《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》終わったのかは分かりませんわ!
ロスが疑問を口にした。
「肝心の奴はどこにいる?」
「戦していたが、山中に何かを発見し、追ったようだ」
「ミシェルだわ!」
ロスとエリザベスの會話に、ヴェロニカは思わず口を挾んだ。戦の最中、アーサーが追うとしたら、それは一人しかいない。
「あの子が殺されてしまうわ! わたしたちもアーサーを追わなくちゃ!」
「待て」
走り出そうとしたヴェロニカの腕をロスは摑む。非難の意を込めて睨むが、ロスもまた真剣なまなざしをしていた。
「グレイ、王都が襲われるという計畫をどこで知ったんだ」
「さっき會った――いや、年が言っていたんです」
「誰かを探すからと一緒には來ませんでしたわ! 怪我をしていたようですが、そんなに重傷じゃないって……」
ヴェロニカは、神を思った。
どうか、どうかお願いしますといつも願い続けてきたが、ミシェルが二人に會えたのは、まさしくその導きだった。
説明を聞いたロスは言う。
「ならミシェルは無事だ。この吹雪だ。アーサーはあいつを追えなかったんだろう。何もかも終わったんだ。お前が行く必要はない。第一俺たちは怪我人だ。二次災害になりかねん」
「そう、そうね……」
ロスの言葉に、ヴェロニカも冷靜になる。今になって、寒気と痛みをじた。
吹雪く山に目を向けるが、ミシェルの姿もアーサーの姿も見つけることはできなかった。
役割を終えて、ミシェルは戻ってくるだろうか。それともそのまま、姿を消すだろうか。怪我をしていたと聞いたが、無事だろうか。アーサーは、どうするだろうか。夢も野も打ち砕かれた彼は、まだミシェルを追っているのだろうか。
その時、巖に亀裂がるような音がした。
「離れろヴェロニカ!」
が城壁の外へ引かれ、ロスのが覆い被さる。
考える暇もなく、ヴェロニカが聞いたのは、何かが破壊される音だった。
城が、崩れ去っていくのが見えた。
赤い炎が側から噴出し、雪を巻き込みながら空へと昇っていく。
「ば、発!?」
騒然としたものの、幸いにして周囲に怪我人はいない。チェチーリアがきゃあきゃあ言いながら、皆の無事を確かめていた。
ロスのがヴェロニカから離れる。先ほど負った傷口から流れた彼のが、ヴェロニカの服を染めていた。
「引火でもあったか?」
目を細め、燃えさかる城を見つめながらエリザベスが言った。
ロスが答える。
「エーテルが地下にあったはずだ。だがそれにしては規模がでかすぎる」
「火薬でも備蓄していたか。エーテルに引火し、発されたんだろう」
しばし呆然と炎を見つめていたヴェロニカだが、すぐに正気に戻った。
なぜならあの中には、先ほど言葉をわしたがいるはずだ。
「中に……中に人がいるのよ! の子が! 犬も……4號も」
名を呼んだ瞬間、小さな吠え聲が聞こえた。
「4號ならここに!」
チェチーリアがぶ。その側には小さな犬がいて、ヴェロニカに駆け寄った。
「4號!」
むくじゃらの溫かな溫を必死に抱きしめる。
「この城に今、救助にるのは危険だ」
炎を見つめながらエリザベスが言う。
「それに誰も逃げ出してこない。もし、中に誰かいたんだとしても――……」
「そんな……」
言葉が出なかった。
シャルロッテ・ウェリントンが、部屋にいるはずだ。彼は、生きたがっていた。ヴェロニカはそれをじたからこそ、部屋の扉を開けたのだ。
抱いているのが友か憐憫か、自分にさえ分からないが、彼は、今度こそ生きなくてはならないはずだった。
――アーサー、ミシェル、シャルロッテ。
その全ては目の前から居なくなった。
暮らした大嫌いな城も、跡形もなく消えていく。
全てが幻想だったと思えるほどに――。何かもが、ひたすらに虛しかった。
ロスの腕の中で、ヴェロニカは大聲で泣いた。その背をただ、ロスはで続けた。
*
延焼をさけようと闘する國軍を橫目に、ヴェロニカは傷の手當をけていた。折れた骨が弾を止め、には深く侵していないが、痛みは収まるどころがひどくなった。
取り出された弾をチェチーリアが興味深げに見ながら話しかけてきた。
「ロスさんの方が重傷なのに、まるであの方は元気ですわね」
夫に目を遣ると、包帯ばかり巻かれている。彼は立ち上がるとエリザベスに聲をかけた。
「ベス、ヴェロニカの手當を頼む。ヴェロニカ、付いてくるなよ」
ヴェロニカも勢いよく立ち上がる。ロスがいずこかへ行こうとするのをじ取ったからだ。この男を二度と離すつもりはなかった。
「どこにいくのよ!」
「便所だ」
「早く帰ってきなさいよ!」
「……ああ」
頷き、怪我の気配さえじさせない足取りで、ロスはに去って行った。
アーサーの部下たちで生き殘った者は捕らえられている。ふと、違和を覚えた。戦により數を減らしたにせよ、なすぎるのではないか。
「これだけの兵士で王都を襲撃するつもりだったはずはないわ。王都に軍人がどれだけいるのか、アーサーだって知っているはずよ」
チェチーリアが首をかしげる。
「アーサー・ブルースが考え無しだっただけかもしれませんわ!」
そんなはずはない、とヴェロニカは思う。アーサーとは仮にも夫婦だった。彼があてもなく無謀を働くとも思えない。
一度は鎮まった不安が、再び湧き上がってくる。長らく暗い城の中で心安まらない生活をしていたせいか、不安が癖になってしまったのだろうか。
そんな様子を見てか、エリザベスが言った。
「大丈夫ですよ夫人。王都襲撃は、どの道不発に終わったでしょうから」
「どういう意味です?」
エリザベスは、靜かに笑った。
「伝令を聞いた王都は、更なる厳戒態勢を取るはずです。終わったんですよ、なにもかも」
終わったんだろうか。――本當に?
はぐらかされたような気もする。
「わたくしも、実は不穏をじてレオン様に手紙を書いたんですわ」
未だ曇る表のヴェロニカに、チェチーリアがそう耳打ちをした。
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