《後は野となれご令嬢!〜悪役令嬢である妹が婚約破棄されたとばっちりをけて我が家が沒落したので、わたしは森でサバイバルすることにしました。〜》プロポーズ(正)ですわ!

ふわりと髪が風になびいたのをじ、目を開けたロスは、眩しさに細めた。

開かれた窓からは夕が差し込み、白いカーテンが揺れている。

服はいつの間にか著替えており、傷には正確な処置が施されていた。

「おはよう、ロス」

ベッドにもたれるようにして眠っていたらしいヴェロニカが、目を開け微笑んだ。

隨分久しぶりに、彼に會ったような気がする。

――これは夢だろうか。

髪をでると、彼は貓のように満足げな表になった。

(これほど穏やかな時間が、俺に訪れていいのだろうか)

塗られた手で、彼れていいはずがない。

が自分に、笑いかけるはずがない。

それが正しいはずがない。

は綺麗で、こんな汚れた男に、微笑みかけるはずがない。

だが、心では切に願っていたように思う。彼が來るのを、いつだってずっと待っていた。

あの森で、あの城で。

いや、もしかすると、生まれた落ちた時から、ずっと彼を待っていたのかもしれない。

「ここはどこだ。今は、いつだ」

クスクスと、ヴェロニカは笑う。

「ここは王都の病院よ。覚えてない? 下山して、列車に乗ったじゃない。あなたは途中で倒れちゃったのよ」

日付を聞くと、つい昨日、アーサーの城から抜け出したらしい。もう何日も眠っていたように、が鈍っていた。

「アーサーのが見つかったらしいわ」

ロスが彼を殺したことを、ヴェロニカは知っているのだろうか。おそらくは知っているのだろう。知っていたとしてもそうは言わなかった。

ヴェロニカの手が、ロスの手に重ねられる。耐えてきたものを吐き出すように、口にしたのは贖罪の言葉だった。

「……俺にとってアーサーは、正しさを現したような人間だった。そいつが目の前で狂っていくのを、見ていられなかった。俺が逃げずに向き合っていたら、あいつは正しく生きれた」

ヴェロニカの手に力が加わっても、ロスは続けた。

「アーサーが、ミシェルとシャルロッテを側に置いていたのは、天使と聖に魂の安寧を求めたからかもしれない。あいつは、馬鹿げたことだと口にしつつも、心のどこかに強い信仰を抱えていた。

だとしたら、と思うんだ。俺は、ヴェロニカに――」

最後まで言い切る前に、ヴェロニカが覆い被さるように抱きしめてきた。目からは、大粒の涙が流れ、ロスの顔に落ちた。

「求めていいのよ! だってわたし、あなたの奧さんなんだから! 支え合って生きていきましょうよ?

何でもわたしに話してしいの。幸せも悲しみも、全部一緒に分けてしい……。わたし、いつだって何度だってあなたを救うし、あなたに、救われて來たのよ……」

長い髪がすだれのように、ヴェロニカとロスを囲い、まるで世界には二人しかいないような錯覚を覚えた。

ロスはヴェロニカの涙を拭う。

「未だにお前のような、可くて純でいいが、俺の妻なのが信じられない」

はにかむように微笑むヴェロニカに、なおも言う。

「初めてお前に會ったとき、あまりにも世間知らずだから、悪い男に騙される前にさっさと結婚しちまえと思った」

「手遅れだったわ。悪い男をしてしまったんだもの」

そういって、彼はロスにキスをした。

「全部、終わったのよ、なにもかも。脅威は去ったし、わたしたちは生きてる。これ以上のハッピーエンドがあり得る?」

またがる彼を橫へずらし、二人でしばらくベッドに寢転がる。繋いだ手から伝わる溫が心地よかった。

晝の日差しが差し込み、開いた窓からは、街の活気が聞こえてきている。

ロスは、隣の妻に顔を向けると言った。

「ヴェロニカ」

「なに?」

「俺と結婚してくれ」

「うん」

ロスが初めて言ったプロポーズの言葉だというのに、慨をけた様子もなく、當たり前のようにヴェロニカは頷いた。

だがその頬が耳まで見る間に赤く染まるのをみて、ロスは思う。

きっと出會った瞬間から、命が盡きるまで彼しているのが自分という人間なのだろう。もし彼も、同じ思いでいるのならば、それ以上に幸福なことなどない。

子供の時代に、アーサー・ブルースという友人と、一つ約束をした。

約束は果たされた。だから彼は、もういない。

死ぬための糧を、また一つ失った。生きるための理由は、これから先も増え続ける。

ヴェロニカは、無邪気に笑う。

「ねえ旦那様、これからハネムーンに行かない?」

「それはいいアイデアだ」

過去はもう、ここにはない。未來が無限に広がっていくだけだ。

ヴェロニカの手を引き、ロスは即座、ベッドから立ち上がった。

* * *

ヴェロニカは幸せを噛みしめていた。何度も夢にまで見た、誰にも邪魔をされず、ロスと二人だけで過ごせるチャンスが訪れたのだから。

行き先はまだ決めていない。だが彼と一緒なら、場所などどこでもよかった。

「ヴェロニカ!」

病院の外に出たところを、ちょうどやってきたらしい父カルロに呼び止められた。

見ると、チェチーリアもいる。

傍らにはアルテミスと4號がいて、こちらを見るなり尾を振りながらを寄せてきた。

カルロの背後には乗ってきたらしい馬車が構え、これからまた、城に戻ることを意味していた。

「どこへ行くんだね?」

珍しく渋い顔のカルロに向かい、ヴェロニカは快活に言う。

「お父様! わたしたちこれからハネムーンなの、聴取はお願いしますわ」

聞き逃さなかったのはロスだ。

「聴取だと?」

眉を寄せ、訝しげな顔をしたため、慌ててヴェロニカは言った。こんなところでロスに疑われ、これからのハネムーンを臺無しにされたくはない。

「なんでもないわ! お父様、とにかく上手くやってください」

「だがねヴェロニカ、お前がやったことをどうにかして収束させなくてはならないよ。私一人では、ちょっと無理だ。上手く説明もできない」

ため息じりのカルロの顔には、勘弁してくれと浮かんでいる。

助け船を出したのはロスだった。

「事は知らんが、俺たちは新婚なんだ。悪いが邪魔をされたくない」

「ということは、結婚し直したんだね?」

「ああ、ついさっき。証人になってくれ。お義父さん」

「お、おと……! 悪くないな」

ロスがカルロを父を呼ぶのは、初めてなのではないか、とヴェロニカは思った。カルロがまんざらでもなさそうに笑顔を見せるが、すぐに取り繕うように咳払いをした。

「だが、ロス君。ヴェロニカもだが。傷が治らないうちに無理をしてはいけないよ」

「どれもかすり傷だ」

「そうは見えないが……」

「傷なんて、病院にいては治らないわ!」

「ですが旅費はどうされるんです。これからの生活もですわ」

チェチーリアが眼鋭くロスに問う。

「ロスさん、お仕事を辭めるのですか?」

「元々お前の思いつきだ。くれてやる」

「む、無職になりますわ!」

「それがどうした?」

「そうよ、些末な問題だわ」

重ねるようにヴェロニカが言うと、ロスも口の端を歪めながら振り返った。輝くような黒い瞳に、笑顔のヴェロニカが映っている。

チェチーリアが頬を膨らませる。

「どのくらいハネムーンに?」

「さあ。どのくらいかな」

ロスがヴェロニカを見つめたまま尋ねる。ヴェロニカは笑った。

「満足するまで。そうでしょう? もしかすると、とてもとても長い時間になるかもしれないわ。しばらくは、ここに帰ってこないかもね?」

ロスが急かすように、ヴェロニカの背を押した。

「さあ行こう、ミセス・クオーレツィオーネ」

「そうね、ミスター・クオーレツィオーネ」

ヴェロニカも、ロスを見ながらそう答えた。

「お父様! 馬車を借りるわ!」

馬車に乗り込むと、犬たちも一緒に乗ってきた。

ヴェロニカとロスは顔を見合わせた。

二人きりのハネムーンにはならなそうだが、これはこれでよしとしよう。ヴェロニカはアルテミスと4號を互に抱きしめた。

き出した馬車の中で、向き合うロスが、ヴェロニカから目を離さずに靜かに言った。

「さあヴェロニカ。俺が眠りこけている間、お前がやったことを話してもらおうか?」

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