《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》日比野天地の大冒険 ~勇気はどこに?君のに!~
信じたくない……。
信じたくないが、現実をけれて適切な行を取らなければ命に関わる。
ここは……さっきまでいた場所じゃない。
通路の幅が違う、高さが違う。
すぐ前に見えていたはずの分かれ道がない。
すぐ後ろに見えていたはずの部屋が……マユのいる部屋が……ない。
「お、落ち著け……とにかく、セーブクリスタルのある部屋まで行かないと……。考えるのはそれからだ」
現在のところ、俺が一人で余裕を持って対処できる魔とエンカウントする確率は高くない。
相手が一ならまだしも、二以上が同時に出てきたらヴェノムキャタピラーですら危うい。
それに、今までは安全地帯にすぐさま逃げ込める狀況だったから、心置きなく全力で戦うことができた。
しかし、逃げた先で新たな魔と遭遇して挾み撃ちになる可能……そもそも逃げ切れない可能がある現狀では、神的なプレッシャーは計り知れない。
正直、普段の半分も力を出せない気がする。
……とりあえず、こうして呆然と突っ立っているのは最も愚かな行だ。
「大丈夫……マユと一緒に散々歩き回ったんだ。うん、大丈夫。し歩けば、すぐに見覚えのある場所に著くはずだ……」
半ば無理矢理自分に言い聞かせ、俺は重い足を何とかかして前へ進んだ。
曲がり角を一つ、二つ……。
緩やかな勾配のある細い一本道……。
……おかしい。
この道……たしかに通ったことがある……気がする。
気がするのだが、攻略本の地図をどれだけ見つめても現在地が分からない。
「ここか……? いや、違うか……じゃあここ……いや……ああもう、くっそ! わけ分かんねえ、目がいてぇ、心臓うるせぇ!」
歩き始めて、わずか五分。
早くも限界だ。
不安と混と恐怖と、何よりマユがいないしさと切なさと心細さで発狂しそうな神狀態。
薄暗い中、目に優しくない鬼畜難度の迷路がびっしりと容赦なく埋め盡くされたページ。
いつ襲いかかってきてもおかしくない魔の襲撃に備えて耳を澄ませるが、邪魔をするように嘲笑うように音で脈打つ心臓。
「あ゛ぁあぁぁ……助けてくれぇマユぅぅ……。早く來てくれぇ~サユー……。何でもするから頼むよぉおおぉアユぅーー……。くぅぅ、もう無理だぁぁあぁ……」
一歩、また一歩と踏みしめるごとにゴリゴリすり減る神経。
なけなしの勇気を振り絞ることも強がることも冷靜ぶることもできなくなってきた俺は、ただひたすら弱音を吐き続ける。
大げさだと思うだろう。
度のないクソだせぇダメ男だと思うだろう。
仕方ないじゃないか。
初日に田辺さんが言っていたが、基本的にダンジョンの探索は五人以上が必須。
未知の領域に踏み込む場合は、最低でも十人制で臨むのがベターだという。
それなのに、今の俺は一人。
たった一人!!
あまりにもあんまりな自殺の手法に、魔も引くわ。
ゆえに、見るに耐えない俺の癡態は極めて正常なであり本能であり生理現象と言っても過言ではな――――。
「ヴォォオオオォォオォォォッ!」
――――出た――――――!
ついに……ついに、出てしまった……!
後方の十字路から突如として響き渡る、明らかに俺に向けられた獰猛なび。
すぐ橫の篝火が激しく揺れる。
前方にやや注意を払い過ぎていた俺は、心臓もも層圏まで跳ね上がりそうになった。
おそるおそる、ぎこちなく振り返った、その先にいたのは……。
ダンジョンで初めて目にした魔……オークだった。
「なっ………………!?」
その巨軀から繰り出される無骨で禍々しい棒の痛烈な一撃を、いきなり脳天に叩きつけられたような……そんな衝撃をけた。
「強敵すぎる、勝てない!」と思ったからじゃない。
今まで散々(マユが)蹴散らしてきた野郎だし、きも鈍いから見た目より雑魚の部類にる。
自慢じゃないが、レベル4の俺なら冷靜に戦えば余裕だ。
俺が驚いているのは、コイツがここにいること。
オークは……一層にしか現れない。
「そんな……馬鹿な……。ってことは、お……俺は、今…………」
なんてこった……見覚えがあるはずだ。
つまり、あの未知の魔……パラサイトヘルズスネアは、二層から一層に俺を一瞬でワープさせた……ということか?
そんな魔がいるなんて、聞いたことがない。
でも、にわかには信じ難いが、そうとしか……。
「ヴゥゥルルルルルゥゥゥ……!!」
「くっ……考えてる場合じゃねえ。とにかく今はコイツを倒さねえと……」
當たり前だが、オークが俺の心を慮って相談に乗ってくれるわけもなければ、「お前も大変だなぁ」と同してくれるわけもない。
しかし、殘念ながら俺は異世界に転移、転生したラノベ主人公のようにパッと気持ちを切り替えることも、正気を疑うほどポジティブになることもできない。
一層にいる……そのショックがでかすぎて、頭は真っ白。
オークの馬鹿でかいび聲を聞きつけ、今にも魔が集まってくるんじゃないかという焦り。
そして、繰り返しになるが……マユがいない。
「ダ、ダメだ……けないけど勝てる気がしねえ。もったいないけど、アレを使うか……」
鼻息荒くズシンズシンと歩み寄るオークを鋭く睨んだまま、俺は懐をまさぐる。
その仕草に警戒をあらわにする、意外と勘のいいオーク。
そして、俺はヤツの目前で………………を食った。
もっしゃもっしゃもっしゃもっしゃ……。
「……………………」
もっしゃもっしゃ……ごくん。
「……………………」
俺が最初の一口を咀嚼し、飲み込むまでの六秒間。
オークは呆気に取られて目を丸くしていた。
……あぁ、安心してくれ、俺は正気だ。
錯の極致じゃない、真面目に勝つための真剣な行だ。
「……グブルゥォオオオォオオォォォオオオッ!!」
願わくば「え? 最後の晩餐ってこと? こりゃ一本取られたwww」と笑いこけて油斷してしかったところだが、もちろんそんなことはなかった。
オークは怒りの咆哮を迸らせ、巨大な棒をデタラメに振り回しながら勢いよく迫ってきた。
「ちまちまやってるヒマはねえ。一瞬で……決めるっ!」
俺はここ數日、『魔法の料理(マジカルクッキング)』の試作と検証を重ねた。
試行錯誤の結果、料理の効果と持続時間の法則を大摑んだ。
大まかに言うと、料理の効果は『食材』と『調理法』、持続時間は『調理時間』によって決まる。
今まさに、黙々と食べているのは『ジャッカロープの燻製』。
効果はAGIおよびジャンプ力の上昇。
持続時間は…………十秒。
「お……っらぁあぁああああああああっっ!!」
重くのしかかる負のを吹き飛ばす裂帛の気合いとともに放った一閃は、隙だらけなオークの首を気持ちよく斷ち切った。
ピタリときを止めた首なしのは、手からこぼれ落ちた棒と一緒に地響きと土煙を立てて盛大に崩れ落ちた。
鈍足で有名なオーク相手とはいえ、我ながらニヤけてしまうくらい華麗に瞬殺できた喜びによって、し気分が楽になる。
思わず、小さくガッツポーズ。
「……っしゃ! ナイス俺! この調子だ……!」
その後は若干ながらきも軽くなり、比較的順調に探索は進んだ。
何度か現れた魔は、ベース近辺に多い小型の亜人系。
群れで襲いかかってくると厄介だが、ほとんどが単獨のコボルトやゴブリンだったことが幸いし、難なく撃破することができた。
二のホブゴブリンが出てきた時はヤバイと思ったが、殘った燻製とSTR上昇効果のある『スペリオルマンティスの佃煮』をつまむことで事なきを得た。
さらに、最も神の安定に貢獻したのが、現在地の判明だ。
出現する魔の傾向と俺の記憶から、ここはベースからおよそ三時間かかる一層の隅っこに位置する場所だと分かった。
ベースに行くにも二層に行くにも通る必要がなく、さして資源が富でもないことから、囚人パーティーが探索に來ることもまれな過疎地帯だ。
マユの自由気ままなフィールドワークのおかげで俺の記憶に殘っていてくれたが、行きずりの探索班と合流するみは薄そうである。
だが、もはやその必要はない。
なぜなら、最寄りのセーブクリスタルまではあとし。
そう、そこの角を曲がれば、見えてくる……。
ふっ……どうだよマユ、サユ、アユ。
俺だって、やる時はやるってこった。
待ってろよ、まずはベースに辿り著き……何とかして二層に戻る。
とにもかくにも、とりあえず……さらば危険、不安、恐怖!
こんにちは安全、安心、安堵!
「――――シャアアァアァァァアァアアッッ!」
「………………マジ……かよ…………」
スキップしながら曲がった先で目にしたのは……絶だった。
以前、サユと二人で死闘の末に大怪我と引き換えにようやく倒すことができた、一層最強の魔。
奇しくも、同じように気を緩めた矢先に……。
同じような窮地で……。
同じようなギラつく視線で……。
右手にハルバード、左手にバックラーを掲げて……。
コブラソルジャーが、部屋に逃げ込む俺を阻止するように、口に堂々と陣取っていた。
「やべえ……終わった…………」
勝ち目がない。
あの時にしても、サユの援護があって、大半が運に助けられて……それでギリギリだった。
いくらレベル4になったとは言え……コイツ相手では全く勝てる気がしない。
頼みの綱の料理も、ここに來るまでにほとんど食い盡くしてしまった。
引き返すわけにもいかない……。
どうする?
どうする?
どうする??
どうすれば……どうすればいい…………。
「キシャアァアァァァアァアアアッ!」
かつてと同じく蛇に睨まれた蛙となった俺は、答えの出ない疑問に囚われたまま、震える手で鉈を構えて、容赦なく突き出されるハルバードをけようとした。
「く……っそ…………!」
「キシャ――――――――ア゛ッッ」
あっけなく鉈を弾き飛ばされ、俺の心臓が貫かれる瞬間が脳裏に浮かんだ、まさにその時。
耳をつんざく高音を突如として濁らせたコブラソルジャーの首が……首が……宙に舞った。
「……………………は?」
高々と舞い上がる頭部。
吹き出すしぶき。
舌を出したままの生々しい蛇の頭が、足元にボトッと落ちてゴロゴロと転がる様子を……俺は呆然と眺めていた。
何だ……何が起こった……?
コブラソルジャーの?
首が?
何で? どうして? 誰が?
々なことが立て続けに起こった今日……もはや驚くというが麻痺し始めてきたと思ったら、極めつけはコレかよ。
二メートルを越えるとハルバード、バックラーが音を立てて地に落ちた。
後に殘った無殘な死骸――――その背後――――セーブクリスタルが靜かに浮かぶ小部屋――――そこから放たれる微かなを遮るように――――ゆらりと――――空間が、揺れた。
何もない、薄暗い空間からスゥッと浮かび上がってきたのは……小さな人影。
「え……? え……え? おま……なん……ええ!?」
徐々に、鮮明な線を、を帯びていき……ついに、その姿が明らかになった。
誰よりも昔から知っている。
誰よりも長くそばにいた。
そして、ここにはいないはずのの子。
「久しぶり、お兄ちゃん。あはは……迎えに、來ちゃった」
そこにいたのは、俺の妹……日比野芽だった。
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