひたすらかした。

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