《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》中間管理録タナベ
「ぐおおおおおおっっ!! がぎぐぐぐぐぐぐ……ッ!!」
「ゴウさん……昨日から苦が來てるんで……いい加減やめてください、本當に」
第一層ベースの中央に建てられた拠點本部。
ついに近所迷にまで発展した激しい歯軋りと低い唸り聲を発する男に、何度目ともしれない注意を促す。
「んぎぎぎぎ……だが……だがよぉ、彰人ぉぉ。コイツを読むたびに、俺はマジで気が狂いそうになっちまうんだ……。何もかもブッ壊したくなんだよぉおっ……!」
そう言って、凩剛健――第一層のリーダーは、丸められた羊皮紙をぐしゃりと握り潰した。
報収集班の中でも特に優れた能力を有する夫婦が記し、各層のベースに毎週屆けられる最新のダンジョン報……通稱『ダンジョン新聞』。
その容は驚くほど正確かつ詳細で、ダンジョンの攻略には欠かせないツールとして多大な影響を與えている。
一方、意味不明で生産のないコアな珍報や低俗なゴシップも扱い、ふざけた獨自の主張を展開することも多々あり、破天荒な変人の駄文としても名高い。
各層との中継を擔う連絡班が、問題の記事が掲載された一枚の紙を運んできたのが三日前。
以來、ゴウさんは終始この調子だ。
「まだ一ヶ月も経ってねえんだぞ! なのに、こんなことになっちまうなんて……。ちっくしょうッ! 考えが甘かった……!」
「そんなに悲観することじゃないと思いますよ。こうして新聞に載るなんて滅多にないですし、近況を知れてよかったじゃないですか」
「よかった!? どこがだっ!? 彰人テメエ、ちゃんと読んでねえだろ! ふざけんじゃねえぞゴラァァァア!!」
怒りを機にぶつけながらぶゴウさんが、ダンジョン新聞を忌々しげにこちらへ投げつけた。
これだけ気が立っていると、おそらく何を言っても逆効果だ。
なるべく刺激しないように、ため息を押し殺して何度も読まされた一際目を引く大きな見出しの記事を眺める。
『話題の新人高校生、日比野天地が凩マユのファンクラブを設立!』
第一層拠點部隊長である凩剛健氏の娘にして、皆様ご周知の最強子中學生、凩マユ嬢に先日、お目付け役として新人のパートナーができたことは先週號にてお伝えした通りである。
この度、我々は第二層にて幸運にも二人と接する機會に恵まれ、その詳細を知ることができた。
件の日比野氏がダンジョンに収容されたのは、執筆現在から約二週間前。
驚くべきことに、彼はその初日に凩嬢と知り合い、お目付け役に抜擢されて、今日までベースに立ち寄ることなく二人きりで過ごしてきたというのだ。
その事実だけでも、彼の強靭な神力と環境の変化に素早く適応するを垣間見ることができるだろう。
さらに、彼はすでに凩嬢とも極めて良好な関係を築いており、一見して人同士とも思えるほど堅固な信頼で結ばれていた。
これまで常に単でダンジョンの攻略を続けていた凩嬢にとって、彼が非常に大きな存在になっていると我々は確信した。
さて、異例の生活を送る彼の生い立ちや人像など、詳しい紹介に関しては次號以降に譲るとして、今回は彼が満を持して立ち上げたビッグプロジェクトをお伝えしよう。
ズバリ、凩マユファンクラブの設立!
日比野氏は凩嬢と行を共にしてからわずか一週間で、彼の魅力に取り憑かれたという。
此度の數時間足らずの流でも、彼のことを喜々として語る日比野氏からは、今回の計畫における並々ならぬ熱がにじみ出ていた。
そんな彼が、第二層ベースに所屬する職人の英知を結集させて完したファンクラブ會員証は、地上の現代技と比べても些かも遜のない出來であり、報収集班として様々な魔法道を見てきた我々も思わず息を呑んだ。
凩嬢と約三年の親がある我々は早々に會を済ませ、現在の會員數は三名。
會員特典として、ファンクラブの副會長と広報部長である我々が作した會報が年四回発行される他、オリジナルグッズの優先購権が得られ、凩嬢が使用した包丁が記念品として年一回贈呈される予定とのことである。
凩嬢による魔殺戮ショーやダンジョングルメ階層橫斷ツアーなどのイベントも鋭意企畫中であり、今後の続報を待たれたし。
なお、會員は常時募集中であり、會に際しては會長あるいは副會長に申請の上、會員証の授與をけることとする。
最後に、會費、年會費は無料であるが、日頃から凩嬢への敬の念を忘れず、反勢力に対する積極的な弾圧と粛清を厭わないことが會條件となる。
「あのクソガキャァア……俺の娘に手ぇ出すたあ、よっぽど死にてえらしいなぁ。しかも、俺の許可なくファンクラブだあ? 舐めやがって……!」
管が浮かぶ拳の圧力により、新調したばかりの機が軋む。
また壊されては敵わないと思い、半ば無駄とはじつつも沈靜化を試みる。
「それだけ娘さんが魅力的だってことじゃないですか。素敵な寫真も載ってますし、會員が増えるかもしれませんね」
記事の隣にり付けられた、紙質とは不釣合いなカラー寫真。
現在のところ數名しか確認されていない貴重なスキルによって、今にもき出しそうなが紙面で無邪気な笑顔を浮かべている。
「ああ……そいつぁマジで最高だ。いい仕事しやがるぜ、あの野郎はよぉ。イカれた変人だと馬鹿にする奴もいるが、俺は前々からこの二人を買ってんだよ」
しばらく顔を見ていない娘の寫真を前に、し機嫌をよくするゴウさん。
ダンジョン新聞にはいくつか種類があるが、これは特にゴウさんのお気にりだ。
なぜなら、他の新聞は娘さんを腫れでも扱うように悪しざまに罵り、まるで臺風報のように目撃証言を掲載している中、この夫婦だけは好意的な記事を書くからである。
この新聞で娘さんの近況を知ることが、ゴウさんの數ない楽しみであり癒しだと言っても過言ではない。
「このガキが寫ってなきゃ一言も文句ねえんだがなぁ……。つーか近いんだよコラ。あ゛あ゛ぁブッ殺してえええええ、何ニヤついてんだクソがあ……!」
一安心して力が抜ける直前、ゴウさんは再び表を険しくする。
娘さんのすぐ傍で屈託のない顔で笑う年、日比野天地。
彼とは、一日という本當に短い付き合いだったが、隨分と雰囲気が変わったようにじられる。
明るくなった、というよりも、どこか吹っ切れたような面持ちだ。
「あんな恐ろしい目に遭ったので、トラウマになっていないか気がかりでしたけど……どうやら心配はいらないようですね」
「……フンッ! それに関しちゃあ、初日から無理させちまった俺に責任があるからよぉ、元気っつーんなら結構なこった。だがなあ、だからっつってマユを誑かすたぁ図に乗りすぎなんだってんだ。ったく……」
きまりが悪そうに顔を背けるゴウさんを見て、思わずクスリと聲がれる。
こんな態度を取ってはいるものの、日比野が無事であることに心では安堵しているのは明白だ。
ぶっきらぼうで豪快だから誤解されやすいが、やはりこの人は仲間想いの頼れるリーダーなのだと改めて実する。
「……んだぁ彰人。てめえ、何ニヤニヤしてやがんだ。何か文句あんのかオラァッ!」
「いえ、別に何も。俺もファンクラブにろうかと思っただけですよ」
「なっ……! まさか、お前までうちのマユを狙ってやがんのかっ、ああん!?」
弾けるように立ち上がり、一瞬にして距離を詰めてぐらを摑み上げるゴウさんに対して、慌てて補足を加える。
「落ち著いてください。命の恩人として敬っているだけではありませんので。地上で人も待ってますし」
「そうか……よし、なら許可してやろう。今、超特急で會員証を取り寄せてるとこだから、彰人は特別に俺の次の番號にしてやるよ」
「はあ……ありがとうございます」
すでに會員になったかのような口振りのゴウさん。
隠しきれないほど浮かれている様子に、苦笑しながら謝を述べる。
この豬突猛進でマイペースな格が娘さんに伝したのだろう。
「ファンクラブ……俺に無斷でってのはムカつくが、もう作っちまったもんは仕方ねえ。となると、俺は最大限の努力をして會員を増やさなきゃあならねえって話だ。いや、こんな浮ついたもんにれ込むなんざ本意じゃねえんだぞ? 父親としての義務であり責務であってだなぁ……そこら辺を勘違いすんじゃねえぞ、分かったな?」
「はははっ、大丈夫です、分かってますよ」
建前と威厳を気にして繰り返し確認するゴウさんに、堪えきれず聲を出して笑ってしまう。
日比野が娘さんと親になるのは本気で気に食わないようだが、ファンクラブ自は満更でもないらしい。
何はともあれ、ようやく機嫌を直してくれて、ほっと息をつく。
……と言っても、寫真を目にしたら怒りが再燃する可能が高い。
こっそり新聞を丸めて背中に隠していると、口から控えめなノックが響いた。
「すみません、田辺さん……そろそろ、出発の時間、です」
「おっと、ごめんごめん。すぐ行くよ」
「いえ、私達は全然、大丈夫、です。それでは、失禮します……」
扉を隔ててかすかに屆く、たどたどしい小さな聲が止み、足音が遠ざかる。
「……新人か。なんっつーか覇気がねえな、覇気が。お前の班にれるのも、俺は反対だったんだがな……。どうだ、問題なさそうか?」
「正直、すごい子ですよ。ダンジョンに來てから、まだ十日しか経ってないとはとても思えません。……だから心配しなくていいですよ」
「本當だろうな? お前は甘ちゃんだからなぁ……まあ、無茶させろとは言わねえけどよ。きつかったら言えよな」
例のオルトロスの一件以降、前にも増して慎重になったゴウさんが念を押す。
當然ながら、前と同じ轍を踏む気はない。
あんな悲劇は、もう起こさせない。
例え、またオルトロスが現れても、今度は誰も死なせずに倒してみせる。
「はい、もちろん。――それじゃ、俺はこれで」
「おう、頑張れよっ!」
ダンジョンが出現して五年。
オルトロス襲撃事件から二十四日。
凩剛健率いる第一層駐屯組は、今日もダンジョンの平和を守っている。
……そして、凩剛健の苦悩はこれからも続く。
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