《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》夫の仕事の真相ですわ!
「大あなたって主義すぎるのよ!」
兵士の額に弾を撃ち込みながらヴェロニカはんだ。
「なんでも報告してって、いつも言っているじゃない!」
本降りとなった雪が視界を悪くする中でも、兵士達の姿は目視できるほど近い。
兵士を一掃しながら、ロスは苛立った様子で言い返してくる。
「何でもと言うが、俺のに降りかかったことをいちいち事細かに説明しろというのか? 便所に行くのも報告しろと? それが小便か大……」
「いらつく男ね!」
屁理屈ばかりをこねくり回すその背を手加減なく毆りつけたが、腹立たしいことにびくともしなかった。
兵士が徐々に近づき、こちらの逃げ場はじわりじわりと失われていく。城壁と城の間で、二人はひたすら防に徹していた。だがそれも、時間の問題だと思われる。
「ここで死ぬかもしれないのよ? ……だから知りたいの」
ヴェロニカが発したのは、自分でも分かるほどに震え、小さく、けのない聲だった。
誰かのを無理矢理聞き出そうとするのは自分の主義に反することだ。だがそれでも、彼のこととなれば我慢することがどうしてもできない。
「シャルロッテを救ったっていう仕事のこと、どうして言わなかったの? ……報酬を、一人でもらうため?」
ロスは、ようやく振り返りヴェロニカに視線を合わせた。
次いで言葉を発しようとしたヴェロニカの口を、すぐに彼のが覆った。
彼の目がどうなっているのかは知らないが、ヴェロニカに顔を向けていても、銃を握る両手だけは兵士に向き、抜かりなく撃ち続け敵を倒していた。
角度を変え、彼の舌が深く侵してくる。ヴェロニカは目を閉じた。もっと――と思ったところで顔は離れた。
ロスはため息をつく。
「お前は悪いだ、ヴェロニカ。男のプライドを、全て剝ぎ取るつもりか」
どう考えても、ロスの方が悪い男だと思うが、ヴェロニカは続きを待った。
彼が真実を語ろうとしているのをじたからだ。
「……この國の闇をあまりに見過ぎた俺が、そうやすやすと軍を辭められるわけがなかったんだ。
軍部が最後に俺に命じたのは、できもしない無理難題だった。分かるだろ、目下のタブーであったカルト宗教の抹殺だ。それに金は一切もらってない」
「じゃあ、何が報酬だったの? シャルロッテは、あなたが莫大な見返りをもらっているはずだって……」
ロスは兵士の存在を忘れてしまったのか、文字通り頭を抱えた。
彼が撃ち返さないため、仕方が無くヴェロニカが応戦した。弾切れとなるが、即座補填し撃つ。
苦悩の果てに、やがてぼそりと呟きが聞こえた。
「お前だ」
「なにが?」
驚いて夫を見た。
ロスは顔を上げる。その瞳には、明確な敗北が浮かんでいた。
「報酬はお前だ。暗部から抜け、結婚をする。それが報酬だった」
ヴェロニカは銃を取り落とし、慌てて拾い上げる。
「わ、わたし?」
「ああ」
何がそれほど嫌なのか、苦悶の表でロスは短い返事をした。
「それが真実だ。なぜ黙っていたかだと? し、格好をつけたかっただけだ。お前が々に打ち砕いたがな」
予期していない答えに、珍しくヴェロニカは言葉を紡げない。
「命じた人間は、あわよくば俺がそいつらに殺されればいいと思ったようだが、そうはさせてやらなかった。
仕事はやったんだ、文句は言えまい。……いや、結局、首謀者夫妻はシャルロッテに殺され、俺は彼を殺さなかった。完璧とは言いがたいか」
「……シャルロッテを殺さなかったのは、間違っていない判斷だったと思うわ」
ヴェロニカは、再び銃を撃つ。だが何も発されない。弾切れだった。殘りの弾もない。ロスの銃を奪い撃つが、やはり何も出なかった。
どうやら二人の戦いは、ここで終著を迎えたらしい。
ロスがヴェロニカに向き直り、その逞しい腕をに回してきた。
「本當は知っていた。俺が一番、お前を傷つけている」
彼もまた、死期を悟ったか。
夫の腕の中で史上最大の幸福をじながら、その言葉を聞いていた。
「お前は俺に傷つけられる一方で、いつも俺ばかりが救われてしまう。まっとうな関係じゃなかった」
――そんなことないわ。
彼に會って、ヴェロニカは己の中の強さを知った。人へのが、自分の中にこれほど存在していることを知った。
「わたしだって、あなたに救われているのよ」
兵士の銃弾が、ロスのを貫いた。
弾丸は彼のに留まることなく、腕の中にいるヴェロニカの右肩にり留まった。痛みと幸福を、同時にじた。
ロスは言う。
「いつか、お前が言ったが、あれからずっと考えていたんだ。
俺が、人殺しじゃない真人間だったら、俺達はもっと上手くいったんだろうか」
「ううん――。だったら、初めから好きにはなっていなかったわ」
馬鹿げたことだ、と言われた真の意味を、今になってようやくヴェロニカは理解した。
(……わたしが貴族の生まれでなくて、お金も資産も學もなく、呆れるほどのプライドももなく、アルベルトと婚約をしていなかっただったとして、それでロスを好きになったかしら? ……ロスがわたしを好きになったかしら?)
答えなど、分かりきっている。きっと好きにはならなかった。
過去のあらゆるものが今のヴェロニカを形作っていて、そして彼も、彼として今日まで存在してきたからこそ、何一つ欠けることのなく、完璧な存在になったのだ。だから二人はし合った。
だけど二人は、死をもって引き裂かれようとしている。
更に數発、ロスが撃たれた。
ヴェロニカを抱きしめる腕が、痛みに耐えるように力が加わっていく。ヴェロニカも、きつく抱きしめ返した。
「わたし、この世の全ての恐ろしいことから、あなたを守る城壁になりたいの。
子供がしい。わたしの子供だからじゃない。あなたの子供がほしい。
とことん平凡な家庭を作りましょう? 誰も彼も、文句を言えないくらいの。邪魔なんて、する気が起きないほどの。利用する価値さえないほどの、ありふれた家族よ。誰もあなたを、平凡な夫で父親だと疑わないほどの――」
ロスが何かを言いかけ咳き込んだ。口からが溢れる。
そのを指で拭うと、舐め取った。生暖かい鉄の味が、舌に広がり、ごくりとそれを飲み込んだ。
言いかけたらしい続きをロスは言う。
「誤解を解いておきたいが、シャルロッテとは本當に何もなかった。一度目も、二度目もだ」
ヴェロニカは吹き出した。
「今更、どっちでもいいわ、そんなこと!」
面食らったようなロスの表を愉快に思い、同時に心が揺さぶられた。
ヴェロニカに浮気を疑われていることが、ずっと気に掛かっていたに違いない。
彼が吐き出すごと飲み込むように、ヴェロニカは、再び深い深い口づけをした。
やがて銃を持つ數人の兵士が現れ、冷たい銃口が向けられる。
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