月(レク)のに映し出されたの瞳は、きょとんとしていた。

全的に白い容姿。

対し、雪の上に赤い寶石を置いたような瞳は、注視していると吸い込まれそうになる。

開いたローブから見える生地を巻いたような奇抜な服の端が、夜風をけてヒラヒラと舞っていた。

ただ立っているだけで、堂にっている。

彼そのものが、魔法のようだった。

「ふむ……。察するに、こやつの仲間でござるか(ヽヽヽヽ)」

なんとも奇妙な言い回しを聞き、ヴォルフは気づく。

レクセニル王國より海を渡った東の向こう。

世界の果てに近い場所には、雪で覆われた大地があるという。

そこには、今の目の前にいるのような白いと銀髪をもつ異民族がおり、獨自の文化を形している。

そして、その民族は自分のことを「セッシャ」と呼んだり、語尾に「ござる」と付けたりするのだという。

一般的には「雪人(ゆきじん)」と呼稱されいるが、現地では自分たちのことをこういうのだそうだ。

刀匠(とうしょう)、と――。

辻斬りの正がであることにも驚いているのに、それが遠く東の果てにいる民族だと知り、いくら鈍い頭をもつヴォルフも、混していた。

ともかく、ひたすら集中する。

とはいえ、佇まいはまさに強者そのものだ。

本人が聞けば、さぞ反を食らっただろうが、同じであるアンリと比べても、実力は伯仲していた。

１歩を踏み出すことも躊躇してしまう。

【大勇者(レジェンド)】の加護をけてなお、ヴォルフは目の前のが恐ろしかった。

幸いにも、いまだ殺気というものをじない。

だが、こういう手合いは０から一気に千にも萬にも膂力を上げられる。

そう直が訴えていた。

「違う……」

ヴォルフは喋ることにした。

話をするのは苦手だが、ひとまず自分が落ち著く時間がほしい。

は時折、相づちを打ちながら、大人しく話を聞き続ける。

やがて――。

「ああ。やっぱり……。あの時、食堂にいた仁であったか」

「見ていたのか？」

「拙者もあの場にいたんでござるよ」

あの一件を見ていて、も腹を立てていたらしい。

灸を據えるために、給仕のために一発ぶん毆ったと、半分冗談めかしに語った。

ヴォルフは唖然としている。

あの場にがいたことなど、全く気づかなかった。

そういえば、どことなく佇まいが似ている。

【灰食の熊殺し(グレム・グリズミィ)】のアジトで會った老人と……。

「その男を懲らしめるためだけに、ここへ？」

「いいや。この男には別の用事もあったでござる。この男はＢクラスでありながら、『蛇剣使い』と呼ばれるほどの剣技の手練れでござる」

気絶した男の手には、蛇腹剣が解されたまま握られていた。

「拙者……。自分の刀を使うに値する剣士を探してるでござるよ」

「自分の“かたな”……？」

「ところで――。主も、なかなかの剣の使い手でござるな。いざ尋常に仕合(しおう)て、見てくれませぬか？」

そういいながら、は刀を鞘に納めた。

「いや、ちょっと待て！　なんか出會っていきなり――」

「なーに。心配する必要はござらんよ。拙者、辻斬りゆえ(ヽヽヽヽヽ)――」

先に飛び出したのは、雪人のだった。

馬の尾のようにまとめた銀髪が揺れる。

まさに吹雪が迫ってくるようだった。

腰に差した剣は鞘に納まったままだ。

ヴォルフもボケッと見ていたわけではない。

すぐさま、剣を抜き放つ。

いつもより覚が違う。

今さら思い出したが、今日は借りのショートソードだった。

は勢いを殺さず、とうとう鞘から剣を抜きはなった。

刀がうねるように飛んでくる。

それでも細い糸のような鋭い斬撃をヴォルフはけ止めた。

甲高い音が、鼓を貫く。

目の前で火花が散った。

速い！　そして重い！

け止めることが出來たのは、単なる偶然だ。

だが、その奇跡がなければ、首が飛んでいたかもしれない。

「やはり、拙者の目に狂いはなかった。拙者の【居合い(スキル)】をけ止められたのは、久しぶりでござるよ」

ヴォルフはふと思い出す。

雪人の固有スキルに、鞘走りを利用した【居合い】というスキルがあることを。

攻撃の威力を倍加できる技は、レベル５の稀スキルに認定されている。

「ちょ――！　ま――！」

雪人はサイドに回り込む。

逆袈裟に振り上げた。

やや千鳥足ながら、ヴォルフは捌く。

態勢不十分のところを狙って、は強引に押し込んだ。

鍔迫り合いになる。

だが、力比べなら、ヴォルフの方に分があった。

逆に押し返すと、の剣を払う。

夜の空気が震えた。

は一旦距離をとる。

攻撃が終わったのかと思ったが――違う。

が沈み込んだかと見れば、剣先を前に向けて飛び込んできた。

弾丸のような突きを、ヴォルフはかろうじてかわす。

アンリ、いやリーマットの剣よりも明らかに速い。

どんどん態勢が崩れていく。

その度には強引に押し込んできた。

連撃を加え、畳みかける。

だが、ヴォルフも踏ん張る。

防戦一方だが、なんとか反撃の糸口を探した。

その時だ。

天のいたずらか……。

地面が揺れた。

また地震。今度はし大きい。

「っと……」

雪人の勢がわずかに崩れる。

ほんの一瞬だったが、隙が生まれた。

「（ここだ……）」

呼吸を合わせる。

が一瞬退いた引き足を狙った。

「――――ッ！」

の顔が初めて歪んだ。

かろうじて、ヴォルフの斬撃をかわすことには功する。

しかし、強引に足の位置を変えたため態勢が崩れた。

このままでは剣を打てない。

逆にヴォルフは踏み込む。

一気に間合いを詰めると、ショートソードを振り下ろした。

衝撃が墓場を駆け巡る。

け止められたが、ヴォルフは強引に連撃へとつなげた。

容赦のない打ち込みに、今度はが防戦一方だ。

戦う前、余裕があった表が、いささか青みがかっている。

ヴォルフも必死だった。

の剣技と比べれば優雅さのかけらもない不細工な打ち込み。

しかし、自分がに勝るところといえば、単純な膂力しかない。

それをやめれば、倒れるのはヴォルフの方だった。

そして、その考えはついに正答を摑む。

「ぐっ！」

抗しきれなかった雪人のがついに片膝をついた。

すかさず、ヴォルフは踏み込む。

ショートソードを上段から一気に振り下ろした。

は咄嗟にけ止めようとする。

コォォォォオオオオオオオンンンン！

希代の名勝負の決著の割には、間抜けな音が響き渡る。

夜空に刃がくるくると回っていた。

空を切り、やがて地面に突き刺さる。

「あ……」

ぼんやりとした聲を上げたのは、ヴォルフの方だった。

元からポッキリと折れた借りのショートソードを見つめる。

その虹彩からが消えて行った。

まずい――。

腹から背筋にかけて、恐怖が蠢く。

に視線を向けた瞬間、思いも寄らぬ言葉を吐いた。

「參った……。拙者の負けでござる」

のあるの笑顔がそこにあった。

◇◇◇◇◇

稲が頭上で閃いたのが見えた。

ヴォルフは咄嗟にを抱えると、そこから飛び退く。

數瞬後、落雷が槍のように突き刺さった。

「おい。大丈夫か、ご主人様」

現れたのは、白いを逆立てた巨大な貓だった。

「ミケか！　危ないだろ！　そもそも寢てるんじゃなかったのか？」

「心配して加勢にきてやったんにゃ。あっちに謝しろし……。――って、どうやら必要なかったようだな」

ミケはジト目で睨む。

ヴォルフは首を傾げた。

立ち上がろうとして、手に力を込めた瞬間、何かとてつもなくらかいものを握りしめていることに気付いた。

「あぅ……」

小さな聲が聞こえる。

視線を落とすと、ヴォルフの大きな手が、のを鷲摑んでいた。

馬乗りになり、まるで強●しているようにも見える。

「どわぁぁああ！　す、すまん」

慌てて、飛びずさる。

そのまま額を地面に突いて、謝った。

「まさかご主人様が、こんなところでする(ヽヽ)ど変態だったとは……」

ミケはわざとらしい仕草で周りを見る。

大小様々の墓石が並ぶ墓地は、靜かである一方で薄気味悪かった。

「誤解を生むようなことをいうな！　これは事故だ！　元はといえば、ミケが悪いんだぞ」

「へーいへい。そういうことにしておいてやる。あと老婆心ながら、行為後の男の態度によって、男の価値は決まるんだぞ。ちゃんとケアしてやれよ」

「（なんで、幻獣がそんなことを知ってんだよ！）」

飼い主は睨むが、飼い貓はどこ吹く風だ。

相変わらず匂いが気になるらしく、必死に後ろ足で鼻を掻いていた。

ヴォルフは改めて手に殘ったを確認する。

乾燥させた蔓茘枝(つるれいし)のような張りと弾力をじた。

もしかしたら、娘より大きい――。

（――って、一何を考えているんだ、俺は）

記憶をかき消すように頭を掻きむしる。

そこに近づいてきたのは、雪人のだった。

「お主、強いでござるなあ」

気にした様子もなく、むしろ赤い瞳をキラキラさせている。

「さ、さっきはすまない」

「別に気にしてないでござるよ。それよりも凄いでござる。拙者があそこまで追い込まれたのは、父(とと)様と立ち會って以來でござる」

「とと……？」

「拙者の父様は――っと、そういえば自己紹介がまだでござったな」

は地面の上に正座する。

れた服裝を整え、軽く銀髪を梳いた。

「拙者の名前はエミリ。エミリ・ムローダというでござる。お気づきかと思うが、ここより遙か東方の國ワヒトより參った」

丁寧に頭を下げる。

その仕草だけでエミリの素がわかった。

かなり良いところのお嬢様なのだろう。

剣を持てば荒々しいが、こうして佇まいを見ると、そこかしこに気品がある。

どことなくアンリとよく似ていた。

「俺の名前はヴォルフだ。ニカラスのヴォルフ」

「ニカラスのヴォルフ……。もしかして、ヴォルフ・ミッドレス殿でござるか？　『竜殺し』『１００人斬り』の？」

エミリはヴォルフの手を反的に握る。

氷のように冷たい手。先ほど、剣を振るっていた手とは思えないほど冷めている。

だが、い。

かなり剣を振っているのだろう。

子の手とは思えないほど、ゴツゴツしていた。

「え、ええ……。まあ……」

自然に近づいてくるエミリを見ながら、年上であるはずのヴォルフの方が戸っていた。

回答を聞いて、エミリはさらに鼻息を荒くする。

「お願いがあるでござる。是非お力を貸していただきたいでござるよ」

「力って……。辻斬りの？」

「いや、あれはそのぉ……。人の力を試すためにやったというか。あっ！　でも決して殺しはしておらんよ。あくまで人を試すために仕合ったでござるから。辻斬りならぬ、辻試しでごさるよ」

「辻試しって……」

ヴォルフはエミリの脇に見えていた冒険者を見る。

墓に寄りかかり、気絶したままだった。

「あ、あれはあの男が悪いでござる。國の寶であるに手を挙げるなど、言語道斷！」

頭を下げたかと思えば、今度は大きなを反る。

なかなかに表が多様だ。

ヴォルフはし興味を持つ。

彼が辻斬りならぬ辻試しをしてまで、人を量ろうとした理由が気になった。

途端、エミリの表が固まる。

半ば躊躇しながらも、はっきりと口にした。

「拙者が鍛(う)った刀で、災害級魔獣アダマンロールを斬ってほしいでござる」

のように赤い瞳の中で、月が揺らめいた。

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若干おっさんの息が切れてるけど、まだまだ更新頑張ります！！