急に立ち上がったアロナを見て、アルベールは茶葉を蒸らしていた手を止める。

「どうしたの？」

「あ、あの私…っ」

（ダメだわ！とても言葉だけでは伝えられない！）

ええい、ままよ！そんな掛け聲が聞こえてきそうなほど、彼の頭の中は真っ白になっていた。なるようになれ、こうなったらもう勢いしかない。

冷靜で、どこか一歩引いた場所から事を判斷していた、完璧人の公爵令嬢はどこにもいない。

真っ赤な顔でふうふうと小鼻を膨らませながら、アロナは赤いハンカチーフに飛び込む闘牛のように、アルベールの元にをぶつけた。

ドンッ！

「おっと！」

茶に當たらないようをずらしながら、彼は両腕でしっかりとアロナをけ止める。

「アロナ？」

「とても恥ずかしくて、言葉だけで伝える勇気が出せません…っ」

「え？」

「で、ですからこうさせていただきます！」

アロナ自らアルベールの背中に手を回し、ぎゅうっと力を込める。それは抱き締めているというには、あまりにも拙く暴だった。

「…き、です……っ」

「あ、あ、あろ…っ」

アルベールは水に打ち上げられた魚のように、ただ口をはくはくと開閉することしかできない。思えばアロナはいつだって、急に突拍子もないことをしでかすのだ。

契約結婚然り、窟生活然り、現狀然り。

「こ、こうして抱き著くことの方がよっぽど勇気が必要な気がするけど…」

「そこまで考えていられません！」

ぎゅむぎゅむと必死にを押しつけてくるアロナに、アルベールはのどこか一部が発してしまったのではないかと、馬鹿げた思考に陥る。これは己の願が見せた、都合の良い夢なのではないかとすら。

けれどこの溫もりは、決して幻などではない。

「アロナ…」

アルベールも遠慮がちに、彼に手を回す。息荒く肩を震わせているアロナの背中を、ゆっくりと優しくでた。

それによりアロナの呼吸は次第に落ち著いているが、ぴたりと合わさった互いの鼓はまるで競うように早鐘を打ち続けている。

「好きだよアロナ。してる」

「あ、あ、あの…」

「うん？」

「私も、です…」

群青の艶やかな耳から覗くのは、真っ赤にれた耳元。アルベールは思わず、そこにちゅっと口付けを落とした。

瞬間、アロナのがビクッと震える。

「ごめん、あまりにも可かったから」

「か、構いません」

「本當に？」

「アルベール様にならば、なにをされても嬉しいのです」

そう言いながらすりすりと元に頬を寄せるアロナに、アルベールは彼を抱き締めたまま思わず天を仰いだ。

（無自覚なんだ、彼は）

再びアストフォビアにやって來てから、アロナは本當に良く笑うようになった。ふわりとはにかむその笑顔を見つめながら、アルベールは何度自の太をつねったか分からない。

彼がだんだんと心を許してくれていることには、気づいていた。それでも辛抱強く…もといやや辛抱強く耐えたのは、アロナの気持ちを最優先にしたかったから。

に傷ついた君を、大切に大切に守りたい。

「僕と結婚してくれる？」

「もちろん、喜んで」

「…嬉しい」

噛み締めるような言い方と、耳元で微かに震える聲。

（これからは私が、この方を守りたい）

アロナはアルベールのに顔を埋めながら、ゆっくりと瞳を閉じた。