「ううぅぅああぁぁーっ！！」

最早避けることは葉わない兇刃の前に、フウカが悲鳴のようなびを上げて障壁《ウィオル》を展開する。

波導障壁はほんの一瞬グレートアルプスの角の勢いを抑えたように見えた。

けどそれも一瞬だ。障壁は々に砕け散り、黒い猛威が俺たちを襲う。

角のインパクトが生み出す衝撃波によって、俺とフウカは弾き飛ばされた。全を強烈な衝撃が襲い、骨が軋み意識が飛びかける。星の川が一瞬視界を覆った。

繋いだフウカの手を引き寄せる。真っ逆さまに落下しながら、力した彼のを守るように抱きかかえた。

地面に激突する寸前に、フウカの力で生まれたらかい空気の塊に突っ込む。それがクッションとなって落下の速度が緩和された。

俺のは彼を抱えたまま空中で一度跳ね、草地に落下して転がった。

「生きて……るか、フウカ」

「う、ん……。なんとか……」

角の攻撃で弾き飛ばされた俺たちが落ちたのは背の高い草むらだった。俺たちの姿を草が覆い隠し、グレートアルプスは一時的にこっちを見失っている。地響きは近づいてこない。

「うう……いたっ……」

フウカの波導で直撃こそ防いだが、俺たちは全を負傷していた。服はところどころ破れ、傷口からはが流れ出している。の辺りに軋むような痛みをじる。あばらの一本や二本は折れているかもしれない。

「ありがと……ナトリ」

「俺は何も。それより」

フウカの細いをそっと離し、うつ伏せになって軋みをあげる上を持ち上げる。草の合間から周囲の狀況を窺う。

アルノーの群れとグレートアルプスはし離れた位置にいた。二つの地響きが別の方角から伝わって來る。

奴らはじきに俺とフウカの居場所を嗅ぎつけるはずだ。グレートアルプスの狂気に満ちた恐ろしい眼——、俺たちを逃すつもりなんて欠片もない。

周囲を見回すと、遠く町の方角に燈りが揺れるのが見えた。一つ、二つ、三つ。

……あれは何だ。じっと目を凝らして確認する。人間だった。手に持ったランプに照らされた數人の集団がこっちへ向かって歩いてくる。

「こんなところに町の人間……？　殺されるぞ……！」

モンスター達はもう燈りに気づいているはずだ。さっきの雄びか、それとも地響きの正を見定めるために町から出てきたのか？

……余計なことを。あいつには誰も敵わない。この島は躙され盡くされる……。

「ナトリ、あの人たち……」

フウカも腕を庇いながら低い態勢で起き上がった。地響きが移しているのをじる。モンスターは明かりの方に狙いを定めたようだ。

村人を囮に使えばグレートアルプスの不意をつけるだろうか……。

「……っ、いや……」

「ナトリ」

「フウカ、モンスターの先回りをして町の人間とグレートアルプスの間に割り込む。迎え撃つんだ」

「うん、わかった」

「反対しないの？ かなり無茶なこと言ってると思うけど」

「……しないよ。ナトリの言うことはいつも正しいもん」

そう言ってフウカは痛みを堪えながらしだけ笑う。彼の笑顔にはいつも救われる。それだけで気分が楽になる。

正しいことばかりじゃない。現に波導の訓練ではフウカに間違ったやり方を勧めてしまった。それでも俺のことを信じて付き合ってくれるというのなら引き下がるわけにはいかないだろう。

彼は自と、俺のに手をばし當てる。フウカの瞳が薄紅に輝き、の痛みが引いていくのがわかった。フウカの治癒波導のおかげでなんとかくことはできそうだ。

「俺たちはエルヒムにクレッカの命運を託された。それはあいつらの命だって含んでる……。同じなんだ、きっと。姉ちゃんやおばさんを守ることと、クレッカや住民を守ることは。どっちもやらなきゃ意味がない」

「そうだね」

クレッカのあるべき姿。それを破壊しようとする漆黒の脅威。それを打ち倒すことが全てを守ることに繋がっている。

俺たちは草むらから立ち上がった。離れた場所を燈りに向かって疾走する二つの黒い塊が見える。グレートアルプスと、アルノーの群れ。

俺の手を握ったフウカは素早く飛び上がり、燈りの方へ向かって飛ぶ。

「フウカ！　なんとしてもここであいつを止めるぞ！」

「うん！」

「ほんのしでいい。グレートアルプスの突進をけ止めてほしいんだ。……できる？」

「わからない……。だけど、失敗したらみんなを守れないんだよね？」

フウカは真剣な顔で真っ直ぐ前を見て言う。

「ナトリは私が絶対に守る。死なせたりなんかしないんだから！」

「……頼む。信じてる」

フウカは素直な格だから、何を考えているのかストレートに伝わって來る。心の底から俺を守りたいと思ってくれていることが伝わり、俺は確信する。フウカが守ると言ったのなら、足止めは出來る。その意志を信頼し、命を託す。

町の人間達の燈りに向かって一直線に驀進するモンスターを追い越し、いち早く燈りの元へ追いつく。

すでに町人達は巨大なモンスターに怖気づいて町へ向かって逃げ始めていた。彼らの飛ぶ速度はフウカほどではなく、簡単に追いつくことができた。

最後尾でランプを揺らしながら逃げう小柄な影が、飛ぶのに失敗したのか無様に地面に転がった。

他の村人はそれに気づいてもおらず悲鳴をあげながら町の方へ逃げていく。ただ一人、転げた人を助け起こそうと戻って來る一名を除いては。

俺たちは燈りのすぐ近くに降り立つ。転がったランプの側で頭を抱えて、がくがくと震え蹲っていたのはネコのコビィだった。恐ろしさのあまりクリームの尾のが逆立ったまま直している。コビィを助け起こすべく戻ってきた村人の顔が燈りに照らされる。

「イヴァ……」

「あ？！　お前ナトリか？　なんでこんなとこに……！」

もしかして、討伐隊か。町でそういう話が持ち上がっていたはずだ。

山でモンスターを討伐した帰りなのか、異変をじて町からやってきたか。どっちでもいいけど今こいつらに構っている余裕はない。

無視してモンスター達の方へ向き直る。グレートアルプスの漆黒の巨はもうすぐそこまで迫っていた。フウカの背後に回り込んで彼の肩に手を置く。

「頼むフウカ……！　島を、クレッカを、俺達を守ってくれ……！」

「止めてみせる。もうナトリに怪我はさせないよ」

肩から手を離し、フウカの隣に一歩下がって立つ。下ろした両手の中に王冠《ケテル 》を現し、しっかりと握る。

作戦は至ってシンプルだ。フウカが障壁《ウィオル》でグレートアルプスの突進を食い止める。フウカが奴を食い止めている間に俺が王冠で攻撃を放ち怪の息のを止める。

シンプルだけど失敗したら今度は死ぬかもしれない。俺たちが死ねばクレッカの住民もかなり死ぬだろう。フウカがグレートアルプスの突進に耐えられなければ失敗。俺の王冠で奴を仕留め損なっても失敗だ。

勝算は低いように見える。だけどクレイルも言っていたように波導にとって大切なのは強い意志の力だ。それは必ず俺たちの活路を開いてくれると信じている。守らなければならないものを強く心に思い描く。

「……おい、おめーら！　死ぬぞ！」

雑音は最早耳にらない。グレートアルプスは前傾姿勢をとった。二度も見た突進の構え。怪の後ろ足付近が発し、巨大な巖石のような黒塊が驚異的な速度で駆け抜けてくる。

風が渦巻き、フウカの周辺の空気が揺れくように震える。視界を覆い盡くす暴力の化はすぐ目の前に迫る。

「ごめんね。でもあなたの好きにさせちゃいけないの……！

みんなを守って――――！　『障壁《ウィオル》』！！」

フウカがばした手の先に眩しいの盾が現れる。は空中で目まぐるしく回転し、大きさを増していく。そしてさらに、それに重なるようにもう一枚の障壁が生みだされた。

彼の覚悟がこもった詠唱に呼応するように現れたのは、二重の波導障壁だった。

「これは……っ！」

おそらく障壁《ウィオル》の上位、重障壁(オル・ウィオル)。

重なり合う二つの障壁は、漆黒の全砲弾と化したグレートアルプスの激突を真正面からけ止めた。

島中に響き渡るような轟音が衝撃波となって足元を駆け抜ける。

フウカの波導は激しい火花を散らしてグレートアルプスの突進を確かに食い止めた。

バキン、と重い音が響く。突進の衝撃に耐えきれず一枚目の障壁が砕した。

だが、この一瞬の時間さえ稼げればそれでいい。フウカにんだのはそれだけだ。後は俺の役目。

波導障壁がグレートアルプスをけ止めた瞬間、薄紅に輝く瞳でモンスターを見上げるフウカと障壁の間に割り込む。聳え立つ巨を仰ぎ見るように両手で王冠を構えた。

この巨大なモンスターにも急所はあるはずだ。例えば全に活力の源であるを送り出すための心臓。クレッカで暮らす者として、そこに生息するモンスターの知識はある程度持っている。

アルノーの場合は郭部、左寄りのの位置に心臓が存在する。それは、上位種であるグレートアルプスだって同じであるはず。

「うおおおおおおおっっ！！！！」

気持ちを、覚悟を、守る意志を、心の力である煉気(アニマ)に変えてありったけ王冠に注ぎ込む。

やり方なんてわからない。それでも杖は、まるで俺のから力をこそぎ引きずり出すように吸い取っていく。そのまま俺は引き金を引いた。

王冠から青白く太いの奔流が放たれた。はフウカの障壁の脇から、グレートアルプスの厚い板に突き刺さる。を抉り貫き、夜空へびた青の柱は引き金から指を離すと消え去った。

フウカの二重障壁も燐に還って消滅し、後にはに大きな風の開いたグレートアルプスの巨軀が俺たちを凝視しながら立ち盡くしていた。

やがてそれはぐらりと大きく傾き、草原に大きな音を立てて倒れ込んだ。

月明かりの中、倒れた群れの長の姿を認めたアルノー達が蜘蛛の子を散らすように森や山へ駆け戻っていくのが見える。

俺はこれ以上を支えることができずに座り込んだ。

「やっ……た」

「ナトリ！」

駆け寄るフウカを見上げて笑う。

「やった、な……フウカ！」

「守ったよ。島も、みんなのことも！」

「俺は、疲れた……。牧場に戻ろう。悪いけど、引きずっていってくれ、ないか。もう一歩もけ、ない……」

フウカの手に摑まってよろめきながら立ち上がる。膝がガクガクして立ち上がるので一杯だ。バランスを崩せばすぐにでも転倒する。まだ意識があるのは特訓の賜か……。

「お、おい……！　今のは……」

笑う膝に力をれてイヴァとコビィの方を向く。信じられないものを見たような顔だ。こいつらのこんなに間抜けな顔、初めて見たな。コビィは餅をついたまま放心している。

「……行こう」

「うん」

奴らを置いて、俺たちは言わぬ死骸となったグレートアルプスの傍らから飛び去った。

手に力はらないけど今はフウカがしっかり俺を摑まえていてくれる。

彼に任せての力を抜いても大丈夫だろう。

草原に転がったフィルランプに照らされる二人と、グレートアルプスの亡骸は次第に遠のいていった。