《悪魔の証明 R2》第36話 031 エリオット・デーモン(1)
熱いコーヒーを一口分に注ぎ込んだ。
コーヒーカップをのぞき込み、中で微かに揺れている焦げ茶のに向けて、私はいつもの想を述べる。
いつとも同じ。いつもと同じ溫度。いつもと同じ味。そして、いつもと同じ席で私は香りを楽しんでいる。
そっとコーヒカップをテーブルの上に置いた。
新聞をの前でぱさりと広げる。じっくりと記事に目を通す。
今日はテロ事件のことばかりのようだ。
どうやらセオドア・ワシントン大統領がまた失言をしたらしい。毎度のことながらお騒がせ政治家の代表のような男だ。
仕事柄テロについて考えることはあるがそれはあくまで職場でのことで、プライベートでは一切何もじない。
テロが起ころうが起こるまいが、私が朝やることは常に同じだからだ。
このようなことについて、私は無関心であることを自覚している。
なので、慌ただしくウェイトレスが周りを往來しているが、それを気にする素振りも見せない。
このカフェテリア、トウキョウ舊市街地にあるコーヒーチェーン店ローズマリア舊市街支店は、私が毎朝私設警察舊市街支部へ出勤する前に通っている馴染みの店だ。
そして、ローズマリアはいつもの朝の景を迎えている。
さらに付け加えると、普段と変わりなく、店前の道路は車の間に隙間が見えない程の大渋滯に陥っている。
時折けたたましいクラクションの音が、明のウィンドウを通り越して耳を襲ってくる。
それだけではなく、渋滯に飽きた運転手、助手席、そして後部座席の人間が、ウィンドウから店をのぞき込んでくる。
これもいつもと同じ、朝の景だ。
だが、それらも私にとって、どうでも良いことだった。
自分としては、ゆったりと通勤時間まで新聞を読めればいいのだし、誰かに姿を見られたからといって何かが減るわけでもない。
さらに言えば、クラクションの音なんて無視すればいいだけだ。
しかし、それは店側からすると、単純にそう考える訳にはいかないことなのだろう。
人目や音を気にする客が來ないおかげで、駅から程近いこのタイプのコーヒーチェーン店にしてはさほど混み合っていない。
ゆえに、この支店をフランチャイズで経営するオーナーはウェイトレスひとりしかホールに滯在させていないのだろう。
商売で思ったように稼げないのであれば、極限まで人件費を下げる。
私が生まれるもう隨分前から、ワンオペが橫行しているこの日本では企業家であればほとんどの者が同じことをしている。
もちろん、給料も極限まで下げているのは想像に難くない。事業を起こすだけが目的の小悪人がよくやりそうなことだ。
急がしそうにき回っているウェイトレスを橫目にして、私はそう思った。
チップの存在しないこの國では、さぞかしウェイトレスの生活は苦しいものに違いない。
いや、苦しいのは生活より神かもしれない。何せ自分の努力ではどうにも給與はあがらないのだから。
なぜ、私はそう思うのか。
彼の努力した分は、オーナーとそのさらに上にいるフランチャイザー本部に搾取されているからだ。
努力したところで、企業の売上は増えれど、彼の懐にその分がってくることはない。
現に割合が何割か不明だが、この店の売上の半分以上は持っていかれていることだろう。そして、オーナーと経費でその半分。後は従業員ででランクという奴隷分制度により殘飯分を分配するといったところか。
それから鑑みると、アルバイトである彼の貰える給與は最低賃金と同等程度のはずだ。
このように想像――もとい分析はしているが、それで何か彼のためにやってあげようとか、オーナーに文句をつけてやろうとかいう考えはまったくない。
もちろん、フランチャイザーにクレーマーとして電話するなどはもっての他だ。
それは私のような者がやる仕事ではない。
朝はただ新聞を読みコーヒーを飲む。
カフェインをにれ、活字に目を通して脳を活化させる。
心とを落ち著かせ、時間通りに決まった行をする。
毎朝このローズマリアに通っている目的はそれだけだ。
ウェイトレスが薄給多忙であることなんて実際どうでもいい。
と、私が軽く鼻息を出した瞬間だった。
出り口についている鈴りんの音が騒々しく鳴った。
このようなドアの開け方をするのはあいつしかいないと思いはしたが、もちろん、私、エリオット・デーモンは振り返らない。
「よう、ミリア。おはよう。今日も元気か?」
大きな聲がエンランス付近から聞こえてきた。
自分と同じ型のスーツを著た男が、前方の席にどさりと座り込む。毎朝會う見慣れた顔。彼の聲は元気そのもので、今日も特段変わった様子はない。
そこでいつものように溜息が聞こえてくる。
「クレアス」テーブルの後片付けをしていたウェイトレスが、その男の名を呼んだ。「いつも言っているでしょ。もうし靜かにってきてよ。他のお客さんに迷じゃない」
そうウェイトレスに叱られはしたが、その男はニコリと笑うだけで意に介した素振りをまったく見せなかった。
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