《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第49話 狩人
「あの、失禮ですがお名前を伺っても?」
「ナトリ・ランドウォーカーです」
「ランドウォーカー様、一この紫水晶(スタークリスタル)をどちらで?」
付嬢は妙に落ち著かない様子を見せ始める。どうしたんだろう。
「この前倒したモンスターから出てきたんですよ」
「た、倒したっ!? 本當に?」
「あ……、はい。相棒と二人でですけど」
彼はし落ち著きを取り戻す。
「なるほど、狩人のお手伝いをされたんですね」
「とどめを刺し損ねてたら死んでましたね……。危なかった」
あの時は本當に怖かった。狩人をやるならあんなのと常に戦わなきゃならないってことなんだろう。
「あの……、ちなみに討伐なさったモンスターは?」
「グレートアルプスってやつです、多分。あの黒くてでっかい」
「ぐ?!」
この人、さっきから妙な反応するけど大丈夫かな。付嬢はカウンターにおかれた紫水晶を薄手の手袋に包まれた両手で慎重に持ち上げると様々な角度から眺め、再び置く。
そしてこちらを向くと品定めするように俺の目を見つめてきた。俺も思わず彼の目を見返してしまった。そのビン底のような分厚いレンズの奧できらりと青い瞳が怪しい輝きを放ったような気がした。
「……ランドウォーカー様、そのグレートアルプスはどれくらいの大きさでした?」
俺は彼に建の柱や天井を目安に大の大きさを伝えた。
「大きいですね……。明らかに。そんなに巨大なものは聞いたことがありません」
「えっ、グレートアルプスってみんなああいうのじゃないんですか?」
「確かにグレートアルプスはスターレベル3相當の強力なモンスターにカテゴリーされますが……、ランドウォーカー様の遭遇した個は最早レベル4に迫る巨と脅威度ですよ。通常のグレートアルプスを討伐しても、ここまで大きな紫結晶(スタークリスタル)は出ないでしょうから」
クレッカで異常発生したのは通常個の大きさを遙かに上回る強力なものだったのか。あれを放置したら本當に島が壊滅してたな……。レベル4に近いなんてもはやどうにもならないじゃないか。
「ランドウォーカー様、先ほどの発言は取り消させてください。あなたが実力によってこの紫水晶を得たのであれば、もはや狩人としての素質がないとは言えないでしょう」
「え、本當ですか?」
「はい。私の経験に誓って。レベル3以上のモンスターは素人がどうにかできるものではないのです。遭遇すればまず無事では済みません」
彼は力強く言い切った。
俺にできるだろうか? 王冠《ケテル》の力を使えば、狩人としてやっていくことが。グレートアルプスだってフウカの力に頼った部分が殆どだ。
狩人ならば、他人に後ろ指をさされながら窮屈に仕事をする必要も無い。無理に他人に合わせて働く必要なんてない。俺自ができることを、自分のペースでこなすことができる。
思わず拳を握りしめる。覚悟は必要だ。でも……やってみたい。王冠の力を、もっと引き出せるようになりたい。
「ですが過信はです。慣れないうちはレベル1のモンスターを討伐するようにしてください。本館二階にはプリヴェーラ周辺區域に生息するモンスターの資料が揃っていますから、それを閲覧してどうか予習をしてください。狩人の必需品もお教えいたしますので、討伐に向かう際には念りな準備をお願いします」
「分かりました。狩人、やってみようと思います」
「私の名前はトレイシー。今後もサポートを務めさせていただきます。以後お見知り置きを。実力ある狩人を目指して頑張ってくださいね」
「はい!」
紫水晶をその場で換金してもらい、初心者狩人の心得を聞く。早速二階でめぼしい周辺モンスターの報を用紙に控えた後俺はバベルの建を後にした。
グレートアルプスの紫水晶はなんとたった一つでエイン銀貨五枚ほどにもなった。結構な大金だ。
モンスター討伐の準備も整えることができるし、宿代やら市民稅やら出費の嵩む今これはかなり嬉しい。
アドバイスをもらった必需品を街の武店などで揃えると、俺は意気揚々とフウカの待つ宿の部屋へと急いだ。
§
安宿の狹い部屋に置かれた、これまた狹いテーブルの上には所狹しとパンやら焼き魚やらが置かれている。
俺とフウカはそれを挾んで額を突き合わせながら雑多な夕食を胃に落とし込んだ。それにしても量が多い。この夕食はフウカが外で買ってきたものだ。
腹を満たしながら互いに今日の出來事を報告し合う。フウカは街を見て回っていたそうだ。俺の言った通り、興味のある仕事を探していたらしい。
「ここはエイヴスとも、クレッカとも隨分違ってるね」
「うん。本當に獨特な雰囲気の街だよ。詩人とか蕓家が多いっていうのもわかる気がするな」
「夕方ディレーヌに會ったんだ」
「へえ、列車で一緒だった人だよね。すごい偶然だ」
「レストランで働き始めるみたい。それでね、私も一緒にどうかって」
「へえー、ウエイトレスさんか。フウカも興味あるの?」
「うん、やってみたい。明日ディレーヌがそのお店に連れてってくれるんだー」
「そんなことになってたんだな。仕事は大変だけど學べることも多いと思うし、いいんじゃないかな」
フウカがレストランで仕事か。どうなるか分からないけど彼もこの街で前に進もうとしている。だったら応援してあげないとな。俺も明日から頑張らないと。
俺の方は仕事を全て不採用になった挙句、バベルに辿り著いて狩人《ニムロド》をやることになった経緯を話した。
「モンスターと戦うの?」
「そ」
フウカが不安そうな顔をする。
「また……怪我する?」
「そうならないように気をつけるつもりだけど……多分」
普通の仕事に応募して斷られるのはもううんざりだ。狩人になって、稼いで、ドドでもやれるんだって事を証明してやる。晝間に面接で散々舐められたせいで俺は半分ヤケになっていた。
「あんまり無茶しないでね」
安全第一。命最優先。今俺が死んだらフウカは一人になってしまう。
フウカにグレートアルプスの紫水晶が5エインになったことを伝えた。半分は彼に預けようと思ったのだけど、自分では持っていても無くすのが怖いから預かっていてほしいと言われた。
俺だって大金を持ち歩くのは不安だ。セキュリティ皆無の安宿に置いておくのも危ないし、銀行の利用を考えるべきかもしれない。
「明日からは二人ともお仕事だね」
「ああ、頑張ろうな。調査にも時間がかかりそうだし、やっていけそうなら稼いだお金でどこかの部屋を借りたいね」
「私、頑張るよっ!」
やる気溢れるフウカが頼もしい。テーブルの上に広げた料理を片付けると俺たちはそれぞれ明日の準備を始めた。
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