《キチかわいい猟奇的とダンジョンを攻略する日々》あなたの夜が明けるまで
「マユねぇっ!」
「マユお姉ちゃん!」
大きなベッドの隅で俯くマユの元に、サユとアユが駆け寄る。
分厚い扉が豪快に崩れ落ちた音にも、心配そうなアユとサユの聲にも、マユはしも反応せず指先一つかさない。
「どうしたのマユねぇ? 大丈夫なの? ねぇ、返事してよ、マユねぇってば!」
サユが顔を覗き込んでを揺すりながら必死に呼びかけるが、マユはそれに応えることもなければ、生気のない虛ろな目を合わせることもない。
一方、俺はというと、マユを一目見た瞬間から、なぜか分からないが妙な違和を覚えていた。
その理由をうまく説明できないが……まるで、まったく知らない人と初めて會ったような……そんなじがする。
……いや、気のせいだ。
狀況的にも容姿的にもどう考えてもどう見てもマユだし、サユとアユが実の姉を間違えるわけもない。
きっと、いつもの元気がないからとか髪が黒くなってるからとか、そういうギャップと衝撃で俺は無意識的に激しく混しているのだろう。
そうじゃなきゃ、俺はこんなぼけーっと突っ立ってないで「うおおおおおマユぅぅぅぅぅっ!」と誰よりもやかましくみじめに喚き散らしてわんわん泣きんでいるはずだ。
「外傷はないのにどうして……エクストラヒーリング! エクストラヒーリングッ!」
とにかく、今はマユが気がかりだ。
俺は己の心境に戸いながらもマユの手を握り、サユとアユと共に三人で何度も名前を呼んだ。
「マユ、みんな一緒にいるんだぞ。すげえだろ、ちゃんと見ろよ。なんでか分かんねえけどさ、なあ……こっち見て、なんか言ってくれよ、マユッ!」
しかし、俺達がどれだけんでも、語りかけても、依然としてマユはまばたき一つせず、魂を抜かれたように青白くのない顔でうなだれている。
あり得ないことだが、まるで何年もずっとこんな狀態でいるような、そんな気さえしてしまう。
くそっ……どういうことだ。
もしかして『復活(リザレクション)』が間に合わなかったのか……?
いや、でも使った直後はもよかったし、穏やかに寢てるってじだったが……。
「なんで……やっと……やっと會えたのに……。こんな、なんで……」
「マユお姉ちゃん……わた、私達……ずっと……うぅっ……」
「サユ……アユ……」
懸命な呼びかけも虛しく、次第に聲を詰まらせてすすり泣き始めるサユとアユ。
五年ぶりの姉妹の再會がこれなんて、あんまりだろ……。
家の中を徘徊するゾンビといい、星に願ってない悪趣味でくそったれな演出が過剰すぎてお腹一杯だ。
だが、こんな悲しみに暮れる二人を見て、俺まで泣き言を言ってる場合じゃない。
考えろ……考えろ……何か俺にできることはないのか……?
つっても、アユの最高位回復魔法で効果なしじゃあ、マジで神に祈りながら待つくらいしかなくないか?
後は……強いて言えば、マユの大好きな料理でも食べさせてみるくらいか?
この狀態で食べてくれるとはとても思えないし、そもそも今の俺は何も持ってな……
「――……ん? あれ?」
どこかに甘味の一つでも隠れてないかと往生際悪くポケットをまさぐると、何か丸くて弾力のあるが指にれる。
もしやこれは……食べか!?
半ば諦めていた時に施された天の恵みに謝しながら、すがる思いで引っ張り出した手に乗っていたのは……団子だった。
なんだこれ……と一瞬思ってから、ふと思い出す。
そうか、マユのケガを治すために慌てて作ったナイトメア団子だ。
めちゃくちゃテンパってたから完全に忘れてたが、どうやら余ったのを無造作にポケットへ突っ込んでいたようだ。
殘念ながら、骨のザラザラしたとなんとも言えないえぐみが微妙に殘っていたので味は良くて中の下だったから、マユがうまさのあまり覚醒するような代じゃない。
だけど……もしかしたら、これなら……。
「サユ、アユ……一つだけ試させてくれ」
俺は希を込めて中の下の団子を一杯味わい、覚悟を決めて飲み下し、全魔力を注ぎ込んで唱えた。
「復活(リザレクション)!」
サユとアユが固唾を飲んで見守る中、空中に溫かくささやかながいくつもポッと燈り、落ち葉のようにたゆたいながらマユの心臓へと吸い寄せられていく。
前回は傷口をあっという間に溶かして消したが、一つ、また一つとマユのに染み込んでいくが……マユの表に、目に見える変化は何もない。
ついに赤く輝くは最後の一つまでマユの中に納まり、一時的に明るくなっていた室は再び暗闇に沈んだ。
しんと靜まり返り、変わらず俯くマユを三人で息を止めてじっと見つめる。
…………だめ……か……。
「――――さ……ゆ…………あ…………ゆ……」
小さな、本當に小さな、れのようなかすかな聲がした。
それは、たしかに、間違いなく、目の前のマユから発せられた聲だった。
「…………サユ……アユ……?」
ぎりぎり聞き取れるくらいのささやき、だけどさっきよりもしだけはっきりとしたその聲が、ほんのわずかに開いた口からようやく俺たちに屆いた、その途端――
「っ……マユねぇっ!」
「マユお姉ちゃん……っ!」
サユとアユが弾かれたようにマユに飛びつき、三人一緒にばふっとベッドに倒れこんだ。
に顔を埋めて泣く二人の頭を、マユはゆっくりとぎこちなくでる。
「……あぁ……ほんとに……サユと……アユだぁ……あったかいなぁ……うれしいなあ‥………」
先ほどまで暗く淀んでいたマユの瞳に彩が宿り、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
年相応に寂しかったはずなのに普段は気丈に振舞っていたサユとアユが、素直に泣いて喜んで三人で抱き締め合う姿に、俺も思わず目頭が熱くなってしまう。
この瞬間だけで、俺が一回死んだことなんかどうでもよくなる……いや、むしろ五、六回くらい死んでようやく釣り合うんじゃないかと思えるほど涙腺崩壊必至のだ。
達の再會をよりくっきりとした明度で祝福しようという粋な計らいなのか、不意にシャンデリアが點燈して世界が明るく照らされる。
「マユねぇ……これからはずっと一緒だよ……。あたしも、アユも、すっごく強くなったんだから……これからは、マユねぇを守ってあげるからね……」
「そうだよ、マユお姉ちゃん……ごめんね、あの時……そばにいなくて……怖かったよね……」
「ううん……ごめんなのは、マユなの……。マユはね……マユだけ、なんにもできなかったから……。みんな、とってもがんばったのに……痛かったのに……ごめん、ごめんね……」
マユパパから話だけは聞いた、マユ一家の悲しい過去。
當然、マユもアユもサユも、誰も悪くはない。
悪いのは全部、青天目ルカとかいうイカれたクソ野郎だ。
そんな諸悪の権化を、今までで最強の化を、モンスターが化けていただけとはいえ、姉妹で協力して打ち負かした。
それで犠牲になった人の無念が晴れるわけではないし、心の奧深くに刻まれた辛い記憶が消えることは決してない。
それでも……。
それでも、青天目ルカを倒したことにはかけがえのない、たしかな意味があったと、俺は思う。
あのクソ野郎は、三人の心にきつく巻き付いた棘付きの鎖みたいな存在だった。
そんな鎖を自分達の力で見事に引きちぎった今……これから三人は一緒に、ずっと前を向いて楽しく幸せに暮らしていけるはずだと、俺は自信を持って言える。
「マユねぇはがんばったよ……今日まで五年も……おとーさんとも離れて、一人でずっと……。すごいよ……あたしだったら、きっとムリだもん……」
「…………え……?」
「そうだよ、マユお姉ちゃんはすごい。でも、これからは私達も一緒だから無理しないでね……。それに、ちょっとだけ頼もしくなった天地さんもいるんだから」
「……てん……ち……?」
三人は起き上がり、袖で涙を拭って俺を見る。
……さて、どうしようか。
全米が泣ける姉妹の再會に割ってらないだけの常識と理があったから、今まで靜かに見守っていた。
正直、俺は今ここでなんと言ってどうすればいいのだろうか。
とりあえず、この極まったの赴くままに三人に抱きついても、今だけはアユに毆られないような気がするが……
「……あの…………」
俺が最適解を導き出す……あるいは選択を誤って歴史に殘る愚行に及ぶより早く、マユが遠慮がちに口を開いた。
そして出てきた言葉は、俺も、サユも、アユも、想像すらしていない言葉だった。
…………いや、違う。
もしかしたら、そうかもしれないと俺は思っていた。
なぜなら俺は、ここでマユを見てからずっと、心の片隅にもやもやした気持ちがしつこく居座っていたから……。
「あの……あなたは…………だれですか……?」
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