俺は倒れたマッパのをゆする。

「ま、マッパーあぁっ！！！」

鼻を垂れ流して倒れたマッパに、俺は魔法を掛けて治療してやる。

エレヴァンは俺に言う。

「……大將、そいつ単に気を失ってるだけですぜ。さっきもゴブリンの衆見て、同じ風に……」

「何を言う、エレヴァン！　を失うのは、人間にとってどれだけ危険か分かってるのか？」

「そ、そうですか……というか、そいつ人間だったんですかい？」

人間じゃないのなら、なんだというのだろうか？

確かにマッパは人間にしては小さく、ずんぐりとしているが。

しかも髭は確かにおっさんなのだが、はなんだかプルプルと瑞々しい。

俺が見た限り、顔に皺も見當たらないし……はハリがあった。

まあそれはともかく、実際そんな騒ぐほどのことじゃない。

わざと大げさに騒いだのは、リエナの今の姿……

のから目を逸らしたかったのかもしれない。

俺がわざとらしく、「おい、マッパ！」と聲を掛ける橫で、エレヴァンやバリスは額に汗をかいている。

「……姫？　本當に姫なのですか？」

バリスの問いかけに、リエナは「え？」と答える。

補足するようにエレヴァンが続けた。

「今の姫は、まるで人間みたいですぜ……」

「わ、私が人間？」

橫目で見るリエナは、自分の両手を見つめ、長い腳やをってみる。

そんなリエナの前で、スライムのシエルがをばす。

鏡の代わりとなるよう、気を利かせたのだ。

リエナは、そんなシエルに映る新たな自分を見つめた。

「これが……私？」

し紅した頬をなでるリエナ。

自分の姿が信じられないといった様子だ。

バリスも狀況が読み込めないようで、俺に訊ねる。

「ゴブリンが人間に進化するなど、有り得るのでしょうか？」

「い、いや、俺にも分からないが……」

俺に聞かれたって困る。

ただ一つ確かなのは、リエナはまだ俺にテイムされているということだ。

テイムスキルの効果で、こいつはテイムされてるされてないが、頭に浮かんでくる。

テイムされているのだから、恐らくはまだ魔なのだろう。

り、リエナをテイム……

見た目が変わっただけなのに、何か背徳が……

姿だけ見れば、リエナは人間の。無理もない。

バリスはふむと腕を組んで、今度はリエナに訊ねた。

「む姿によっては、こういったこともあるのでしょうな。姫は人間になりたいとんだので？」

「え……？　い、いや、私はその……もちろん、ヒール様のために、もっと役に立ちたいと思っただけで！」

「それで人間の姿になるのですかな……ああ、魔法を使いたいと思ったのでしたな。人間は魔法を使えますし」

「え、ええ。きっとそうです」

リエナは軽く咳ばらいをすると、恥じらうように言った。

「ヒール様……私、どうでしょうか？」

いや、どうでしょうかと聞かれても……

綺麗ですね……とか？

いやいや、今まで通り接しなければ……

「そうだな……魔法も使えるようになったのなら、俺も々と助かる。こんなふうに治療することもできるからな」

俺は目を泳がせながら、マッパをゆする。

すると、マッパはかっと目を見開いて、を起こした。

だが、リエナを目にすると、また鼻を俺の顔にぶちまけ、倒れてしまった。

「ひ、ヒール様！　今、お顔を」

そう言ってリエナは立ち上がり、近くの手拭いを持って、俺に歩み寄った。

當然、リエナのが嫌でも目にるわけで……

俺は初めて見るのに、ふらっと意識を失ってしまうのであった。

「うーん……」

意識を取り戻すと、目と鼻の先に髭もじゃのおっさんの顔があった。

うん、やはり皺がない。髭を剃ったら若者に見える気もしてきた。

俺はこのマッパと、仲良くシエルの上で一緒に寢ていたようだ。

マッパはいびきをかきながら、俺に抱き著こうとするので、俺はさっさと起きる。

「あー、寢たな……もう夜明けか」

すでに空が白み始めていた。

ゴブリンの、早起きの者はすでに魚を焼いている者もいるようだ。

そして貯水池には、桶に水を汲むリエナの姿が。

今はではなく、蜘蛛糸で編んだ布をに著け、腰とを隠している。

そのリエナは、俺に気が付いたようだ。

桶を置いて、こちらに向かってくる。

「ヒール様！」

「リエナ、おはよう。朝から頑張るな」

「これぐらいは當然です！　進化させてもらったのですから、私が人一倍頑張らなければ」

リエナは屈託のない笑顔でそう答えた。

前のリエナの面影はないが、それでも健気な雰囲気は変わらない。

そしてリエナは、すぐに心配そうに俺に訊ねた。

「それよりも、ヒール様。昨日は大丈夫でしたか？　急に寢てしまわれたので」

「え？　ああ、大丈夫だよ。ちょっと疲れてただけだと思う」

本當は興してふらっときたなんて、言えない。

それじゃ、マッパと同じだ。

リエナは「良かった」とをで下ろす。

「しかし、リエナ。本當に進化して良かったのか？　まさか人間みたいな姿になるなんて……」

「いいえ、ヒール様。私はこの姿が気にっています。人間になる……とは思いもしませんでしたが、私は前の姿があまり好きじゃなかったので……だから実を言えば、綺麗になりたいと願った自分がいました」

「へえ……」

確かに、リエナは周囲のゴブリンたちと比べても小さい。

しかもは丸く、は鮮やかな緑ではなく、黒ずんでいた。

これは他のゴブリンの的覚では、綺麗とは言えなかったのだろう。

「私には多くの兄弟がいました。姉や妹は皆、私とは違ってしかった。しかも、私は生まれつき壽命を蝕む呪いを持ってました。だから、私はずっといじめられてたのです……」

俺は思わず、リエナの話に聞きってしまう。

リエナの境遇に、俺は自分の過去を重ね合わせたのだ。

俺も役立たずの紋章を持って生まれ、魔力も低い失敗作と父や兄弟から蔑まれていた。

年が同じ十五歳ということも、不思議な縁をじる。

「そんな私が、なんの因果かベルダンの王族の唯一の生き殘りとなって……今こうして、生まれ変われました」

リエナは手をに當て、こう続ける。

「……このも、この命も、全てヒール様が下さったものです。だから……私の全てをヒール様に捧げます」

俺の手にリエナは手をばそうとした。

リエナは俺に全てを捧げてくれるらしい。

やった。嬉しい。

だが、なんと答えようか。

勵めとか、頼りにしている？

言い慣れてないから言いづらい。

というより、俺はリエナやゴブリンたちを部下とは思ってないんだがな……

俺が領主で、皆が領民。それぐらいの覚だ。

それぞれのできることで、この島での暮らしを発展させていけばいいはずだ。

俺は逆にリエナの手を握って、こう頼んだ。

「俺は……リエナの味しいご飯が食べられればそれでいい。これからも良かったら、俺に食べさせてくれるか？」

「ヒール様……！」

リエナは顔をかあっと赤くした後、涙ぐむ。

しかし、すぐに笑顔で答えた。

「……もちろんです！　それじゃあ、早速私は朝ごはん用意いたします！」

「ああ、頼むよ」

「はい！　私頑張ります！」

リエナは嬉しそうな顔で、俺に答えてくれた。

それからのリエナは、俺から魔法を學んだり、エレヴァンから武の指導をけたりと、できるようになったことを積極的に取り組んでいく。

しかし、リエナが単に人間の姿になり、魔法を使えるようになっただけではないことを、まだこの時の俺たちは知らなかった。