《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》1/3の純な
逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ……。
懸命に己を鼓舞して勇気をい立たせようとするものの、殘念ながら生來ののなさはいかんともしがたく、脳もも完全に機能を停止していた。
だって、仕方ないじゃん。
俺、さっきコイツにいきなり抱きついて、唐突にをんだんだから。
あまりにハズくて合わせる顔がない。
それ以前に、もしもマユ様のお怒りをお買い上げしてしまっていたら、今すぐ新鮮な刺にされて味しくいただかれても何ら不思議じゃない。
というか、普通のの子であれば間違いなく大激怒しているだろう。
もしかしたら、これから俺は死ぬのかもしれない。
こうなったらイチかバチか、十八番のスキル『土下座』を炸裂させるか?
いやいやいやいやいや、何をネガティブで後ろ向きで消極的で矮小で弱気で負け犬丸出しなクソ以下の考えを抱いてしまっているんだ。
ついさっき、ルパンも大絶賛するくらい超絶華麗にマユの心を盜むと決意を固めたばかりじゃないか。
しっかりしろ、日比野天地。
……よし!
ここは先手必勝、改めての告白を――――。
「てぇぇんちゃぁあぁん……コぉぉぉおレぇでどぉぉおぉぉだあぁぁッ✩」
「え――――――もがぼっっ!??」
俺がようやく行の指針を定めて、大きく息を吸い込むや否や。
目覚めてすぐ、用のリュックサックから何かを取り出したマユは、構える猶予も聲を発する機會も與えず、それを勢いよく俺の口にぶち込んだ。
「ふぁにを…………ぅぶぇっっ!?」
それが何かは分からない。
ただ、間違いなく言えることが一つ。
めっ…………ちゃくちゃマズイ!!
リアルに吐きそうだ。
またこのパターンかよ、たまには味いを食わせてくれよ……。
「にゃはははぁぁあ……よぉぉおくカぁムとぉぉぉおぉとぉぉおってもぉかぁらだぁぁにぃイイぃんだぁあぁぁよおぉぉぉぉお」
「ふぐ……むっ…………がっは! ゲホゲホッ……! な、な、なな、マユ、何なんだよ一!?」
マズすぎて死ぬか、窒息して死ぬか。
究極の二択から辛くも逃れた俺は、なおも得の知れないを口に押し込もうとするマユの追撃を回避しながら、命を乞うごとく尋ねた。
「こぉのコぉわぁぁねぇぇぇえジュぅぅうシィイでぇぇホぉロニガぁでぇぇぇえアタぁマがぁぁすっきぃぃりキレぇぇええにぃなぁるんだぁぁぁあヨぉお♪」
「はあ、なるほど……そりゃ、お心遣い恐の極み――――ってえええええ!? ま、マユさん!? こ、ここここれ、これって……!」
小さな手でワイルドに鷲摑みしたソレは……どう見ても、さっきマユが殺しに殺しまくった巨大コウモリのグロテスクな頭部だった。
ギョロリと飛び出た目玉を、鋭く尖った牙を、の滴る切斷面を、ぐいぐいとけ容赦なく執拗に突きつけてくるマユ。
その顔には、一片の悪気すらじられない。
俺は困し、眉を八の字にしながら、ひたすらガードを固くする。
「ほぉおらぁほぉぉおおらぁてぇんちゃぁぁんあ~ぁあんしてぇぇあ~~ぁあん」
「ちょまっ! ちょちょちょっ! いやこのあのその……えええええっ!?」
くそっ! 強烈な先制攻撃を許してしまった!
ていうか、この狀況……俺にどうしろと!?
冷靜に考えれば、食えない。
食えるわけがない。
しかし…………。
おそらく、副作用でイカれちまってた俺を、マユは案じてくれているのだろう。
こんな純度百パーセントの善意で、意中のの子が元気になる(と思われる)料理(?)を甲斐甲斐しく食べさせてくれようというのだ。
マユのことだから他意はないにしても、これを食べなきゃ男が廃る。
すなわち、これは……の試練!
もしも完食できればマユの好度が急上昇……するとは思えないが、このまま拒否を続けたらギャルゲー的に考えて完全アウトなのは間違いない。
そんな法則がマユに適用されるかは謎だけど。
しからば……決めてやるよ、覚悟ってやつを!
「あ……あ~~ん…………」
「にゃははぁぁあ♪ ああ~~~~ぁあん」
ぱくっ。
ザリ……ゴリ……ぶちっ……。
じゅわ…………。
「うっぷ……! うおぇぇえええええええっっ!!」
はい、ダメでした。
この世には、気持ちだけではどうにもならないことがある。
そんな當たり前のことに、俺は今さら気づきました。
――好きなの子の前で盛大にリバースしてしまってから、およそ數十分。
俺達は急遽、第二階層をあてどなく彷徨うことにした。
目的地がないのはいつものことだ。
マユは元々ダンジョンの最奧、誰も見たことのない下層を攻略したいなどとはほども思っていない。
日々を自由気ままに、食べたいターゲットを仕留めるためだけにフラフラする習を持っている。
ゆえに。
現在の狀況を生み出した原因は、もっぱら俺の個人的なに起因している。
すなわち、『いても立ってもいられない』という気持ちだ。
けなさを無理やり忘れようともがく俺の「ちょっと散歩したい気分だなー!」というアホな言葉を素直にけ止めて前を歩くマユは、度々出くわす魔を麺切り包丁でズタズタに切り刻んでいた。
「ピギュルルルルルルルルルルルゥゥッ!」
「イイイぃつまぁでぇうぅぅごけぇるのっカっナァアぁぁあ♪ プッチプッチぷっちちっちちぃぃいぃいぃぃイイ♪」
今まさに、最新の犠牲者リストに新たな魔が追加された。
長二メートルを優に超える、とてつもなくデカいイモムシ――ヴェノムキャタピラーだ。
緑と黃と黒で構された、鳥が立ちそうなくらい毒々しいマダラ模様。
ギザギザしたノコギリ狀の小さな歯とネバーっとした粘が縁取る、縦に並んだ三つの丸い口。
うぞうぞとして這う、嫌悪を強烈に刺激してくるおぞましいき。
ハッキリ言って、ものすごく気持ち悪い……。
しかし、當然ながらマユには全く関係ない。
いつも通り、新しいオモチャを與えられた子供みたいに喜々として飛びかかると、イモムシのを端からリズミカルに削って遊び始めた。
まるで、ばした生地を均等にカットして麺を作るように。
これぞ、包丁本來の用途……というには、あまりに猟奇的で吐き気がしそうな景だけど。
ビクビクと小刻みに揺れ、甲高い斷末魔を上げながらを撒き散らして細切れにされていく哀れなイモムシ。
「にゃっはははぁあぁああ! てぇんちゃぁぁんコぉレたぁぁべぇるぅぅう??」
「い……いや、俺はいいよ……」
「そぉぉおぉおぅ? まぁあぁマユもマユもぉぉおコぉのコぉぉわぁオイシぃくなぁいしぃぃいイヤぁなぁのでぇっすぅうぅにゃハハハハぁあ」
マジかよ……。
あのマユですらマズイとか……逆に味が気になっちゃったよ、不覚にも。
いや、食べないけどね。
それにしても、第二階層に來てから魔も大分様変わりした。
第一階層ではコボルトやゴブリン、オークなどの亜人系、あるいは豬や熊といった系が多かった。
一方、ここで現れるのは……蟲だ。
イモムシ、カマキリ、ムカデ、蜘蛛、蜂、蛾、バッタ……。
正直、さほど強敵ではない。
ただ、キモイ。
俺は昔から蟲が大の苦手だ。
楽しそうに素手で昆蟲を捕まえる子供の正気を疑いながら、家に引きこもってゲームばっかりしている……それが俺という男である。
つまるところ、ここはまさしく地獄。
目を見張る巨大さが、さらにキモさを増幅させる。
くそぅ、気が晴れないどころの騒ぎじゃない。
神的にキツすぎる。
このままじゃ、マユにアタックすることはおろか、食べにありつくことすらできやしねえ……。
「ピギュルルルルルルルルルッ!」
「んにゅぅぅうぅうぅ……うねうねぇぇえわぁもおおツマぁんなぁぁいんだぁけどナぁあぁあ……」
同胞の悲痛なびを聞いて駆けつけたのか、新たなヴェノムキャタピラーが三匹、暗がりから這い寄ってきた。
すでにイモムシいじりに飽きてきたマユは、ため息をついて肩を落とす。
――決めた!
うじうじしてても仕方ない。
最悪な気分を紛らわすためにも、マユに頼れる男っぷりを見せつけるためにも、ここは俺が率先して戦いに參加するとしよう。
あくまでも、俺が一人で何とかできる相手に限るけどな。
幸い、ヴェノムキャタピラーは第一階層でのスライム相當と思われる雑魚。
相手にとって不足なし!
「マユーーーー! 俺も助太刀するぞっ!」
「ふぇぇえ? あぁぁぶなぁぁいかぁらぁぁあてぇんちゃぁんわぁあこなぁぁいでぇイイぃぃいヨぉぉぉぉお」
「っぅぐうッ!」
好きな人からの「來ないで」および戦力外通告。
なんてこった、早くもHPが大幅に減したぜ。
だが、ここでめげてはいられない。
生まれ変わったネオ・日比野天地は、好度稼ぎに全力かつアグレッシブ。
マユの心を抜くためにも、まずはそこのイモムシ野郎を刺殺してやる。
「心配無用だ! おらあああああああっっ!」
もはや用となった鉈を手に、戦中のマユに全速力で近づく。
をひねって全重を乗せ、大きく振りかぶって――――。
ズドッッ!!
「んごっふッ!!?」
マユに接近していた不屆きなイモムシに厚な刃をお見舞いする、その寸前。
流れるようなジャンピングバックスピンキックが、俺の右腕に直撃した。
わけが分からない。
わけが分からないまま、俺は派手にぶっ飛んで、壁に激突した。
「てぇぇんちゃぁあぁあぁん!」
痛烈な蹴りを加えた張本人が、大聲で俺の名をぶ。
「う……ぐ、ぐ…………」
倒れたまま、懸命に現狀を確認する。
激痛の走る右腕は……どうにかかせる。
骨は折れていないようだ。
壁に打ち付けたも、おそらくは軽い打撲。
問題は…………なぜ蹴られた?
確かに來るなとは言われたけど、ここまでしなくてよくね?
そりゃあ、俺が勝ち目のない魔に無謀な突撃を仕掛けているなら致し方ないかもしれないが、今は全っ然大丈夫じゃん。
流石に理不盡が過ぎるかなーと思うのですが、そこのところマユ様は一全どのようにお考えなのでしょうか?
「うにゅぅぅううぅう……だぁいじょぉぉおぉぶぅぅう……?」
俺が痛みに耐えながら苦悶している間に、ささっとイモムシを全滅させたマユは、俺の顔を覗き込みながら心配そうに聲をかけた。
普段ならがときめいても不思議じゃないが、今は戸いが上回っている。
なぜ?
そう問いかけようとフラフラ立ち上がったところで……。
不意に、後ろから人の聲が響いた。
「うわぁっ!! こ、コイツ……Kだ!」
「ほ、本當だ……! お、おいっ、引き返すぞ!」
「ちっくしょう、一層にいるんじゃなかったのかよ」
「ったく、連絡班は何やってんだ……」
先輩囚人達だ。
數は七人。
いきなり現れて、いきなり驚いて、いきなりを翻した彼らは、悪態をつきながらゾロゾロと來た道へと戻っていった。
何なんだ、一……。
つーか、Kって誰だよ。
もしかしてマユのことか?
K……凩のK、か?
通り名とか付けるかなぁ、普通……。
ここのやつら、俺を含めてみんな廚二かよ。
そんなことはさておき、マユが嫌われ者で爪弾きにされているのはここでも同じなのか……。
ダンジョン中が完全にアウェーじゃねえか。
俺なら心が折れそうだ。
マユをちらりと見ると、先輩囚人の方へは目もくれず、派手に蹴った俺の右腕を摑んで、ふーっと息を吹きかけていた。
そんなことで怪我が治るわけはないが、俺の心の傷は一瞬で回復した。
「おい、お二人さん。Kがいるっつってんだろ。さっさと行こうぜ」
「そうだ、下手に近づいたらぶっ殺されるぞ」
……って、まだいたのかよ。
もう、あんたらは速やかに退場しろよ。
この素晴らしいシチュエーションの邪魔をすんじゃねえっての。
いやあ、怪我の功名とはまさにこのことだな。
「ダイジョーブデース。ボクたち、マユとはマブダチデースのでー」
「ふふふ、その通りさ。君達は先に戻ってくれていいよ。ここまでの護衛、ご苦労だったね」
「ッ…………どうなってもしらねーからな!」
なん…………だと……………………。
驚くべきことに、仲間の制止を振り切ってこの場に殘る奇特な奴がいるらしい。
しかも、二人も。
こんなことは、未だかつて一度もなかった。
不敬にもマユのマブダチを自稱する輩へ目を向ける。
そこには、背の高いひょろっとした金髪の男と、眼鏡をかけた茶髪でおさげのが、笑みを浮かべてひらひらとマユに手を振っていた。
遅れて謎の二人の存在に気づいたマユが、パァっと顔を綻ばせる。
「あぁあアレレぇレぇレぇえぇぇひさぁぁしぶりぃぃぃいぃいぃぃぃっ♪」
「えっ…………!?」
この時、俺は初めて見たかもしれない。
俺以外の誰かに、こんなにフレンドリーに挨拶するマユを。
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