《スカイリア〜七つの迷宮と記憶を巡る旅〜》第53話 シャーロット
宿に帰ると、なんとフウカは夕食を用意したまま待ってくれていた。何も伝えていなかったから俺は普通に帰ってくると思っていたんだろう。
部屋の扉を空けるとすぐにフウカの若干不安げな顔が目にる。彼をほったらかしたままつい騒いでしまった。開口一番に遅くなってしまったことを詫びる。
「よかった。戦いで怪我でもしたんじゃないかって思ったから」
そう言うとフウカは安心したように笑った。罪悪をじる。
「ナトリが帰ってきてからにしようと思ってたんだ。食べよ?」
「うん。待たせちゃってごめんね」
俺は既に酒場で夕食を食べていた。フウカの気持ちを踏みにじるわけにもいかず、天で買ってきてくれた食べを次々に口へと運んだ。
お互い別々の時間が増えることで、生活にもズレが生じる。狩人は就業時間があるわけじゃないし、今日みたいに遅くなることも多いだろう。夕食も今後は別々にしたほうがいいだろうか……。
「明日は休息日になったんだ。フウカの様子見に行くから」
「本當?! ナトリが來るなら、明日は失敗しないようにしないと!」
個人的には明日にもまた狩りへ出られるくらい余力はあったし、一人で行ってもよかった。でもフウカとは今週ずっと別々だったし、たまには心とを休めるのもいいだろう。焦らなくてもモンスターはどこにも行ったりしないんだから。
§
翌日の晝近く、俺はフウカの働く西區のレストランの前に立っていた。
レストラン『シャーロット』はクラシカルな裝を売りにしたお灑落な店だった。プリヴェーラの話のような街並みにしっくりと馴染んでいて、店はもちろん客で賑わっていた。
重厚な木の両開きの扉を開けて店にると、チリンチリンとベルが鳴って早速近くにいたウエイトレスが寄って來る。
「いらっしゃいませ。お席にご案いたします。こちらへ……って君、ナトリ君じゃない。もしかしてフウカの様子見に來たの?」
寄ってきたウエイトレスは數日ぶりに會うディレーヌだった。
「どうも。話は聞いてるよ。今日は休息日でさ。一度來てみたかったんだ」
「そうなの。ご來店ありがとうございます」
「フウカが世話になってるみたいですごく謝してる」
「まあね。あの子全くの未経験だし……。まあなんとかやってるわよ」
半分は社辭令のつもりだったけど、否定されないところを見ると本當に世話になっているらしい。し心配になる。
「おーい、ナトリ」
ディレーヌの案で奧へ進むと聲をかけられた。店で聲の主を探すと、窓際の二人席にクロウニーの姿を見つけた。ははあ、クロウニーも休日に婚約者の様子を見に來たってわけか。
ディレーヌがこっちを振り向いてクロウニーを指し示すのに頷く。俺も彼が座っている席へと案された。
「やあナトリ。君も來たか」
「はは、考えることは同じだな」
クロウニーはグレーがかった長めの前髪に窓から差し込む明るい晝のを反させ、にこやかに笑った。こいつはいつ見ても爽やかだな。俺は対面の座席に座った。
「話には聞いてたけど、結構ちゃんとした店だ」
「うん。この格調高さが売りらしいからね」
今の俺ならこんな店にっても余裕を保っていられる。お金って大事だ。
「お、來たよ」
「?」
クロウニーが示す方を向く。こちらへと歩いて來ていたフウカが俺たちのテーブルの前で立ち止まった。
「フウカ……」
ディレーヌが著ていたので店の制服はもう目にしていた。
シャーロットの制服は伝統的な、貴族に仕えるための一般的な使用人の制服を元にデザインされたものだった。白と黒を基調とした合いで、黒いワンピースに白いエプロンやカチューシャ、裾についたフリルが特徴的だ。
しかし、イメージにあるような古めかしさは消え、かなり大膽なアレンジが加えられている。
足首までのロングスカートは膝まで短くなり、長袖もばっさりと切られて二の腕が出するまで短くなっている。ありていに言えば出度が上がっている。
厳格な使用人、というよりはどこか快活さと若さが垣間見える非常にファンシーな裝いだ。ていうか店はこんだけクラシック調なのになんで制服はちょっとエッチなじなんだよ。
しかし、モノトーンの制服にを包んだフウカは特徴的な髪と瞳がより際立ち、どことなく子供の著る服を思わせる著丈の短さは彼の一種獨特な魅力と、こういっては難だが妙な背徳を引き出していた。
「いっ」
「い?」
「いらっしゃい、ませ……。ご、ご注文……、は何にいたしま、ま」
表が強ばっている。張しているようだ。俺に対してですらこれか。
「フウカ、メニュー表」
俺は小聲で囁いた。
「あっ! ごめんナトリ……。はいこれ……」
俺とクロウニーはフウカが慌てて差し出したメニュー表を苦笑しながらけ取り注文を伝えた。
「で、ではっ、しお待ち、待ってて……」
「頑張ってフウカ」
「うっ、うん」
フウカはぎこちなくメニュー表を抱えて奧へ戻っていく。仕方ない、彼には接客どころか労働の経験すらないんだから。
「大丈夫かな……」
「ははは、初々しいよね。彼、働くのは初めてなのかい?」
「うん。まったく経験なし。そもそも記憶がないから……。うまくやっていけるかなぁ」
「ナトリは過保護だな。デリィもフウカちゃんを気にかけてるみたいだし大丈夫だよ。そのうち慣れるさ」
「そんなもんかな」
「それにしても彼、とても可いね。客にも結構人気がありそうだよ」
「ぬっ、クロウニー、貴様まさか!」
「ははっ、そんなことを考えていたらデリィに毆られるだけじゃすまないよ」
「そうかそうか。でも確かに可いなぁ」
お金に余裕ができたらフウカにもっと可い服とか買ってあげないと。年頃のの子ならおしゃれを楽しみたいと思っていても不思議じゃない。今は々と我慢させているからな……。
クロウニーがこっちを見て唐突に聞いた。
「ナトリは本當にフウカちゃんとは仲じゃないのかい?」
「うん。違う」
「同じ部屋に暮らしているのに」
「うん」
「やっぱり不思議だなぁ、君たちの関係は。普通だったらあんなに綺麗な子が近にいたら放っておく男はないと思うけど」
「フウカはあんまりとかに興味ないんだよ。なんていうかもっとこう……」
「もし、フウカちゃんに人ができたらナトリはどうするんだい?」
「えっ」
そんなこと全く考えたことがなかった。フウカは記憶喪失の関係から多分に関すること自よくわかってないんじゃないかと思われる。しかし、もしどこぞの男から付き合ってくれと言われれば興味本位で首を縦に振るかもしれない。そこそこ知れた仲であれば尚更可能は否定できない。
「それは……」
「君は黙って引き下がる?」
「その男がいい奴で、フウカのの上をしっかり考えてくれて、フウカも頼りたいって思えるような強い奴なら、俺は……」
「はははっ」
「笑うとこ?!」
「いやごめん、ついね。だってそれってナトリ自のことじゃないか」
「ええっ……? そんなことは」
「でも、それが今の君たちにとって自然な関係なのかもしれない。人間関係なんて人それぞれ、全然違うものだから。枠に押し込めようとする必要なんてないよね」
フウカは俺のことをどう思っているんだろう。俺は単純に、彼は寄りがなく不安な狀態だからこそ俺を信頼し、側にいてくれてるんだと思ってる。そうでなければ俺のような人間は……。
フウカが心の底から安心できる場所を見つけるまで、俺なんかでよければ力になる。それでいいんじゃないのか。
「そういえば、クロウニー達はこの街に來る前はどうしてたんだ」
「僕たちはね、故郷から駆け落ちしたんだ」
「えっ……?」
気軽に聞いたことを若干後悔するくらいには重たい事だった。
「デリィはとある領主の娘でね」
クロウニーは婚約者との出會いを聞かせてくれた。元々彼は領主お抱えの狩人の家系で、周辺地域に出沒するモンスターから領地を守ることを生業にしていたそうだ。
とあるきっかけから領主の娘ディレーヌと流するようになり、気の合った二人はやがて互いに心を抱くようになる。
ディレーヌにやって來た伯爵との縁談を契機に、彼は二人の仲を認めてしいと父である領主に申し出たが、クロウニーはいち狩人に過ぎない。當然結婚には反対され、領主の怒りを買い、それにキレたディレーヌはクロウニーを説き伏せて勝手に二人で領地を出てきた……ということらしい。
「よくありそうな話だろう?」
「まあ、噂話なんかじゃ聞くけどさ……。結構気の強い人なんだね。ディレーヌって」
「そうだね。領主様もよく扱いに困っておられたな。とても意思の強いお嬢様なんだ」
きっとそういうところも含めて好きなんだろう。々あったようだけど、ディレーヌは貴族令嬢としての生活を捨て去ってもまんざらでもなさそうにウエイトレスをやっているし、クロウニーも穏やかな顔で彼を見ている。この二人もプリヴェーラで幸せを摑もうと必死になっている。
俺たちと似ている。そう思うとクロウニーに対してより親近が湧いた。
「僕たちのユニット、『アルテミス』はいずれはもっと強力なモンスターを討伐できるように強くなろう。必要なんだ……、資金が」
「……?」
クロウニーは忙しそうに店をき回るディレーヌへじっと視線を注いだまま呟く。そのエメラルドの瞳はどこか真剣なを湛えているようにも見えた。結婚式なんかのために々とりなのかもしれないな。
俺だってフウカや生活の向上のためにもっともっと稼ぎたいと思うのはクロウニーと同じ。
「できるさ、俺たちなら。クロウニーも、エルマーも頼りになるし。三人で戦えば怖いものなしだよ」
「そうだね。頼りにしてるよナトリ。これから三人で頑張っていこう」
そう言うとクロウニーはテーブルの上に手を差し出す。俺はその手を握り、互いに決意を新たにする。
「ナトリー?」
気合がりすぎて、握手する俺たちの隣で注文の品を持ったまま突っ立ったフウカをしばらく放置してしまっていた。
§
食後もクロウニーと駄弁りながらしばらく店の様子を観察した。ディレーヌも勤めるのは初めてだというのに、かなりそつなく業務をこなしている印象だ。元々用で要領のいいタイプなんだろう。
それに比べるとフウカはかなりあぶなっかしい。しょっちゅう注文を間違えていたり、料理を落としそうになったりしていた。
それでもめげずに毎日ちゃんと働いているのだと考えると、もっと宿では彼に優しくしてやるべきだったなと反省する。
仕事の覚束ないフウカは、なんとなく配達局にりたての右も左もわからない頃の自分と重なるようだ。心の中で強くフウカを応援する。
とにかく、店にあるとんでもなく高価な調度品を叩き割って賠償を迫られたりとか、もしくは早速同僚から嫌がらせをけているとかいうことはなさそうで安心した。
あまり長居するのもよくないので俺たちは退散することにした。フウカの働いている様子を見られてよかったと思う。クロウニーとは店の前で別れ、買いをしてから宿へ戻った。
§
「ただいまぁ」
「おかえり!」
フウカがし疲れた聲で部屋の扉を開けるのを威勢良く出迎える。
「あれっ、今日はご飯作ったの?」
「おう! フウカのために今日は廚房借りて料理したんだぞ」
「いいにおーい」
彼の橙の艶のある髪のてっぺんに手を置き、軽く叩く。
「今日はお疲れさん。フウカ、毎日よく頑張ってるんだな。見直したよ。ほら、たくさん作ったから中にって食べな」
「えへへ。ありがとね、ナトリ!」
疲れていても、彼の満面の笑みは花のように彩りに満ちていた。
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