「おはよーナトリ」

目の前の座席に座るフウカの笑顔が目にる。

「……おはよ」

俺の隣には既に起きていたクロウニーが座っているが、ディレーヌの姿はなかった。

「朝の支度中さ。の子は々大変らしいから」

あくびをかみ殺して寢ぼけ眼をこする。窓の外に目をやるともうすっかり明るいが草原を鮮やかに照らしていた。

「あれがトレト運河かー……」

「そう、あれがガストロップスで最も大きな河川と言われるトレト運河だ」

鉄道はプリヴェーラまでこの運河に沿って走るそうだ。プリヴェーラは河の中にある一風変わった都市として東部では有名な町だ。またの名を清流の都。東部人が憧れる都會で、しいと評判の街。

「プリヴェーラではエアリア錬が盛んだって聞いたことがある」

「イストミルでも水の屬《エモ》を持つエアリアの質は最高水準さ。街中いたるところに工房があると聞くし、エアリアを仕れるためにプリヴェーラへ來る者も多いんだ」

クレイルもプリヴェーラを拠點にしていると言っていた。浮遊船でお世話になったガルガンティア波導士協會もここにあるみたいだし、士にとってフィルに濃い屬が含まれる土地は恩恵が多いんだろうか。

「エアリアに興味があるのかい？　この列車にもプリヴェーラ製の特殊なエアリアが使われているんだよ」

「エアリアってなに？」

フウカが質問を挾む。彼の髪はところどころ跳ねていたので、網棚に乗せた鞄を探ってアメリア姉ちゃんからフウカ用にけ取った櫛を取り出す。クロウニーの話を聞く勢でいるフウカの、寢れた髪を梳かしてやる。

「そうしていると、本當の兄弟みたいだね」

一連の流れを見てクロウニーは可笑しそうにしていたが、フウカが興味津々なのを見て取り語り始めた。

「エアリアというのは、発掘される鉱石などから錬によって不純を取り除き、フィルの純度や屬の質を高めたものだよ。君も一度くらい見たことあるだろう？」

エアリアは工房で職人の手によって作られる。フィルには々な屬が備わっていて、製することによってその質を引き出したり組み合わせたりできる、らしい。

士の使う杖には大エアリアが嵌っているし、クレイルの持っていた杖にも波導を増幅するための真っ赤な火のエアリアが使われていたっけな。

エアリアは日常生活にも使われている道だ。高い出力を必要とする刻印機械《エメタル》などには力としてエアリアを使う。エアリア式焜爐みたいな専門的な調理や、俺が王都で使っていた空機などはスロットにエアリアを裝填してエネルギーとしている。

クロウニーはわかりやすくエアリアについてフウカに講義していた。

「エアリアと刻印回路の発見は世界に技革命をもたらしたけど、それを利用して作られる刻印機械は兵として戦爭に使われるようにもなった。暮らしをかにするはずの発明が世界を灼き、人々を死に至らしめたんだ。……皮なものだね」

どこもかしこも戦の絶えなかったという舊世紀の話か。

フウカは神妙に頷いていた。暗い話題になりそうなところにディレーヌが通路から現れた。

「おかえりデリィ」

「あなた達も起きたのね。おはよう。……なにしてるの？」

俺はさっきからクロウニーの話を聞くフウカの髪を梳かしている。フウカはされるがままだ。

「何って、髪を梳かしてるんだ。おばさんにもなりに気を使えって言われてるのに自分じゃ全然やろうとしないんだよ」

「そう……勿無いわね。すごく可いのに」

ディレーヌはボソッと呟いて座席に落ち著いた。俺たちは揃って朝ごはんを取り出して食べ始める。

日が昇り、トレト河の川面にのがきらきらと照り映え始めるころ、河向こうにうっすらと小さく建の影が見え始めた。いや、河向こうというより河のど真ん中か。

ガストロップスの大地を流れるトレト運河。いくつもの流れがここプリヴェーラ上流で一つに合流する。河を下って船で運ばれた資は直接街へと運び込まれる。運河は多くの船が行きい、易で賑わう大都市の雰囲気をじさせる。

列車は次第に向こう岸すら見えない巨大河川に近付いてゆく、巖石を削り出して作られたような石組みの白い架橋が見え、列車はその上を走ってゆく。俺とフウカは窓からを乗り出すようにして流れていく風景から目が離せない。

「すごーい！　水の上を走ってる！」

フウカが興した聲を上げる。

「街が見えてきたね」

橋の上を突き進む列車の先に、青空と清流をバックに立ち並ぶ白い街並が見えてくる。今風の民家や商店に混じって屋の尖った高い塔やドーム屋の大きな建も見える。

それらは河に沈んでいたり、浮いていたりもする。列車が街に近づくにつれ、付近の川面を並走する貨船や商船の姿が増えてきた。

「皆、この先の水路から街にろうと船を進めているんだ。大水門が見えてきたろ？」

進行方向に、河中に建つ白く大きな門が見える。古びた建造だが凝った裝飾が施され、なかなかに迫力がある。何隻もの船が同時に通れるほどの巨大さだ。

列車はそこにまっすぐ続く高架の上を走り、アーチをくぐって列車用に拵えられたトンネルにっていく。辺りが暗くなり、橋の両脇に立ち並ぶ白い像が燈に照らされたトンネル部を進んでいく。

トンネルを抜けると視界がで満たされた。街の大水門を抜けた先には白くしい街並みが広がっていた。

「わあー……！」

列車は幅の広い大水路の真ん中に敷かれた高架の上を走っていた。見下ろせば、とりどりの貨船や商船、人を乗せた小型の舟が行きう。水路沿いにならぶ白い建は歴史をじさせる古めかしく凝った造りが多い。大水路から小さな水路へといくつも枝分かれしていく様は、街の複雑さを窺わせる。

「プリヴェーラはトレト運河の上にある街だから、移するためにも水路が使われるんだ。暮らしと共に水がある。清流の都と云われる所以さ。デリィも気にった？」

「もちろん。憧れの街ですもの」

確かにこの街には水が多い。浮遊街區や木の生い茂る空中庭園が無數に浮かんでいるのが見えるけど、そこからとめどなく水が溢れる滝のような水の柱が見える。多分あそこにはトレト河から産出した巨大な水のフィル結晶が據え付けてあるのだろう。他の街では見られない獨特の景観だ。

中でも街の中心部に浮かぶ大きな街區の上、街の一番高いところにある巨大な水の結晶はとても象徴的でぼんやりと青いを放っている。その巨大結晶を伝って大量の水が下の街區へと流れ落ちている。

あの結晶から直接溢れ出した、水の屬を多量に含んだ清水を使ってエアリアを錬しているんだろうか。

「ナトリ、あれ見て！」

「ん、……なんだあれ？」

巨大結晶の周囲を回遊するみたいに、浮遊街區の上空をゆったりと飛んでいく白い龍の姿が目にる。とても大きい。

「モンスター？！」

「ぷっ」

斜向かいに座るディレーヌが吹き出した。俺は虛を突かれたような顔になる。

「ははは。ナトリ、あれはモンスターじゃない。ここプリヴェーラのエルヒムだよ」

「え、エルヒム？」

二人に笑われどことなく居心地が悪い。不満げな顔をしているとクロウニーが説明してくれた。

ここプリヴェーラでは街の神様は常に結晶の近く、街の上空を浮遊していることが多いらしい。フラウ・ジャブ様という立派な名前も持っていて、高い場所からいつも街の人間達を見守ってくださるそうだ。

同じ土地神様でも、人前に姿を現さない恥ずかしがり屋のクレッカ様とは隨分違う。エルヒムにも々いるんだなぁ。

「フウカ、スカイフォ(世界)ールは広いな」

「ほんとにね」

列車は徐々に速度を落とし、街の中心にある白い石造りのきれいな駅に到著した。荷を持ってガラスのはめ込まれた窓が並ぶホームへ降りる。四人でエントランスホールまで歩き、二人とはそこで別れた。

別れ際も爽やかなクロウニーは、さっさと先に行ってしまった今朝も微妙に不機嫌な彼のご機嫌を取ろうと慌てて後を追って行った。

ディレーヌはずっと機嫌が悪そうにむくれていた。もうし想が良ければもっと魅力的に見られるだろうに。

「さあ、俺たちも行こうか。とりあえず今晩泊まる場所を確保して荷を下ろそう」

「うん！」

プリヴェーラの街中に降り立った俺たちは、明るく輝く水音の響く駅前通りへと足を踏み出した。