《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》必然の遭遇ですわ!
アーサーが斜面をり落ちていくのが見え、ミシェルは追い打ちとばかりに雪を落とした。
(もう追ってくるな……!)
來たら、また彼を撃たないといけない。彼を撃つと、心の一部が凍り付いて行くようだった。
上がってくる気配がないことに安堵を覚える。
獣のように、這いながら進む。
指の皮が裂けが出ていたが、覚は既になかった。
撃たれた肩と足に、力がらなくなる寸前で、斜面は終わる。
だが一歩踏み出そうとしたところで、突然天地が逆転した。
気付けば雪の上に倒れていた。溶かす熱さえに殘っていないのか、止まぬ雪が積もっていく。
「噓……だ。こんな、とこで」
――あとしのはずなのに。
この雪の中では、どんなに優れた人間だってミシェルを見つけることはできない。だから必ず街へ辿り著ける。
ヴェロニカが、ロスが、そして姉がここまでつないだこの道を、途中で降りるわけにはいかないのだ。
だがミシェルは指一つさえかせない。いくら心が前へ進もうとも、が限界だったのだ。を流しすぎた。ける力は、既に盡きていた。
「ちくしょう……」
これは罰なのか。
今までの生き方に対する算を、一番殘酷な方法で払わされているのか。
だけど、だとしても。
「生きていなきゃいけない奴らまで、殺そうとするなよ馬鹿やろー!」
んだ時、一面の白い風景の中に、一つの小さな黒い點が見えた。
見間違いのように思えたが、黒い何かはどんどん近づいてくる。
それが何者か分かるにつれ、ぼんやりとした視界が、徐々に明確なものへと変わっていった。
やがてその小さな犬が、ミシェルの顔のすぐ側まで來て、嬉しそうに顔を舐める。
「お前、4號……。さっき、どっかに行ってただろ。なんでここに……」
この犬が側にいるのは、ヴェロニカかロスか、そうでなければ――。
……――まさか。
近くに姿を探すが、吹雪の中には誰も見えない。
4號は、先を促すようにミシェルの服の裾に噛みつき引っ張るが、やはりはかなかった。
「だめだ、ごめん。オレ、ここで死ぬみたい。こんなに頑張ってさ、馬鹿みたいだ。結局、何者にも、なれなかった」
行き著く先は地獄だろうか。だけど、死に際に、一人きりじゃなくてよかった。犬は極寒の地でも生きると聞く。ミシェルの死を見屆けて、4號は生き殘るだろう。
目だけかし4號を見ると、天に向かって顔をばしていた。城の窓から數回、夜の靜寂に向かって吠える、一匹の狼を見たことがあった。
まるでその時の狼のように、4號はを震わせる。
數回、遠吠えをした。
何度も何度も、誰かに訴えかけるように。
怒り狂っているかのように。
悲しみを嘆くかのように。
この臆病な犬が吠えるのを初めて聞いたことに気がつき、ミシェルは、思わず笑った。
「なに、お前……。そんな大きな聲、出せたの……」
4號は、遠吠えを止めない。そしてその聲に重ねるようにして他の犬の鳴く聲が聞こえた。
耳を疑った。
人影が三つ、目にった。ミシェルは目を見張る。
――奇跡だ。
いや違う。奇跡ではない。
誰もが――この小さな犬でさえ、最大に戦ったから得た、當然の結果だ。
彼らが手に持つ松明が雪に反し、まるで天からの使いのように輝いて見えた。
厚著をした人影の一つが、ミシェルを見つけぶ。
「やっぱりグレイ! 4號の聲ですわ! まあ! 人が倒れていますわ! の子です!」
涙で歪んだ視界で、それが男と犬の姿であると知ったのは、相當近くなってからだった。4號が白い犬に駆け寄り、挨拶をわす。
「君、大丈夫か!?」
男の方が、ミシェルを助け起こした。
「何があったんだ!」
ミシェルは彼にすがりつく。
「助けてくれ!」
求めたのは、自分の救いではなかった。
「王都が襲われる! 建國祭だ! もう、數時間もない! 助けて――!」
男は顔を見合わせた。
の方が、即座に反応する。
「お姉様はどこですの!? ヴェロニカ・クオーレツィオーネをご存知ではございませんか!?」
「いる――! 城だ! アーサーの城で兵と戦ってる。ロスも一緒だ!」
二人が、はっと息を呑んだ。男が言う。
「ベス中尉が待機させてる兵士に伝えるんだ!」
も頷いた。
「馬で、早くこの方を運びましょう! そうですわ! お父様のところからだったら、列車が出ます! 王都へも近いですもの! 間に合いますわ!」
「ああ分かった!」
男がミシェルのを抱え上げようとするのを、突っぱね、ずり落ちた。
「オレは、いかない。もう一人、助けなくちゃいけない人がいるんだ」
「君、男か?」
男は驚いたようにミシェルを見たが、すぐに首を橫に振る。
「……いや、そんなことはどうでもいい。この怪我では無理だ」
「いいから行けよ! 時間がないんだ! 怪我なら平気だ。全然、痛くない!」
ミシェルはび返した。
不思議なもので、一人きりだった時にはまるで沸かなかった力が、今になって再び宿った。
「頼む! お願いだ。王都にいる皆を助けなくちゃならないんだ! それにあいつに、これ以上罪を重ねてしくない! オレが行ったって信用されない。あんたたち、そのなり貴族だろ! オレよりずっと、信じてもらえる!」
迷った様子の二人だったが、すぐに強く頷いた。
「わたくしたちも、エリザベスさんの部下さんと一緒に、すぐに戻りますわ!」
「ああ、彼らに伝令を頼もう。君も……どうか無事で。必ず助けに戻る!」
「これを著てくださいまし」
「いや、オレのを」
が自らのマントをごうとするのを男が止め、自分のマントをぐとミシェルに被せた。男ので暖められた防寒著の、暖かさに包まれる。
去りゆく二人の姿を見て、ミシェルは気付いた。
あの二人は見ず知らずのミシェルの言葉を信じたのだ。ただそれだけのことに、なんて素直に心が喜ぶんだろう。その心に、ヴェロニカとロスを思い、ミシェルは小さく笑った。
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