《悪魔の証明 R2》第29話 025 アカギ・エフ・セイレイ
「どうやら六號車は通り過ぎてくれたようだね。ひょっとして、我々は助かったのかもしれない」
スピキオが冷靜な口調で狀況を分析した。
確かにそうかもしれない。
四つ目の発まではこちらに近づいてくるような発音だったが、以降のものはかなり後方で鳴ったような気がした。
それはそうと、なぜこの人はこんなに肝が據わっているのだろうか。自分などは車両が揺れる度に恥ずかしいほどの悲鳴をあげているのに。
ので弱音を吐く。
一旦そこで思考を止めた。
もちろん再び來るであろう衝撃に備えて構えるためだ。そして、案の定また発音が聞こえてきた。
だが、今回はが浮くことはなかった。
音はさらに遠ざかったようにも思える。もしかして、今後の発はここから遠ざかっていく一方かもしれない。
この予は的中した。
し待ったが、次の発音は聞こえてくることはなかった。
ということは、スピキオさんの言う通り本當に助かったのか?
多不安を覚えながらも、僕はシートにを沈ませた。
だが、
「駄目だ、アカギ君。休んでいる暇はないぞ」
と忠告しながら、スピキオは僕の腕を摑んだ。
シートから僕を起き上がらせようとしてくる。
スピキオさんの言う通りだ。
発が収束しただけで、弾を仕掛けたテロリストはまだどこかにいるはずだ。
そう考えるや否や、スピキオに引き起こされる前に自らの足で立ち上がった。
すかさず六號車の通路へと躍り出る。
「このやり口――テロリストの正はARKだ。わざわざ車両をひとつないしふたつ殘して発させる。こんなことができるのはやつらしかいない」
そう述べながら、スピキオは颯爽と通路を歩き出す。
これに無言で頷きスピキオの背中へ続こうとしたが、はっと立ち止まった。
車を見渡した。
聲にならない聲をあげている人。怯えて震えているだけの人、この世の終わりのように泣きぶ人。みんな、様々に狀況の悲慘さを聲やで表現していた。
だが、不思議なことに、なぜか誰もその場にを沈ませたままで立ち上がろうとする気配は見せていない。
そして、この様子を伺った僕が、「彼らにこの場にいては危険であることを伝えなければ」と、呟いた瞬間だった。
ぽん、とスピキオに肩を叩かれた。
「アカギ君。それは今選択するべき行ではない」
そう忠告してきた。
これを聞いた僕は、當然眉を顰めた。
「……今この場でARKの存在を教えても、彼らが君の期待通りにいてくれるとは思えない。もし、その通りいてくれたとしても、乗客たちが一斉におそらく自然発生的に出來ているであろう外に通じる出口へ向かってしまい、この車両全がパニックになる。そんなことになれば、私たちの逃げ場がなくなってしまう」
「でも……寢臺車方面と七號車方面、両方に出口はあるでしょうから、ある程度人は分散されるんじゃないでしょうか」
「――それはないよ。寢臺車の方角へ向かう人間はほとんどいないはずだ。テロリストがアジトにするのであれば、現況考えうるのは寢臺車のいずれかの部屋しかない。無論、この場にいる誰でもそう考える。みんな命は惜しいからね。だから、わざわざ火の中に飛び込もうとする者はいないよ。さあ、これくらいでいいかな。時間がない。急ごう」
と説明してから、スピキオは僕の腰を軽く押す。
首を橫に振って僕はそこで立ち止まった。
確かにスピキオの方が合理的な判斷をしているとは思う。だが、人々の命が危険に曬されているというのに、そのまま放置しておくことなどできるはずもない。
「スピキオさん。申し訳ありませんが、それは無理です」そう斷ってから、僕は肺を膨らませた。次に息を吐き出すと同時に、「みなさん。ARKが襲ってきます。早く、この場から逃げてください」とんだ。
乗客たちは一斉に僕に注目した。
だが思いも寄らぬことに、なぜか全員が怪訝そうにこちらを睨んでくるだけだった。
なぜだ。なぜ、この人たちは、このような悠長な態度を取っているのだ。
もはや、一刻の猶予もないというのに――
「だから言ったんだよ。人は君の期待通りにはかないとね」
僕の疑問に答えるかのように、スピキオが言った。
「期待通りにかない――」
「ああ。そうだ。彼らは、今疑心暗鬼に苛まれている。四方八方で発が起こっているんだからそれも當然だ。下手にいたら新たな発が起こったときに巻き込まれる可能があるからね。と同時に、今いたら周囲の誰かに狙われるんじゃないかという疑念も無論彼らの頭の中にはある。この六號車に弾を発させたテロリスト、もしくはそのテロリストの仲間がいないなんて、誰が保証できるというんだい? テロリスト以外は無論そんなことはできない。だから、かない。いや、正確に言うとけないんだよ」
乗客がけないとは……
頬に困のを浮かべた僕を目に、スピキオは再び歩き出す。
彼の背中を追って行く最中も、ざわざわとした聲が席に居座る乗客たちから聞こえてくるが、當然の如くその乗客たちはこちらをちらちら見てくるだけで、誰も席を離れようとはしなかった。
「テロリストは座っている彼らよりいている人間を優先的に攻撃してくる可能の方が高い。彼らはそうも考えているんだよ」
歩く足のスピードを速めながら、スピキオは言う。
スピキオさんの述べた通りかもしれない。
もし今、テロリストが六號車にいたら、通路にいる自分たちなんて格好の標的のはずだ。
「なにせ、我々の周りには障害が一切ないのだからね。拳銃で撃たれたら一巻の終わりってやつさ。今いて通路に出るなんて愚策中の愚策」
失笑まじりにスピキオは言う。
「――確かに、そうですね。こんなことをするテロリストが、何の意味もなく乗客を逃がすはずはありません」
「そうだね。みんなそう考えているところに君が聲をかけてきたわけだ。しかも、ARKなんて固有名詞まで出してね。普通に考えれば怪しいだろう。通路にいるのにも関わらず襲われていない君が、わざわざ自分たちに世界最大のテロ組織の名前を使ってそのように忠告してきた。どこの誰とも得の知れない君がね。きっと、みんなこう思うよ。なぜARKがテロを行っているのを知っているんだって。ひょっとして、これは罠じゃないのかってね」
この臺詞に頷こうとしたが、思い返して頭を強く振った。
確かに、冷靜に考えてみればスピキオさんの結論づけた通りかもしれない。
だが、もしそうであるとしたなら、今自分たちが取っている行は彼の推測と矛盾するのではないだろうか。
「それでは、なぜ僕らは外に出るんですか?」
に湧いた疑問をそのまま口にした。
この質問へ呼応するかのように、スピキオはドアの前で立ち止る。
そして、ドアを勢い良く橫にスライドした。
外の空気が車両の中に一気に舞い込んできた。
「私はARKのやり方をよく知っているからだよ。本當によくね。その私の直がこう言っているのだから間違いない。助かるには外へ逃げるしかない、とね」
スピキオの背中からそう聲がれてきた。
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