アロナの心は確かに複雑だったが、同時に不思議な覚にも襲われていた。

あれだけ焦がれていた、ルーファスとの幸せな未來。それを々に打ち砕かれ、彼は死よりもずっと辛い経験をさせられた。

ぱちんと弾けて消えた心はもう、二度と元に戻ることはない。

彼を目の前にした時、どれだけ激しいに襲われるのだろうかと、アロナ自もし怖かった。裏切られたが憎悪となり、ルーファスに復讐を誓う鬼とり果てるのではないかと。

（やっぱり、あれだけ泣いたのが良かったのかしら。それとも、死んだ経験かしら）

ざぁざぁと音を立てながら水飛沫をあげるカスケードを見つめながら、彼は思う。

意外にも、恨みつらみの念はそれ程湧きあがってこない。そして、あれだけ大きかった彼へのも。

もしかするとこれは、アロナなりの防反応なのかもしれない。の乏しい彼が、心を壊さないための必死の策。

（なんだっていいわ）

咄嗟に出た噓は、自分自でも予想外だったが、とにかく今は時間稼ぎが最優先だと彼は考えたのだ。この無力なでは、所詮何もできない。

「…そっか。君は小さいのに、辛い思いをしているんだね」

ルーファスなら、きっとそう言うと分かっていた。良くも悪くも彼は優しく、そして流されやすい。

「僕にできることならなんでも言って！」

「ありがとうございます、ルーファス様」

「これからは僕達、頻繁に顔を合わせるようになるだろうし」

にこにこと人懐こい笑顔で、ルーファスは言う。

（それを回避する為の言い訳なのだけれど）

心そう思ったが、アロナはそれ以上何も言わなかった。

ルーファスの元へ通うようになれば、必然的にエルエベ達に遭遇する頻度も高くなる。アロナにとってはそれが一番、忌むべきことだった。

「お前とルーファス殿下との婚約が決まった」

帰りの馬車で、サムソンは淡々と告げる。

「とはいえまだい者同士、口約束のような効力しかない。全てはお前にかかっているのだから、口答えなどせず殿下に気にられるよう勵め」

「あまり聲を大にしては言えないけれど、やっぱり第三王子だからかしら。あまり王子らしさがなかったわ」

「構わん。王家の筋さえこちらに流れれば、むしろ多ぼんくらの方がりやすい」

我が両親はここまで酷かっただろうかと、アロナは思った。三度目の人生までは、彼の頭の中にはルーファスとのことしか存在していなかった。

彼との婚約を取り付けた両親に、むしろ謝すらしていた自分はなんて愚かだったのだろうと、嘆きたくなる。

「以前にも申し上げました通り、今後一度でも私に手を上げた時には、即刻ルーファス様にお伝えしますのでそのおつもりで」

アロナは表を変えず、淡々と告げる。

思えばルーファスも、可哀想と言えばそうだ。フルバート公爵家は頭がかたく融通の利かない古臭い連中だと、社界での評判は最悪だったのだから。

アロナ自にも友人と呼べる存在は、全ての人生を合わせてもただの一人も居なかった。

「ふん、生意気な口を。思い上がるなよ、お前はまだただの子供だ。それにフルバートの名がなければなんの価値もない」

「お父様はあなたの為を思って仰ってくださるのよ、アロナ。それを理解しなければ」

鼻で笑いたかったが、視線を逸らすだけに留めておいた。