《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》しい人へ
出てきてくれた……。
マユが……一カ月ぶりに……やっと……!
ありのままに心のままに行するなら、上げからのレッツパーリィー! ヒアウィーゴー! といきたいところだが、いかんせん今はそんな狀況じゃない。
「マユっ! ケガは大丈夫なのかっ!?」
「にゃっっはハハぁあぁああっ! お待ちしてましたよおぉおぉぉ、マぁぁあぁユちゃぁあぁああぁんっ!」
強烈な蹴りを食らったばかりのマユが心配で心配でが張り裂けそうだというのに、まるで空気を読めていないクソボケ野郎が、マユの尊い顔を拝み崇め奉る暇すら與えず、右手の切斷面にブッ刺したナイフを嬉々として振るい始めた。
飛沫とともに降りかかる猛攻を、マユは両手に持った麺切包丁で完全にシャットアウトする。
「っ……ぅう゛ぅぅ……に゛ゃぁあ゛ぁぁあああああっ!」
最強ゆえに滅多に聞くことができない、気合のったマユのSSRボイス。
力系ダウナーのほほんエンジェルボイスを聞き慣れた俺にとっては、その聲だけでマユの調から心理狀態まで全部まるっとお見通しだ。
察するに、さっきの蹴りのダメージはまだ殘っている。
そして、今のマユにはいつもの余裕も遊び心もない。
マジのガチな本気で真剣に大真面目だ。
「あぁあぁぁぁ……暗ぁぁく澱んだぁあイイぃいぃ目ですねぇええっ! あれから一年? 二年? どれだけしたんですかあぁぁあ? ねえぇぇええ??」
「……うぅぅう……うる……さいなぁぁあぁ……っ」
達人同士の殺陣を十倍速したようなフィクションじみた斬撃とのやり取り。
ルカの刺突を弾くマユに、マユの回し蹴りを躱すルカ。
ルカのかかと落としを避けるマユに、マユの袈裟斬りをいなすルカ。
正直、俺の目にはどっちが優勢なのかよく分からない。
なぜなら、あまりにも高次元すぎるレベチな攻防を全く目で追えていないから。
だが……お互いに攻撃がヒットしていないところから、おそらく現狀の実力は拮抗しているものと思われる。
…………え?
互角?
あのマユが?
いくら萬全じゃないとはいえ、ルカはほぼ両手が死んでる上にアユのパワーダウンとスピードダウン、サユのドレインクローバーでステータスだだ下がりのぼろ雑巾狀態になってるのに?
「いやぁあぁ……長しましたねぇええぇ、マユちゃんもぉぉお。素晴らしいぃぃき、素晴らしいぃい殺意ですよおぉおおっ! すごぉおぉおく嬉しいいぃですねええぇえぇえっ!」
相変わらずべらべらと減らず口を叩くルカと、いつになく無口なマユの切迫した斬り合いは五分以上も続いた。
マユが俺のを案じて意図的にそうしたのだろうか、気づけば息を飲んで立ち盡くす俺からはかなり距離ができていた。
よくよく見ていると、マユの方が力も速さも上回っているじがする。
それでも一向に攻撃が當たらないのは……悔しいが経験の差、だろう。
ルカは予知しているかのようにマユのきを察知し、ミリ単位のギリギリの距離で刃を潛り抜け、最小のモーションで正確に斬りつけてくる。
つまるところ、ちょっとしたクセや予備作、わずかな筋のき、目線、あるいは第六で攻撃を予測して、無駄を極限まで削ぎ落とした洗練された攻撃を繰り出している。
五年もの間、モンスターと命がけの戦いを毎日続けてきたマユを凌駕する圧倒的な戦闘技によって、ステータスの差を埋められてしまっている。
「くっそ……! どうする……どうすりゃいい……」
本當なら、今すぐにでも加勢したい。
ついさっきまで玉砕覚悟の作戦を立てて覚悟を決めていたくらいだし、今も足が勝手にき出しそうだ。
しかし……とても割ってれる戦いじゃない。
この迫した戦況で下手に突っ込んでいこうものなら、明らかにマユの邪魔にしかならないだろう。
もしも、そのせいでマユにもしものことがあったら、俺の命ごときじゃ到底償いきれない。
慎重に、ベストなタイミングを見極めないと……。
「……う~~ん、でもでもぉおぉぉ……もうちょぉおおっとだけ足りませんねえぇえぇえ。せっかくですからぁあぁぁもおおぉおっとパワーアーーーップ! しちゃいましょぉぉおかあぁあぁ。剛健さんにも大好評のおぉぉステキな方法で、ねえぇぇえぇっ♪」
「……っ!」
そう言って、激しいバトルの最中にもかかわらずルカが不気味にる眼をぎょろりと俺に向けた時、俺は悟った。
こいつは……俺を殺して、マユをブチギレさせるつもりだ。
かつて、妻を殺されたマユパパみたいに。
思わず構える俺に突き刺さる殺気に満ちた視線を、マユが振り上げた麺切包丁が遮る。
「てん……ちゃん、にぃぃいぃ……ちか、よっ、るなあぁぁあああぁあっ!」
振り絞るようなマユのびと同時に落とされた極太の刀が、ルカのを淺く切り裂いた。
出したからなくない量のが滲むが、ルカは気にも留めずに大きく上方へと跳躍すると、そのまま空中でナイフを生して柄の部分をオーバーヘッドシュートした。
ゴールは當然、俺だ。
避けないと。
をかさないと。
……いや、待て。
これはチャンスじゃないか?
このタイミングなら……ここで俺の作戦が思い通りにいけば、確実にルカを倒すことができるんじゃ……。
生死の狹間で逡巡する間にも、高速で飛來するナイフは回転しながら俺の心臓へと吸い込まれていき――――
「う……にゃぁああぁあぁあああああっ!」
俺を貫く、その寸前。
いつの間にか俺の目の前まで駆け寄ってきたマユが、凄まじい勢いでナイフを弾き飛ばした。
いくらマユでも、どう考えても間に合わないはずだった。
今までずっとマユを見続けてきた俺が斷言できる。
間違いなく過去一のスピードだった。
だが…………。
「にゃはハぁぁ……思ってたよりもぉおぉ効果てきめんでしたねぇえぇぇえ。でもざぁああんねぇぇん……なあぁあぁんで當たっちゃうんですかぁあぁああ? つまぁんないですねえぇぇえぇ……」
「マ…………ユ……?」
ルカが蹴り飛ばしたナイフは、一本じゃなかった。
続けざまに放たれていたのは、五本。
そのの二本が、マユの背中に深く突き刺さっていた。
「マ……マユッ! そ……それ、ささっ、痛く……だ、だいじょ、俺の、せっ、せいで……っ」
膝をついてふらりと倒れかけたマユの肩を摑んで、顔を覗く。
そこには、いつもの狂気に満ちた歪んだ笑みはなく、ぎこちないながらも穏やかで優しい微笑みがあった。
なぜだか、それが俺の心を一層激しくざわめかせた。
「てん……ちゃぁ……ん……」
「マユ……ッ! ごめん! ごめん……俺が……俺が……っ」
すぐにでも回復料理を食べさせてやりたいのに、回復魔法を使ってやりたいのに、めいっぱい作り込んだ丸薬は震える手からボロボロと零れ落ちていく。
そんな無様な俺の額に、マユは自分の額をこつんとくっつけて、小さく囁いた。
「……てんちゃぁん……ごめん、ねぇぇ…………。だぁい……好きぃぃ……」
いろんな気持ちがごちゃまぜになって呆然とする俺に、マユはもう一度だけふっと笑みを浮かべる。
その永遠のようにも思える一瞬の後、俯いてふらりと立ち上がったマユは、俺に背を向けてふらふらと歩き出した。
まだすぐ近く、手をばせば屆くところにいるのに……すごく遠くに行ってしまったような、そんな気持ちになった。
「ま……待て……待てよっ……マユ……っ!」
マユは……マユは……死ぬ気だ。
ルカと刺し違えて。
俺を、守るために。
何をやってるんだ、俺は……。
いつもだ。
いつも守られて、助けられて、救われて……。
未だに俺は、何もできてないじゃないか。
それどころか、足を引っ張ってばかりで……こんな大事な時にまで、やらかしちまって……。
ふざけんなっ!
誓っただろうが、俺は……俺は、いつか絶対に強くなって、必ずマユを守れる男になると。
行くな……。
行くなよ……マユっ……!
「もおぉぉ大げさですねぇえぇ、死んじゃうような傷じゃぁぁないですよぉおぉお。でもまぁぁ……大したことなくてぇよかったですよぉおぉぉ。これで終わっちゃったらぁぁぜえぇぇえんぜん面白くないですからねえぇぇえええっ♪」
「っ……!」
ようやく力を取り戻した足がき、立ち上がり、思い切り駆けた。
ようやく震えが止まった手をばし、マユにれて、思い切り抱きしめた。
「……て……ん……ちゃん……?」
ぴたりと歩みを止めて直するマユが、驚きと戸いのり混じった大きな目をぱちぱちと瞬かせて、俺を見る。
伝えたい言葉が、伝えきれないほどある。
返したい恩が、返しきれないほどある。
でも、話し合う時間も報いる時間も殘されていない。
それどころか、言葉を選ぶ時間すらない。
「マユ……迷かけて、ごめん……今まで、ありがとう……」
言を考えておくなんて負け犬の発想だぜと鼻で笑ってたが、なんてこった……こんなことならカッコいいセリフの一つや二つ、事前に用意しとくんだった。
仕方ないから、俺は全てを集約した素っ気なくありきたりな謝罪と謝を述べて、最後に……。
「最後に…………改めて……俺もマユが……大好きだあぁああああああっ!!」
気恥ずかしさを吹き飛ばすように半ばやけくそ気味にび、俺はマユの手から麺切包丁をひったくってルカに向かって猛ダッシュした。
なんて最悪なの告白だろうか。
言はちっとも考えちゃいなかったが、の告白はめちゃくちゃ考えてたってのに、このパターンは數多く妄想した中でもぶっちぎりでだせえ。
ただの死亡フラグじゃねえか。
これなら、言わなかった方がまだマシだったんじゃなかろうか。
だけど、まあ……いいや、もう。
なんか、すげースッキリした……。
「にゃはぁああぁあ……思ったよりぃぃ楽しめそおぉおおな人だったんですねぇええぇ、あなたぁぁあぁ。ちょぉおおっともったいないですけどおぉぉお……」
ルカは、人の黒歴史が生まれる瞬間をにやにやと無遠慮かつ無防備に眺めて余裕ぶっている。
マユ用の包丁を使うことで三倍増しになった気がするパワーで、俺はルカの首を目掛けて大きく振りかぶった。
だが…………俺なんかの攻撃が當たるわけがない。
ゆっくりと、ルカは軽くでるようにナイフを一振り、二振り。
たったそれだけだった。
それだけで、俺の右腕と左足はあっさりと斬り落とされた。
そして、急に手足を失って勢を崩した俺が、文字通り手も足も出ず不格好に倒れる前に……
俺の心臓を、ナイフが貫いた。
「……ざぁああぁんねぇぇん。遊んでる余裕がぁぁなくなってきましたんでぇえぇ、ご退場願いますねぇえぇぇえええっ」
痛みはない。
実にありがたい。
別に知りたくはなかったが、人はあまりに突然、あまりの激痛をけると逆に痛みをじないのかもしれない。
助かった。
痛くないからだろうか、まだ俺の目は見えるし、頭も回っている。
痛すぎて速攻で意識を失ったらどうしようかと思った。
助かった…………これで……最後の瞬間を、見屆けられそうだ。
「熱ぅうぅい想いは大好ですけどおぉおぉお、なあぁぁんの意味もない特攻なんてえぇぇつま、ら……な……――――」
楽しそうにナイフをぐりぐりと抉っていたルカの表が、突然固まった。
薄気味悪く歪んだ口の端から、つぅっとが流れ落ちる。
狙い通りに。
「……これ……は…………?」
おそらくは相當の痛みがあるはずだが、それでもなお笑みを消さないルカの前で、さらに不可思議な現象が起こる。
俺の全が、黒い炎に包まれたのだ。
リベンジャースライムのカウンター魔法、『ライフサクリファイス』。
単なる悪ふざけ目的で作って、バッグの隅っこで眠ったままになって、すっかり忘れていた紫黒の魔法料理。
まさか、こんな場面で使うことになろうとは夢にも思わなかったし、思いたくもなかった。
けど……このバケモンに確実にダメージを與える方法は、これしか思いつかなかった。
殘念ながら殺すほどの威力はないが、使用限度二回分を使った二重掛けに加えて、こっちは即死級の傷……いくら人間離れしてるとはいえ、必ず効果はあると踏んでいた。
あわよくば、俺の手でとどめを刺したかったが……カッコつけといて、カッコつかなかったが……まあ、これでも上等だろ……。
ほんのしでいい。
俺の命と引き換えに、わずか一秒でもルカに隙を作ることさえできれば、後は……――――
「ぁぁあ゛ああぁぁあぁあぁああああ゛あっっ!!」
マユが、ルカのを真っ二つに切斷する瞬間を、見屆けて…………
俺は、安心して………………いや…………
マユの、悲痛に満ちたびが、耳の奧で延々と響いて…………
とめどなく溢れる涙が、薄れゆく視界に鮮明に映って…………
どうしようもなく、申し訳ない気持ちになって…………
俺の意識は、途絶えた。
寢取られた元カノ?、知らない許嫁、陽キャな幼馴染も皆要らない。俺の望みは平穏な高校生活だ!
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