《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》俺の妹がこんなに強いわけがない

「え…………えぇえええッッ!?」

腰までびた、手れが疎かなボサボサの長い黒髪。

憂げに持ち上げられたまぶたと、を読み取りづらい瞳。

いかにも不健康そうな、俺以上に素の薄い

いとも簡単に折れそうな、付きの悪い細すぎる

どこからどう見ても、俺の妹だ。

「マジで、芽……なのか? な、何で……ここに…………」

唖然として立ち盡くす俺の目の前で、芽はすぅっと大きく息を吸い……。

「お兄ちゃん、の…………バカーーーーッ!!」

久しぶりに會った妹の、未だかつて聞いたことのない大きな聲。

俺は心底驚いた。

ゆえに、踏ん張ることも歯を食いしばることも忘れた極めて無防備な狀態で、あまりにも唐突に放たれた痛烈なボディブローがみぞおちにクリーンヒットした。

「がっハァッッ!!?」

誠に憾ながらアユにしこたま毆られた俺の、率直な想。

このパンチは世界を狙える。

キングオブ引きこもりだった芽に、なぜこれほどのパワーが……。

しかし、俺も伊達に毆られ慣れていない。

昔なら「死ぬー!」と喚きながらのたうち回っていただろうが、呼吸もままならないとはいえ、今は二本の足でギリ立っている。

……限りなくギリで。

「…………バカ……」

ひたすら痛みにぐ俺のに。

芽はそっと頭を預けて、もたれかかった。

「……ひ、芽…………?」

「バカ、バカ、バカ、バカ……。どうして、なんにも言ってくれなかったの……? どうして、私なんかの代わりに……。どうして…………」

「…………」

かすかに震えながら、か細い消えるような聲で呟く芽。

その様子で、俺はようやく察する。

全てを知った上で、それでも芽は俺を追うことを選んだのだと。

正直に言うと、それは全くもって俺の本意ではない。

手紙を殘したのは失敗だったかもしれない。

しかし……。

「……ごめん。バカなのは私、だよね……。全部、無駄にしちゃったよね。全部、私のせいだよね。でも……でも、私……どうしても、このままじゃいやだって、思って……」

「…………そっか……」

しかし、芽にとやかく言う資格は俺にはない。

何も言わず、芽のためだと一人で思い込んで勝手なことをしたのは俺だ。

全部、無駄にしたのは俺だ。

全部、俺のせいだ。

だから、「何で來たんだよ!」などとは言えない。

だから……。

「……ありがとな、芽。助かったよ」

「お兄ちゃん……。ありがとう……よかった、本當に。私……來て、よかった……」

たったそれだけを伝えて、俺は芽の頭を優しくでた。

結果だけを見れば、俺のやったことは勝手な自に終わった。

我ながら安定の空回り。

ハハハ、ワロス。

だけど……まあ、これでいい。

芽は、自分の意思で危険なダンジョンに行くことを選んだ。

あの、引きこもりで主がなくて臆病で自己主張を全くしない引っ込み思案の芽が、だ。

褒められる選択ではないのだが……なぜか、その芽の小さな長だけで、俺がダンジョンにぶち込まれるくらい安い買いだったと思えてしまう。

それに、俺自も二度ほど死にかけはしたものの、ダンジョンだって気をつけてさえいれば基本的にそこまで地獄ってわけじゃない。

流石に地上と比べれば危ないことは間違いないが、この俺でさえ何とかやっていける程度には安全だ。

さらには、俺は俺で結果オーライなことにマユという人生のパートナー(予定)と出會うこともできたわけだしな。

あとは芽にお手製のダンジョングルメでも振舞って、マユと一緒にさっさと地上へ凱旋して末永く幸せに暮らすだけだ……とまでポジティブには考えられないが、芽が來てしまったことへのショックは意外なほどじない。

「で……俺が言うのもなんだけど、お前は何でこんな所に一人で…………」

芽ちゃん! 何かあったのかっ!?」

俺の言葉を遮って、ガチャガチャと忙しなくれ合う金屬音と、聞き覚えのある聲が近づいてきた。

芽は目を拭い、気持ちを落ち著かせるように小さく深呼吸をして、ゆっくりと頭を上げる。

「ご、ごめんなさい……。大丈夫、です。何でも、ありません……」

息を切らせてやって來たのは、武裝した四人の集団。

先頭を走る男が安堵の息をつき、構えていた長剣を下ろして歩を緩め、カラッとした朗らかな笑いを浮かべる。

「そっかそっか、いやー大聲が聞こえたからホント心配したよ…………って、あ、あれ? ひ、日比野!?」

「あっ、田辺さん! お久しぶりですっ」

間近の篝火がようやく鮮明に映し出した人は、忘れもしない、ダンジョン初日で基礎知識を親切に教えてくれた爽やか好青年、田辺彰人さんだった。

そうか、芽は田辺さんと同じパーティーなのか。

ひょっとしてダンジョンでもぼっちなのかと思った。

そりゃそうか、そんな自殺行為に走る度と勇気と実力があるのはマユくらいだよな。

さっきまで絶賛ソロ活中だった俺は不可抗力として……。

「おまっ……二層にいたんじゃなかったのか? ってか……え? 何で一人? マユちゃんは?」

「えーっとですね……ぶっちゃけ俺も信じられないっていうか、うまく説明できないんですけど……」

「……? まあ、とにかく一旦ベースに戻ろう。歩きながら話してくれ、日比野」

田辺さんと芽を含めた五人の護衛は、走った目をぎょろぎょろ巡らせて息荒く死に狂いにちっぽけな安全部屋を目指していた俺にとって、心強いことこの上なかった。

特に、長年一緒に生活してきたと、頼もしくてコミュ力が半端ない先輩の存在が俺を安心させ、気持ちはかなり落ち著いてきた。

「――――なるほど、強制転移させる魔……しかも別階層に飛ばされる可能もあるなんて……。ったく、厄介な新種が現れたもんだな」

一層ベースへと向かう道すがら、俺は現在にいたるまでの顛末を話した。

「……え? 疑わないんですか? 俺の言ってること……」

自分の口から発しておいて何だが、実に信じがたい話だ。

しかし、隣を歩く田辺さんは微塵も不信を抱くことなく真顔で頷く。

「當たり前だろ。そもそも日比野……あ~、苗字だとややこしいか……えっと、天地が噓とか冗談なんて言う意味も理由もないし、ましてや一人でこんなところまで來れるとも思えないしな」

「あ、あの……ダンジョンが現れてから五年、ですよね。新種のモンスターって、そんなの見つかること、あるんですか?」

思案顔を浮かべる田辺さんに、最後尾の芽が遠慮がちに問いかけた。

ば、馬鹿な……あの芽が質問、だと……!?

これは芽の長の証なのか、はたまた田辺さんの人格がせる神の技なのか……。

かに衝撃をける俺をよそに、田辺さんはこともなげに答える。

「んー、たまにだけどあるよ。年に二、三回くらいかな。単に個數がなくて今まで見つからなかったのか、新たに生まれた種類なのかは分からないけど。でも、今回のような反則級の特殊能力持ちは前代未聞だ。近いうちに報屋から注意喚起されるだろうな……」

「そう、なんですか……。ふふ、お兄ちゃん、そんなモンスターに會って、生きてるなんて、運がいいのか、悪いのか、分かんないね」

もちろん俺が生きているからだろうが、冗談めかして笑いかける芽。

「……まあ……そうだな。あー、やっぱ逃げりゃよかったなぁ……。つーか、お前のことも聞かせてくれよ。いつこっちに來たんだ?」

「えっと、二週間……とちょっと前、かな。田辺さんのパーティーにれてもらって……最初は、すごく怖かったけど、今はようやく、慣れてきたじ」

そう言ってし得意げな視線を送る芽に、田辺さんが苦笑しながら口を挾む。

「最初は家事係の予定だったんだけど……探索やら防衛やら、どうしても戦闘する仕事を希してさ。あのゴウさん相手に一歩も引かずに食い下がったんだよ。あんなに困ってるゴウは久しぶりに見たなぁ、ハハハッ」

「へぇ~~っ!」

ヤクザが足で逃げ出しそうな恐ろしい風貌のマユ父に、芽が?

初見で完全にこまっていた俺は、本気で心しながら改めて芽をまじまじと見つめる。

ベースで調達したのか、要所に金屬板をあてがった革服に厚手のスカート。

ゴツゴツとしているが、どことなくオシャレな雰囲気も殘したスタデッドグローブにロングブーツ。

腰にスラリとびる、長と同程度に長い立派な日本刀。

貓背と、元気のないトボトボとした歩き方は相変わらずだが、すでにカッコだけは一人前の冒険者、と言っても差し支えがない。

「だ、だって……お兄ちゃん、どうせベースで震えてるって、思ってたのに、もう二層に行っちゃったって、聞いたから……。しかも、の人と二人で……。追いつくためには、レベル上げなきゃって、思って……」

「あぁ、初日から々あってり行きで、な……。てか、どんだけ俺をチキンだと思ってんだよ、お前……」

俺のために……というのは素直にするが、気弱な妹にここまで心配されるのは何とも複雑な気分だ。

まるで「私がけないお兄ちゃんを守らないと!」と言わんばかりだ。

…………そういえば……。

よく分からなかったんだが、さっきコブラソルジャーの首を綺麗にスパッと斬り飛ばしたよな……。

「なぁ芽……お前、今レベルは?」

まさか俺より……。

いやいや、そんなわけないか。

俺の方が半月も先輩だし。

けっこう頑張ってるし………………最近は。

「え……? ま、まだ3……だけど……でもね、私のスキルが――――」

「天地、芽ちゃん! 魔だっ! みんな、戦闘準備!!」

「え? レベル3!? もう!?」と派手にリアクションする直前、溫厚な田辺さんの鋭い聲が瞬時にピリッと空気を引き締める。

息を飲んで前方を注視すると、ぼんやりと見える四つの影に、不気味にる八つの瞳が明滅していた。

ホブゴブリン三に、レックスベアが一

一時間前の俺が遭遇していたら、走馬燈が頭をよぎるラインナップだ。

だが、今の俺には頼もしい仲間がついている。

「數は四か……よし、作戦はいつも通りだ。やるぞっ!」

「「「了解っ!!」」」

戦闘には參加せず休んでいていい、というありがたい配慮を事前にいただいていた俺が気楽に眺めている間に、流れるように事は進んだ。

まず、フルプレートの重裝備にを纏った男と田辺さんが揃って前に出て、大きなカイトシールドを掲げてを守る。

そうして敵を引きつけている間に、後方に位置したローブを著たが唱えた攻撃魔法『ウインドカッター』による見えない刃が空を裂き、ホブゴブリンをから真っ二つ。

続いて、穂先が十字狀になった長槍を持った男が隙を見て橫から首を一突き。

田辺さんが繰り出した高速の三連突きによって、さらにもう一

何ということでしょう。

あれよあれよという間に、レックスベアーを殘すのみとなったじゃありませんか。

「やっぱすげえ……パーティーって楽だなぁ。…………って、あれ?」

惚れ惚れとするチームワークと羨ましすぎる數の利に嘆していたところ……ふと、あることに気づいて辺りを見回す。

「んんん……? 芽……どこ行ったんだ?」

おかしい……。

芽がいない。

妹の勇姿が見れるかと思った矢先の、まさかの展開。

さっき、「作戦はいつも通り」って言ったよな?

え、何? うちの妹、もしかして日常的にハブられてるのか……?

いやいや、マジか。

子中學生に特攻させろなどと非道なことは言わないけど田辺さん、いくら何でも過保護というか元引きこもりには酷というか――――。

「グォオオオオォオオオオオッ!!」

などと、戦闘中の田辺さん方とは違う意味で張狀態に陥る俺に追い打ちをかけるように、とてつもない大音量が鼓を刺激する。

追い詰められたレックスベアが怯むことなく猛々しい雄びを上げながら二本の足で立ち上がり、天井すれすれの高さからギロリと睨みつけて威圧してきたのだ。

田辺さん達がやられるはずはないが……それでも後方でただ突っ立っている俺でさえ冷や汗が流れ、思わず後ずさってしまう。

「オオォオォォオオオオ――――グゴッ!?」

鈍くる鋭い爪がならぶ太い前足を高々と振り上げた瞬間。

レックスベアは突如として咆哮を途絶えさせ、そして……………ずるりとり落ちた。

――――首が。

「え…………? えっ? は??」

俺は、わけが分からず目を瞬かせる。

地響きを立てて地に伏すレックスベア。

呆然と見つめる中、立ち上る土煙の向こうの空間が不自然に揺れ……に濡れた長い刀を持つ小柄な人影が、さながら明度を百パーセントから徐々に下げていくように、じわりじわりと姿を現した。

「ひ……芽…………?」

さっきの、コブラソルジャーの時と同じだ。

いなかった。

間違いなく、誰もいない、何もない空間に、芽はいた。

つまり、姿を消していた……それが芽の…………。

「ナイス芽ちゃん! みんなも、お疲れー!」

「よっしゃー!」

「いえーーい、楽勝楽勝ーっ!」

「お兄ちゃん……どう、だった? すごいでしょ、私。えへへ……」

「…………お、おう……」

あまりにも圧倒的な勝利の余韻に浸って盛り上がる一行からし離れて、石像と化す俺。

口をぽかんと開けて、半ば無意識に開いたステータスを黙って見つめる。

NAME:Hime Hibino

LV:3

STR:29

AGI:48

INT:56

MP:8/22

SKILL:Assassination

Assassination……『暗殺』……か……。

というか、ちょっと待ってくれ。

どのステータスも……俺より高い…………。

ははあ、なるほどなるほど。

…………兄の威厳を見せつけるのは難しそうだ……。

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