《悪魔の証明 R2》第31話 027 アカギ・エフ・セイレイ
僕は手で元を扇いだ。
列車の殘骸から燃え立つ炎が、辺りを明るく照らしている。
太平洋のど真ん中とはいえ、初冬の夜。普段であればきっと寒いはずなのだが、その炎のせいで真夏のような熱さのように思えた。
振り返ると、食堂車の方角からも煙があがっていた。
きっとあのふたりも発に巻き込まれたのだろう。
ウェイトレスやツインテールのの子の姿を思い出して、鬱な気持ちとなった。
前へと顔を戻す。
目の前に広がる慘狀が、否応なく僕の心を締めつけた。
科學の粋を極めた線路は、ずたずたに引き裂かれている。
至るところに散するの塊。崩れ落ちていく列車の機。さらに、スカイブリッジライナーの先までびるトーテムポールのような煙の連なり。テロリストたちが使った弾の威力に今更ながら恐怖をじた。
「ひどいね」
スピキオが現狀を総括するかのように言った。
うつろな言葉とは裏腹に、目には生気がみなぎっていた。
サバイバルゲームが得意な部類の人なんだろうか。
悠長にもそう思った矢先のことだった。
背筋に悪寒が走った。
バン、という轟音が背後からしたかと思うと、乗客が一斉に六號車からこちら側へと飛び出してきた。
その後も何発かそのような音が続いた。
何が起こったのかわからなかった。
連音は六號車からのものではなく、鉄橋の側壁の方角から鳴ったはず。にも関わらず、車両から乗客は逃げ出してきた。
あの方角から銃聲が鳴ったから、彼らは車両から飛び出してきたというわけではないのか。
し頭を混させながらも、僕は後ろにを引いた。
線路の上に散らばる鉄くずに引っかかりながら、我先にと出口の見えない鉄橋の上を走る乗客たち。頭を煙に巻かれたりを炎にさらされたりしているが、彼らがそれを気にする気配はまったくなかった。
「危険だ、アカギ君。もうしこちらに寄った方がいい」
スピキオの抑揚のない聲が、僕の耳を捉えた。
突然そう言われたので言葉の意味はまったく理解していなかったが、自然と僕のは、し離れた場所にいるスピキオの方へとにじみ寄った。
じゃりじゃりと、スニーカーが鉄の固まりを踏みつける音。
なぜ條件反的に、スピキオの指示に従ったのかは自分でもわからない。
だが、六號車の間口から鉄橋の先へとつながる道――その死角にらなければならないとだけは思った。
その時、スーっと六號車のドアが、開く音がした。
間口からすらりと長い足が、地上に降り立った。
悍な頬。し細い腰。黒いスーツ。だらしなく垂れるネクタイ。そして、手にはなぜかショットガン――何なんだ、こいつは、と大きく目を見開いた僕を目に、男はガチャリとショットガンの撃鉄を引いた。
前方へとそれを向ける。
すぐにショットガンから鈍い轟音を響かせた。
すると、先頭を走っていた青年がり人形の糸が切れたように地面へと伏した。
息つく暇もなく、男は一歩前へと足を進める。撃鉄を上下させてから、またすぐにショットガンの引き金を弾いた。
次は例のスリ――老婆だった。
背中を散弾で撃ち抜かれると、老婆は抗うこともなく両腕を天にかざして膝から崩れ落ちた。
そして、次は老婆の橫にいた中年男。
男は標的を倒す度に、一歩ずつ前へと歩んでいった。
それに呼応するかのように乗客たちは、インベーダーゲームのインベーダーのように狙い撃ちされ、次々と地面へと倒れ込んでいった。
ひどい――
思わず手で口を塞いだ。
ショットガンとターゲット。
その距離がまる度に、乗客たちの死に様がグロテスクになっていった。
はじき飛ばされる腹部、腕、頭。
おびただしいがコンクリートの上に散した。
見てられないと、思わず顔を背けた。
ごくりと唾を飲み込んで、吐き気が込み上げてくるのを必死で押さえ込む。
さらに無理やり意識を遮斷しようとしたが、ショットガンの音はそれを許さないとばかりに何度も僕の耳に飛び込んできた。
「アカギ君。自分を見失ってはだめだ」
スピキオが呼びかけてきた。
なぜこの人はこんなに冷靜なのか。スピキオの変わらない表に目をやった僕は、今日何度目かの不審を彼に抱いた。
やがてショットガンの音は止んだ。
線路の上に倒れ込んだ乗客たちは指先一本かしていない。男は満足したかのようにショットガンをだらりと下にやった。
ゆっくりとこちらの方へとを向ける。
「おや、まだ殘っていたのか」
ぼそりと呟く。
こいつは気が狂っている。
僕は率直に男の表を評してそう思った。
「なぜ、こんなことを……」
場に相応しい言葉が口をついた。
男はすぐに「なぜ?」と訊き返してきた。「それはなぜか……おまえたちは、死ななければならないからだよ。俺の愉悅のためにな。なあ、理不盡だろ? 俺の楽しみのためだけに殺されるんだから」
「それは……そんなことは、あなたに、決められることではありませんよ」
僕は毅然とした態度で反論した。
だが、は正直だった。
額から噴き出してくる大量の汗。鼓がが固まるほど激しくなり、正不明のが胃を逆流してきた。
ほう、と男の口から、唸り聲がれた。
その際、男が向けてきた鋭い視線に思わずびくっとが震えた。
「とりあえず、死ね。どちらが正しいかは、死ななければわからんからな」
男は失笑をらしながら言った。
ショットガンを前に構える。
すでに青白くなっているだろう僕の額に照準が合った。
僕はこんなところで殺されるのか。
頭の中に漫畫の主人公が言いそうな臺詞が浮かんできた。
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