《【コミカライズ配信中】アラフォー冒険者、伝説となる ~SSランクの娘に強化されたらSSSランクになりました~》外伝 姫騎士アンリの小さな騎士
時系列的に『100人斬り篇』の前のお話だと思って下さい。
※ 前回予告からサブタイトルを変更いたしました。
「やあ!」
「たぁ!」
「とぉ!」
子供たちの威勢のいい聲がこだましていた。
畑仕事をする老婆は、腰を叩きながら顔を上げる。
その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
やがて汗を拭き、また農作業に集中する。
聲の出所はニカラスの村からそう離れていない小高い山林にあった。
森の中でそこだけぽっかりと空いた平地には、5人の子供たちが、木剣を振っている。側には鎧を著た見目麗しい姫騎士が、真剣な眼差しで年たちの訓練を見守っていた。
姫騎士の名はアンリ・ローグ・リファラス。
リファラス大公の息であり、現王妃リーエルは叔母に當たるため、彼もまた王位継承権を持つお姫様である。
アンリが自ら立ち上げた辺境警護騎士団『葵の蜻蛉(ブルー・ブライ)』の拠點をニカラスに移してから數日。
すっかり彼は、村の中に溶け込んでいた。
お姫様が田舎暮らしなんか出來るわけがない――村の中には冷ややかな目で見るものがいた。だが、今ではすっかり人気者だ。
特に子供たちには大人気で、こうした剣の指導も彼らに請われてやっている。
「よし。今日の訓練は終わり」
「「「「「アンリ先生、ありがとうございました!!」」」」」
頭を下げ、元気のよい聲が返ってくる。
たったそれだけなのに、がほっこりした。
「ねぇねぇ! アンリ先生、ぼくの剣すごい!」
尋ねたのは、村のガキ大將ポジションにあるトラフだった。
6歳でありながら、は他の子供より背が高い。
本人は騎士を志しているらしく、一番熱心に訓練に取り組んでいた。
「ああ。トラフはうまくなったな。でも、一番大事なのは――」
「相手を思いやる心だろ。耳にたこができるほど聞いたよ」
アンリは戦う技を教えているつもりはない。
むしろ禮儀・禮節を重視し、健全なを育て、心を磨くことを目標としている。
彼らが大人になる頃には、魔獣がいない世の中になっていることを願っているからだ。
子供たちと一緒に村へ戻る途中、ゴブリンが道をふさいでいた。
こちらに気付くと、「ギギィ!」と気勢を上げて、威嚇する。
たちまち子供たちは、アンリの後ろに隠れた。
「アンリ先生、助けて」
「怖いよ~」
を震わせる。
だが、子供以上にを竦ませている人がいた。
他ならぬアンリだ。
「ま、まかせろ」
剣を抜く。
棒立ちのまま構えた。
剣先はガタガタと震えている。
姫騎士からなんら覇気はじられなかった。
怯えていることは明白だ。
ゴブリンがそれを気付くと、こちらに襲いかかってきた。
「キャアアアアアアアアア!!」
悲鳴を上げたのは、またしてもアンリだった。
その時、ゴブリンが吹き飛ぶ。
さらに1匹、2匹と谷の方へと落とされた。
アンリとゴブリンの間に、大きな背中が現れる。
「大丈夫ですか?」
ヴォルフだった。
その姿を見た瞬間、アンリは崩れるように餅をついてしまった。
◇◇◇◇◇
「面目ない……」
アンリはヴォルフの家の中で肩を落とした。
お茶を抱えるように持っている。
ヴォルフが「リラックスできる」といって、渡してくれた薬草茶だ。
「もしかして、アンリ様はゴブリンが苦手なのですか?」
はっきりとは言わなかった。
ただこくりと頷く。
やがてコンコンと湧水のように理由を話し始めた。
アンリが子供の時だ。
父ヘイリルが不在の折りに、その私室にこっそり忍び込んだ。
何か面白いものがないかな、と探していると、たまたまベッドの下に書が隠されているのを見つけた。
綺麗なの人が描かれた薄い書。
アンリは好奇心からめくってしまった。
それは空想の読みらしい。
どんどん読み進めていくうちに、アンリの顔は青ざめていった。
容は村にゴブリンが襲撃し、助けにきた姫騎士が●●されると、ゴブリンの●●を●●してしまうという壯絶な容だった。
以來、トラウマとなり、ゴブリンが苦手なのだという。
「アンリ様……。1つ忠告してもよろしいでしょうか?」
「なんでしょうか?」
「男のベッドの下を覗いてはいけません」
「何故ですか?」
「なんでもです(真顔)」
ともかく、その事件以來、アンリに対する子供たちの視線が冷たくなった。
特に心酔していたトラフは、訓練に來なくなった。
何故だと、アンリは聲をかけたのだが。
「アンリ先生、かっこわるい!!」
いつもは可らしい団栗眼を、鋭くらせる。
相當アンリの醜態が心に響いたのだろう。
次の日も、またその次の日も、トラフは訓練に來なかった。
ショックをけたアンリはすっかり落ち込んでしまい、本來の仕事にまで支障を來すようになってしまう。
これには部下のリーマットも、ダラスも困り果ててしまった。
そんな折りに事件は起こった。
村の人間から知らせを聞き、ヴォルフがまず向かったのは、アンリの家だった。
「アンリ様、トラフが!」
朝から山林の方に1人で出かけてしまったトラフは、夜になっても戻っていないという。
それを聞いたアンリは飛び起き、馬を駆る。
村人も総出で松明を焚いてトラフを探し回った。
◇◇◇◇◇
一方、トラフはゴブリンを探していた。
ゴブリンに腰を抜かす姫騎士は當てに出來ない。
村を脅かす魔獣を倒すのは、俺だ。
そんな小さな正義を、手に持った木刀とともに振りかざし、林の中を練り歩く。 しかし、行けども行けどもゴブリンには遭遇しなかった。
気付けば、トラフは結界を越え、森の外に出る。
しかも森の中にいて、あまり気付かなかったが、も落ちかけていた。
急に背筋が寒くなる。
おしっこがしたくなってきた。
近くの木に近寄り、ズボンをごうとした時、小さな子供の影に大きな影が覆い被さる。
トラフは気付いて顔を上げた。
そこにいたのは、巖の巨人――ログゴレムだった。
ゴーレム系のC級クラス。
高い守備力と、巨を生かした突進力が武の魔獣だ。
ログゴレムの落ちくぼんだ瞳がこちらを向く。
まだぐ前だったため、トラフのズボンがじわりと濡れていった。
「ぎゃああああああああ!!」
ぶ。
瞬間、ログゴレムは拳を振り上げた。
一気に子供に向かって落とす。
まさに巖石が振ってきたかのような一撃が、大地に突き刺さった。
腹の奧まで響くような轟音が鳴り響く。
土煙が夜空に上がる橫で、子供を抱いた姫騎士が立ち上がった。
「アンリ先生!」
「大丈夫か、トラフ?」
「うん。……でも、怖かったよぉぉおお」
わんわんと泣き出す。
まだ児のようにらかい髪を、アンリはそっとでた。
ゴゴゴゴ、と音が鳴る。
ログゴレムがゆっくりとアンリの方へとを向けた。
アンリはトラフを下ろす。
もう一度頭をでた。
「下がっていろ、トラフ」
「1人で大丈夫なの? アンリ先生。あの魔獣とっても強そうだよ」
「大丈夫だ、トラフ。お前のアンリ先生はとっても強いからな」
「うん!」
トラフを退かせると、アンリはログゴレムと向き合う。
細剣を抜き放った。
衛星レクのをけ、刃は鋭く閃いた。
アンリは疾駆した。
短い草葉を揺らし、一瞬でログゴレムの背後を突く。
すかさず突きを繰り出す。
ログゴレムの巖を削った。
慌てて魔獣は振り返る。
だが、すぐに移すると巨軀を駆け上がり、ログゴレムの瞳を突いた。
「ぐおおおおおお!」
溜まらずログゴレムは仰け反った。
顔を隠しながら、片手で蠅のように飛び回る人間を迎撃しようとする。
だが、あまりに魔獣のきは緩慢すぎた。
スピードが売りでもあるアンリには、止まって見える。
「アンリ先生、すごい!」
トラフは歓聲を上げた。
大きな魔獣を圧倒するアンリを見て、年の中で再び憧憬の念が再燃する。
子供の瞳に、が戻っていった。
細い腕と細剣から放たれたものとは思えぬ剛突きで、ログゴレムの巖を抉る。
この時アンリは焦っていた。
今の攻撃を繰り返しても、ログゴレムを倒すことは出來ない。
ゴーレム系魔獣を倒すのは、その核を潰さなければならない。
丁度付近にあるのはわかっているが、分厚い巖盤に覆われ、アンリの手持ちのスキルでは、砕くのが不可能だった。
「(どうする……)」
トラフを抱えて逃げるのは簡単だ。
それが最善の選択だとわかっている。
だけど、そんなことをすれば、また失させてしまうかもしれない。
折角、自分を見て、トラフは騎士を目指すといってくれた。
禮儀・禮節を重んじることも大事だろう。
だが、子供の夢を守ることは、もっと大事なはずだ!
「(一か八かやるしかない!)」
急にアンリは足を止めた。
まるで矢をるように剣を引き、息を大きく吸う。
目をつむり、闘気を高めていく。
その最大値を捉えると、アンリはかっと目を開けた。
「旋巖突破(ドライム・グリル)!」
弾かれるように飛び出す。
闘気を高速回転させながら、迫り來るログゴレムのを穿つ。
Lv6に相當するスキル。
名前の通り、高い守備力を持つ敵を穿孔する剣技だ。
本來ならAクラス冒険者しか使えないスキル。
だが、アンリはこの技を知っていた。
彼もまた1人の騎士に憧れたことがあった。
名前はグラーフ・ツェヘス。
今やレクセニル王國に知らぬ者はいない猛將である。
そのグラーフが1度だけ見せてくれた技が、このスキルだった。
同時に、彼も思いだしていた。
小さい頃、アンリもまたトラフのように騎士に憧れた――あの気持ちを。
そして今、尊崇し慕う男の顔を思い浮かべる。
(ヴォルフ様……。アンリに力をお貸し下さい)
祈る。
やがて、カッと目を開いた。
「つらぬけぇええええええええ!!!!」
アンリは絶する。
次の瞬間――。
キィン!!
ミスリルで出來た剣が折れた。
その刃はゆっくりとアンリの目の橫を通り過ぎていく。
高めた空気が急に萎むのがわかった。
スキル失敗……。
やはりまだBクラスのアンリには早かった。
諦めたその瞬間、ログゴレムの巨拳が襲いかかる。
大きな影に覆われる中、姫騎士は目をつぶった。
どおぅうう!!
落雷のような轟音が響く。
ログゴレムの巨拳が離れていく。
見ると、魔獣のに大きなが空いていた。
中にある核まで貫き、すでにログゴレムの分解が始まっている。
アンリは地面に落下した。
なんとかけを取り、ダメージを軽減することに功する。
すぐに起き上がると、ログゴレムを確認した。
やはりその巨軀は、砂に変わろうとしていた。
「どういうことだ?」
スキルは失敗したはず。
アンリの剣は屆かなかった。
だが、ログゴレムは倒れ、消滅しようとしている。
「アンリ先生、すげぇ!」
トラフがアンリに飛びつく。
無邪気に喜んだ。
「いや、ちょ……! トラフ、私は――」
「すごいよ、アンリ先生。見なおしちゃった!」
先ほどの不安そうな表は吹き飛び、年に笑顔が戻る。
アンリは反論しそうになったが、無垢な笑みに阻まれてしまった。
「(まあ、いい……。トラフが無事であれば良いか)」
再びトラフの頭をでるのだった。
◇◇◇◇◇
「すげぇなあ……」
ヴォルフは森の中で1人呟いた。
その姿勢は、何かを投げた後のまま固まっている。
彼が投げたのは、単なる石だ。
それを思いっきり投げ、家が30軒並ぶほどの距離があるにも関わらず、ログゴレムのを一撃で貫いた。
的中率、そして投力が、異常なレベルにまで強化された結果だ。
もう誰が何をしたかなんていわない。
ただこうぼやいた。
「レミニアのヤツ……。こんなスキルを強化して、俺を何から守らせたかったんだ」
ヴォルフは癖を掻いた。
◇◇◇◇◇
アンリがログゴレムを倒したことは、トラフによって瞬く間に子供たちに伝わった。
再び訓練が再開され、また威勢のいいかけ聲が山林の方から聞こえてくる。
すべては元に戻っていった。
そして、アンリがいまだゴブリンを苦手としていることも。
「ひぃ……。ひぃいいい!」
道ばたで遭遇したゴブリンに、またしてもアンリは悲鳴を上げる。
剣は抜いたもののへっぴり腰のまま一向にこうとしない。
また子供たちに失される……。
ゴブリンの恐怖よりも、そのことに涙しそうになった。
「アンリ先生をいじめるな!」
勇敢に木刀を構えたのは、トラフだった。
すると次々と他の子供たちが木刀をゴブリンに向ける。
子供ながら、そのたくましい闘気に怯えたのか、とうとう雑魚魔獣は背中を向けて逃げていってしまった。
「やった!」
「ゴブリン、追い払ったぞ!」
「あたしたち、勝ったのね」
子供たちは諸手を挙げて喜んだ。
呆然とするアンリに、トラフは木刀を腰に収めると、向き直った。
「ゴブリンが出てきたら、追い払ってやる! ……俺が、アンリ先生を守る騎士になってやるよ」
本の姫に向かって、堂々と騎士になると宣言した。
「ずるい! あたしも」
「ぼくも」
「俺が先だぞ」
わちゃわちゃと喧嘩になりかける。
慌てて仲裁にる姫騎士だったが、その顔には笑みがこぼれていた。
いかがだったでしょうか?
ブクマ・評価・想・レビュー等、隨時お待ちしております。
ここで皆さんに大変言いがたいお話をしなければならないのですが、
明日、明後日の更新ですが、お休みをさせていただきます。
明後日でちょうど1ヶ月となり、そこまでは続けたかったのですが、
次の『王國革命篇』の作業が思った以上に遅れておりまして……。
すでに30、31話は出來上がっているのですが、出來れば章全を俯瞰して、
クオリティを上げたものを皆様にお屆けしようと考えるに至りました。
作者個人としても、非常に心苦しいのですが、
調整という形でお休みさせていただきます。
2月7日には必ず更新いたしますので、しばらくの間お待ちいただきますようお願い申し上げますm(_ _)m
【書籍化・コミカライズ】誰にも愛されなかった醜穢令嬢が幸せになるまで〜嫁ぎ先は暴虐公爵と聞いていたのですが、実は優しく誠実なお方で気がつくと溺愛されていました〜【二章完】
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