《旋風のルスト 〜逆境の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方國境戦記〜》鉄拳制裁と最期の慈悲

私の口から思わず罵聲が飛び出た。

「何をしているのですか!」

連絡のとれない二人、野営地付近に潛んでいた伏兵、行を開始していた報復人、そして、無斷戦闘。

私の中ですべてがひとつの糸でつながる。

私の罵聲に驚きの表を浮かべている二人に、さらに怒鳴り聲をぶつける。

「接敵したのであればなぜ報告しないのですか!」

その言葉に異論を唱えているものはいない。

「敵の存在を視認したのであれば、それに対する行の判斷の是非をするのはあなたたち自ではなく指揮権を有する隊長である私です! 勝手に戦闘し勝手に捕縛したのみならず、この野営地點を敵の伏兵に知られてしまった! 損害が生じなかったからいいものの、誰かが討ち取られていたらどうするつもりだったのですか!」

私の言葉に彼らは自分たちの軽率さをやっと理解したらしい。蒼白な表で言葉を失っていた。その二人につかつかと歩み寄り振り上げた拳で制裁を加えたのは元軍人で巨漢のカークさんだ。

――ボクッ! ドカッ!――

鈍い音がして二人とも毆られる。そしてカークさんは野太く低い聲で言い放った。

「お前たちの行であやうく隊長が討たれるところだった」

その言葉に2人は反論すらできなかった。ゴアズさんとバロンさんが捕虜となったトルネデアス兵を連行してくる。軽率な行をした二人はただそれを見守るしかない。

ちなみに、トルネデアス兵は軽々しく捕虜にはできない確固たる理由がある。彼らと私たちでは軍規はもとより神的な文化に至るまで大きな違いがあるのだ。

「ガルゴアズ2級、バルバロン2級、その方を私の前に連行してきてください」

「了解です」

「了解」

二人は敵意を隠さないままのトルネデアス兵を私の前に連れてくると両手と背中を押さえて私の眼前で膝をつかせた。

私は彼を見下ろしたまま、私たちの國の言葉ではない他の國の言葉で問いかけ始めた。

『西方の帝國からやってきた兵よ、私にはあなたの神の名のもとに、あなたに與えるべき慈悲が二つあります』

私が彼に対して発した言葉は、トルネデアスの公用語である〝西方帝國語〟だ。彼らの言葉を口にしたことでその表が驚きに変わった。

『ひとつの慈悲はあなたを解き放ち母國へと帰還させることです。そしてもう一つは誇りある殉教をもってあなたの名譽を守ることです。どちらを選ぶのもあなたの自由です。さぁ、選びなさい』

トルネデアスの言葉を理解することは、彼らと戦う上で重要だ。職業傭兵でも習得しているものは珍しくない。

他の人たちも私と彼らの対話をじっと聞いている。しばかりの沈黙の後に彼は答えた。

『あなたが私の名譽を守ってくれるのであれば、その慈悲におすがりいたします』

つまり私たちの下す現地処刑をれるというのだ。

『目を瞑りなさい。最後に述べる言葉はありますか?』

私が下した最後の言葉に彼はこう答えた。

『私の名譽を守ってくれるあなたに祝福があることを願う』

それで彼は目をつぶる。私は右手に握っていた戦杖を振り上げ彼の頭部めがけて勢いよく振り下ろした。

――ガッ!――

鈍い音とともに頭蓋が砕けて即死する。殉教処刑は速やかに完了した。その景を呆然として眺めるあの二人に私は説明をする。

「トルネデアス兵は捕虜にし尋問をしても絶対に口を割りません。なぜなら彼らにとって最も罪深いのは自らの神と神に対してわした約束を裏切ることだからです。そして、たとえ拷問の末に命を落としたとしても、神の名譽と、神の名のもとの契約を守り抜いたことで、死後の栄が約束されると頑なに信じているのです」

そして私の言葉にダルムさんが言葉を続けた。

「それに負け戦で一人でおめおめと帰ってきた者をトルネデアスは許さない。こいつが生きて帰っても待っているのは名譽を汚した罪と処刑だけだ。逆に戦地で戦死することで殘された家族は篤い恩給をける。殘された男子がいれば軍が喜んで迎えてくれる。やつらにとっちゃ単獨で捕囚になっても何の理もないんだよ」

そう、だからこそ彼をこの場で仕留める必要があったのだ。

だが、傷に浸っている暇はない。この場所は既に敵に把握されていると捉えるべきだ。ならば取るべき行はひとつだ。

「この野営地を速やかに撤収します」

「了解!」

全員分の聲がする。速やかに天幕が片付けられ、置いてあった荷につける。殘存をチェックし足跡すら消していく。移準備は整った。

「出発!」

掛け聲とともに隊列を組み移を開始する。目的とする場所はここから可能な限り離れた別な場所だ。帰還ルートの途上で新たな野営地を策定するしか無い。

しばらく歩いてから並んだ列を確かめようと背後を振り返ったその時だ。隊列の一番最後に控えていたプロアさんが私の顔をじっと見ているのに気付いた。

「えっ?」

彼がその手で開いている。それはドルスさんが持ち込んでいたあの文庫雑誌だった。開いてあるのはおそらく10ページ目。

私と視線がかちあうと、彼はさりげなく視線をそらした。彼が今私に対して何を思っているかは考えたくない。今はただ危険からを遠ざけるのみだ。

そして別な地點で一泊の野営の後に、私たちはブレンデッドへと帰參したのだった。

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