《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第47話 占い

プリヴェーラの地理を覚えるためにも俺たちは歩いて宿に戻ることにした。水路脇の通路は思ったよりも立的にり組んでいて道が分かりづらく、途中で道を間違えたのか狹い路地に迷い込んでしまった。

路地を二人で進んでいると、前方に椅子に座って路地の壁にもたれかかる人が目にった。人の前にはボロい木の卓が置かれており、行商でもしているようだった。

だがこの路地はお世辭にも人通りが多いとは言えない、狹く薄暗い細道だ。

近づくにつれ、その人がかなり怪しげな格好をしているのが確認できた。をすっぽりと暗い紺のローブに包み、頭には布を巻きつけてフードのようにしている。さらに顔も、真ん中で白と黒に別れた不気味な仮面に覆われていて一切素出していなかった。

怪しすぎる。いざとなったらすぐに逃げられるように、俺たちは足早にそいつの前を通り過ぎようとした。

「そこの年」

話しかけてきた。無視だ。足を止めることなく行き過ぎようとする。

「ちょ、待って! 怪しい者じゃないよー?」

不気味な聲音で語りかけてきたかと思えば、今度は妙にけない聲で俺たちを引き止めようとする。構わず行こうとしたが、フウカは立ち止まった。

「ねえナトリ。お話聞いてあげない?」

俺は慌ててフウカに耳打ちする。

「あんな怪しいヤツと関わり合いにならないほうがいいって、絶対。都會の怖さ、王都で散々味わったろ?」

仮面の男が両手を広げながら弁解する。

「まあこんなナリしてたら當然そう思うよな……」

興味を持ったらしいフウカに折れて、渋々俺たちは男の前に戻った。

仮面の男の前に置いてあるボロい木箱の上には紙の札束のようなものが載っているだけだった。

「お嬢ちゃん優しいね。気にったよ」

「俺たちに何か用ですか。今急いでるんですけど」

「まあ大した用じゃないんだけど。ちょっと気になったから占ってしんぜようと思ってさ」

「占い師なんですか」

「違う」

仮面の男は即座に否定した。

「えぇ……」

「これは俺の趣味。だからお代もいらない。あ、でも結構當たるって評判だから心配しなくていい」

男は不気味な仮面の下で笑ったようだ。限りなく怪しい。道楽で占い? こんな寂しい路地裏で。ちょっとでもおかしなきをしたら逃げ出そう。

「……じゃあフウカ、タダらしいし占ってもらいなよ」

「占いってどんなのかな。楽しみだな〜」

「ああ、ゴメン。君は占えないや」

「ええっ!? そんなぁ」

フウカががっくりと落ち込む。あんたが占わせろって言ったんだろ。

「ごめんね。占う人は自分で決めてるのさ。僕が占うのは君だ年」

「はあ……」

占う対象を自分で決める占い師なんて聞いたこともない。橫暴な占い師、もとい占いが趣味の怪しい仮面の男は木の卓の上に置かれた札の束を一枚ずつ手に取って卓に広げていく。

「君たちはタロットカードって知ってるかな?」

「聞いたことない」

「出たカードの絵柄で運勢を占うんだ。……実は僕もあんまり詳しく知らないんだけどね」

「楽しそう!」

最近の東部じゃそんな変わった占いが流行ってるのか。フウカは妙に乗り気で、卓の橫から男が札を配るのを興味津々で眺めている。ていうか、趣味なのによく知らないってどういうこと?

「よし準備ができた。さ、小年。この中から好きな札を一枚選んで」

「じゃあこれを」

適當に一枚の紙片を指差す。男がそれをめくり、表にして卓に置いた。その絵札には男の図版が描かれていた。逆さまの男だ。片足首を縄で縛られ、宙に吊るされている。

「ほうほうほう、ふむふむふむなるほどね」

フウカが目を輝かせるようにして男の言葉を待っている。俺も若干呆れながら待つ。

「これは『吊るされた男(ハングドマン)』のカードだ」

「吊るされちゃってる。この人何か悪いことをしたのかな」

「多分ね。何かの罰としてこうなったんだろう」

「……でも、描いてある男はあまり悲しそうな顔じゃない」

絵柄を見た素直な想が口をつく。

「なかなかいいところに気づくね。もしかするとこの男は、自分への仕打ちをある程度れているんじゃないかな。

見ようによっては己の現狀を仕方のないものとしてけ止めている。罪の意識、自業自得、自らへの罰……君も、自分自に課された苦難をれているのか?」

「…………」

罰だと。俺がドドであることは罰なのか。何も悪いことをした覚えなんてないのに。人違いもいいところだ。俺たちを生み出した神様にでも不當な罰だと訴え出た方がいいかもしれない。

「だけど、悪いことばかりでもない。この男はその罰に真っ向から立ち向かっているようにも見えるじゃないか。これは言わば試練だ。大きな試練に挑むために必要な努力や心構え、覚悟を厭わないとても人間らしい姿勢だと言えるな」

「試練、ですか」

「もしかしたら、君のにはこれから大変な災難が降りかかるのかもしれない。でも君の中にはそれを乗り越えるための覚悟や、強固な意志が眠っている……ってことをこのカードは示しているのかもしれないな、年」

災難ねえ。それならもう十分に経験している。最近何度死にかけたことか。これ以上何かあるなんてさすがにが持たない。

「ところで、このカードは俺の方からはこういう風に見えるんだ」

男はいかにも愉快そうに、絵札をくるりと回して逆さ向きにする。描かれた男も逆向きになり、宙に飛び上がる浮かれた男のような構図になった。

「あはっ、変な格好」

「見方を変えればこれは道化師だ。のまま騒いで、絶対に何かやらかす」

「つまり?」

「そうだなぁ、この図が示唆するところはつまり、好き勝手にやって自滅するとか、実力を過信した結果失敗するってとこだろう。さっきの絵面よりこっちの方が怖い気すらあるな。ポカはポカでも、時に命を失うやらかしだってある」

仮面の男はくくく、と気に笑った。

「同じ絵柄でも見方に寄って解釈が変わる。そういうところも面白いだろう?」

仮面の男は何が面白いのか一人で低く笑っている。あんたの方がよっぽど怖いんだけど……。

実力を過信するほど、俺には大した力なんてないぞ。力のない者が自分を過信するなんてことがあるだろうか?

「この『吊るされた男』のカードは一見不吉なものにしか見えないが、そう悪くもないよ小年。君には試練が課されている。それはとてもとても大変なもので、並大抵のことでは押しつぶされてしまうだろうな。けど、君はそれを乗り越えるために一番大事なモノはもう持っている。

試練は苦難を伴うが——、乗り越えれば大きな恩恵が得られるものだ。耐え忍び、切り抜けることができれば自らを長させることができるだろう。君の前途にはぜひとも期待したいところだね」

「……はあ」

俺たちの間に沈黙が降りた。路地は靜かで、離れた場所から何処かの扉が開閉する音が聞こえる。

「なんてね。『吊るされた男(ハングドマン)』が象徴する君の運勢はこんなじかな。占いって面白いだろ?」

「一枚の絵からそんなに々なことがわかるんだねー」

事っていうのは様々な見方ができるものなんだよ、お嬢さん。何でも無い事の中にこそ啓示は隠されている。例えばカードの絵柄とかにね」

「ふーん……」

「ま、所詮は占いさ。當たるも八卦當たらぬも八卦というやつだな」

「はっけ?」

趣味の絵札占いが終わり、俺とフウカは仮面の男の元を去った。危害は加えて來なかったけど、最後まで得の知れない奴だった。

ふと、振り向いたらもういないんじゃないかという気がして路地を振り返った。

男は普通に先ほどと同じ場所に座ってだるそうに壁にもたれていた。數秒かけて俺の視線に気づくと、を起こしてこちらに手を振ってきた。俺は前に向き直り、歩き去った。

謎のエセ占い師に捕まったせいで宿に帰りついた時にはもう日が暮れかけていた。

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