《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第37話 初心

三日が経ち、いよいよ週に一度やってくる定期船に乗り込んで島を離れる前日となった。

俺たちは相変わらずアリュプ達を引き連れて山を歩きながら、休憩の合間に修行を行った。

フウカの波導は難航しており、なかなか度を保ったまま安定させることができずにいた。

ある程度くすることはできるが、そうすると今度は壁が巖のように重くなってしまう。

それではフウカ自きをとれない。

別のアプローチを考える必要があった。

「障壁《ウィオル》」と並行してフウカは浮遊船で使って見せた「弾」(フィオリム)と「剣(カムド)」のの再現にも挑戦していた。

剣の発はなんとか再現できた。……ただ発するだけなら。

今の狀態ではの剣というよりもただのる棒だ。

フウカが再現した輝く波導の剣で、手近な巖をえい、えい、とぽこぽこ叩いているのを見ていると、俺の素人指導の限界をじずにはいられない。

弾《フィオリム》の方はもっとお末だった。

創り出した波導の弾はちゃんとした正球狀ではなくどこかいびつで歪んでおり、えい! と威勢良く投げては見たもののあらぬ方向へ飛んだ上途中で消滅してしまう有様だ。

ああ、クレイルよ。やっぱり俺だけじゃ無理だったよ……。

俺は思わずガストロップス大陸のある方角を仰いで、ストルキオの友人の顔を思い浮かべながら遠い目になったのだった。

牧草地に座り込んで目を閉じて腕を組み、うーうー唸りながら波導を使うフウカの側で黙考する。

考えろ。切羽詰まった狀況でフウカはちゃんと波導を使えてたじゃないか。平時でもあれを再現することさえできればいい。

今の彼に足りないものはなんだ。

「ナトリ、危ない!」

「!!」

堂々巡りする思考に沈んでいると、急に獣の鳴き聲が響いた。

驚いて鳴き聲のした方を振り返ると、近くの茂みから飛び出したらしい獣が足音を響かせてまっすぐ俺に向かって突進してきていた。

直前まで目を瞑って座り込んでいたせいで、対処が遅れる。

フウカは即座に反応した。俺の前に飛び出し、波導の壁を展開して獣の突進をけ止める。

激しい衝突音が林に囲まれた牧草地に響き渡る。

「んぐぐ……うううーっ!」

「グモォオオー!!!」

並みの子アリュプほどのサイズのそれはアルノーだった。

頭に小さなツノを備えるれっきとしたモンスターだ。アルノーはフウカの作り出した壁に衝突し、地面にひっくり返って目を回した。

手足をばたつかせるアルノーは、なんとか跳ね起きると一目散に茂みの中へ駆け戻って行った。

「びっくりした……」

「ああ……、ありがとフウカ。おで助かったよ」

「危なかったね。急に飛び出してくるんだもん」

「こんな場所までモンスターが彷徨い出るなんて。やっぱり數が増えてるんだな……。ってそれよりフウカ。今の障壁(ウィオル)はやっぱりちゃんとできてたな」

「あ……うん。ほんとだ。今できてたよね?」

必要に迫られた時にはフウカは波導を正しく使うことができる。今みたいな狀況で、果たしてフウカは詠唱やのイメージなんてものを考えているか?

多分考えてない。そうなんだよ。もっとこう……、シンプルに考えた方がいい気がする。

「フウカ、さっき波導を出した時に何を考えた?」

「えっとね……、特に何か考えたわけじゃなくて。ただナトリが危ない、なんとかしなくちゃって」

「きっとそれなんだ」

俺はこの一週間でお馴染みとなったクレイルメモを取り出して広げる。

クレイルの言葉から書き取ったの概要にはこうある。

『「障壁《ウィオル》」外圧から己を保護する心的障壁』

もしかしたらフウカに教えた詠唱や的なイメージは逆効果だったかもしれない。

あれは発する波導をさらに補強するためのもので、そのものの構築にはもっと別のものが深く関わっているんじゃないのか。

試してみる価値はある。

さっきのアルノーがその辺にいるかもしれないので、俺も王冠(ケテル)を呼び出して警戒しながら茂みに近づく。

周囲をうろついて手頃な木の枝を拾いフウカの元に戻る。

「フウカ。これまでやってきた詠唱やイメージは一旦忘れよう。さっきは俺を守ろうとしてくれたよな。波導を使うためにはその気持ちが最も大事なんじゃないかと思うんだ。心で強く願ってみてほしい。

自分を傷つけようとするものからを守りたい、近づかせたくないって。今から俺はこの枝でフウカを叩くから、障壁《ウィオル》を使って防いでみてくれ」

「う、うん……。やってみる」

怯えてさせてしまったかな。可哀そうだけど彼のためだ。今は心を鬼にしよう。

もちろん寸止めするつもりだけど、フウカには本気と思わせなきゃならない。

手に持った枝をぶうんと風を切らせて振る。両手を前に出して構えたフウカに向かって枝を振り上げた。

「それじゃあいくよ」

「う、うんっ!」

大きく振り被った腕をフウカへと振り下ろす。そこそこのスピード、速すぎず遅すぎず。

フウカ、この枝をよく見てくれ。

「弾いて——『障壁(ウィオル)』!」

カァン、と軽い音を立てて手から枝が離れた。フウカが枝に向かって突き出した腕の先、枝はそこに発生した波導障壁に當たった反で弾かれた。

折れた枝はし離れた場所にとさっと落ちた。

「うん、うん。いいぞ、枝を弾いた。ちゃんとさがある」

「で、できた……?」

「今の覚だよ。それを忘れずに、いつでも出せるようになればきっと……!」

特訓しているうちに思ったよりも時間が経っていたようだ。の傾きが早い。

この場所での訓練はここまでだ。俺たちは角笛を取り出して吹き、アリュプ達を集めて斜面を登り始めた。

今日のルートは初日と同じで中腹の花畑を通るコースだった。しばらくは帰ってこれなくなると思うし、これが見納め。

を心に焼き付けていこう。

§

花畑に到著後、アリュプを放牧して俺たちも飯にした。

並んでサンドイッチを食べながら山麓の景を二人で眺めていると、突然フウカがすっと立ち上がって後ろを振り返った。

しばらく彼はそのままじっとしていた。気になって俺も後ろを振り向く。

花畑が途切れてちょうど山の奧地への森との境目になる辺りに、大きく派手な尾羽を持つ鳥が立ってこっちを見ていた。見たことのない綺麗なの鳥だ。

モンスターだろうか。虛空から王冠を手にとる。

「ついてきて、って言ってるみたい」

「え?」

フウカが歩き出す。一瞬戸ったが、急いで彼の後を追った。

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