《旋風のルスト 〜逆境の傭兵ライフと、無頼英傑たちの西方國境戦記〜》幕間:闇社會

フェンデリオルには四つの大都市がある。

北部都市イベルタル

西部都市ミッターホルム

中央首都オルレア

そして、南部都市モントワープ

北の商業、西の軍事、中央の政治、それらに並んでモントワープは食料生産と流の要と言われている。そしてもう一つが南で隣接する同盟國パルフィアへの玄関口だということだ。

商業活や國を超えた貿易も活発であり、それらに紛れて外國人の出り口としての役目も擔っていた。

北の玄関口がイベルタルなら、南の玄関口はこのモントワープだった。

中央首都から南に下った位置にあり、國を縦へと貫く國土縦貫中央街道と、西方辺境から東部山岳地帯へ國を橫方向へと貫く國土南部街道が十字に差する位置にその街はあった。

南部都市モントワープ。

フェンデリオルで最も食のかな街とそこは言われていた。

人の集まる所に華やかさはある。そして、人が集まればそこにのはけ口は必要となる。當然のように酒と喧騒と人の溫もりが集まることになる。

モントワープの中央部北側にあるのが一大風俗街のフロイガストだ。

フロイガストの繁華街の真っ只中、目つきの剣呑そうな者たちが闊歩するエリアがある。喧騒に満ちた街では必ずしも良識に満ちた場所だけとは限らない。と暴力を何よりも最優先する危険な場所もあるのだ。

その店はそうした場所の一角にあった。

路地を一本、裏にった場所にあり、り口から階段を降りた地下にあった。店の半分は立ち飲み席であり、待ち合わせや軽く飲み始める時のために用いられることが多い店であった。

その店の片隅で、一人で酒のグラスを傾けている男がいた。

ルストの仲間であるプロアだ。

スタンディングテーブルの一つに陣取り、度數の濃いモルトウィスキーを手にしている。

その表は恐ろしくも鋭く、近づくものを切り裂くかのようだ。周りの者たちは警戒しているが、プロアの力量をそこはかとなく分かるのだろう。他にも聲をかけることなく明らかに距離を置いていた。

周囲の者たちが警戒の視線を投げかける中、彼は一向に気にしなかった。もとより無駄に馴れ合うことをプロアは好まない。誰が近寄ろうとも一向に気にしなかった。

だがその時だ、

プロアが佇んでいたスタンディングテーブルにカクテルのグラスが一つ置かれた。

「ここ、よろしいかしら?」

甘く鼻に抜ける聲が聞こえる。そして芳醇な香水の薫りが辺りに漂っていた。その聲と香りの主をプロアは知っていた。

「〝黒貓〟か?」

「ふふ、その名をあなたが覚えているとはね〝忍び笑い〟」

黒貓と呼ばれたが歩みを進め、そのを翻す度に周囲の男の視線が彼を掠めていく。

プロアの視線はテーブル上のカクテルグラスから、その主へと移った。

それは、漆黒のロングドレスにを包んだだった。

白い素のようなルージュ、ロングの黒髪は紫の沢を放ち艶りしている。両肩の出したタイトロングドレス。表社會の淑なら決してに纏うことのないものだ。

首には、金やプラチナでできたチェーンネックレスを幾重にも重ね、耳には大粒のルビーのピアスがあしらわれていた。さらに、その肩には黒い皮のショールを羽織っている。決して安くはない値の張る代だ。

プロアが抑揚を殺した聲で黒貓と呼ばれたその黒髪のに聲をかけた。

「隨分とめかしこんでるじゃねえか」

「ふふふ、ちょっと実りが有ったものでね」

「ほう――」

黒貓という名のにプロアは相槌を打つ。一呼吸おいて彼は鋭く言う。

「そんなにうまかったかよ。ワルアイユの里の連中の生きは」

その言葉には明らかに怒りが滲んでいた。だが黒貓と呼ばれたは怯む様子もなかった。

「えぇ、最高だったわ。田舎者が右往左往、田舎領主の可らしい娘の泣き顔も一興ね」

黒貓は穏やかに微笑んでいた。がだその視線には明らかな剣呑さが浮かんでいる。黒貓は吐き捨てるように言った。

「でもそれも、あのルストって小娘がしゃしゃり出てくるまでね」

黒貓が言い放った言葉にプロアは答えなかった。沈黙が流れて先に聲を発したのは黒貓だった。

「何者なの? あの娘」

そう問いかける黒貓だったが彼の言葉のニュアンスには本気で疑問を抱いてるようには聞こえなかった。プロアは相手の腹の底を探りながらこう言い放つ。

「それを俺が言うかよ」

「あら、教えてくれるためにここに來たんじゃないの?」

「本気で言ってんのか?」

「さぁ、どうでしょ」

本気ともからかいとも取れない曖昧な言い回し。そんな黒貓にプロアは呆れるように言った。

「相変わらず、いい加減だな」

「気ままって言ってほしいわね」

「黒貓のようにか?」

「えぇ、それが私というだもの」

あっさりと言い放つ黒貓にプロアは怒りをにじませながら突きつける。

「その足跡の上に河(しさんけつが)を築きながらもか?」

カクテルグラスを傾け酒をに流し込んでいた黒貓だったが、プロアの容赦のない問いかけを鼻で笑うかのように軽くあしらった。

「隨分肩れするのね? なに? そんなにあの小娘って味しかったの?」

にやりとした笑みを浮かべると黒貓は、軽蔑するような視線でプロアを見つめた。

悪の有閑マダムを何人も破滅させたあなたでしょ? あんな臭い田舎娘、いつでも好きにできるじゃない。言っちゃいなさいよ、何回ヤったの? 初いただいたの?」

黒貓は一切遠慮することなく言い放った。それに対する答えを出さないプロアだったが、

――パキンッ!――

彼が握りしめていたグラスがその握力で割れた。

流石に周囲が驚きの視線を向けた。黒貓もプロアの方へと視線を向けるが、そこには靜かに怒りをわにしたプロアが居た。

「言いたいことはそれだけか?」

その言葉と同時にプロアの右手がいた。ジャケットの側から一振りのナイフが引き抜かれ、それを黒貓の元に突きつけた。

黒貓は一切じることなく冷ややかに言い放った。

「何のマネ? 忍び笑い」

黒貓の顔から笑みが消える。だがプロアは言う。

「言っておくぞ。黒貓――いや、ニゲル・フェレス!」

黒貓は真の名を口にされてもじろぎもしない。黙したままプロアの言葉に耳を傾けた。

「俺が闇に潛ったこと、俺が戦場で傭兵にをやつしたこと――その理由はお前も知っているはずだ。そして俺は悲願を果たした。彼のおかげでな」

「それで?」

黒貓は意味深に問いかけた。それに対してプロアの言葉が返ってくる。

「俺はけた恩義は必ず返す。あいつに悲願があるのなら、それを支えてやるのが恩義に報いるだ」

プロアは、黒貓の元に突きつけたナイフを一旦戻して頭上に掲げると、順手に持っていたナイフを指先で用に回転させて逆手に持ち直した。

それをスタンディングテーブルに垂直に一気に突き刺す。

――ダンッ!――

すると、

――ヴオッ!――

即座に吹き上がったのは強い炎だ。

紅蓮の炎がほとばしり、木製のスタンディングテーブルは瞬時に燃え上がった。

黒貓は驚きとっさにを引くが、吹き上がる炎にそのナイフの正を知った。

「イ、イフリートの牙?!」

そのナイフの意味と価値がわからぬ黒貓ではない。無論、プロアがそれを手にしている理由も。

プロアは黒貓に、明確に敵として言い放った。

「あいつになにかしでかしてみろ。ただでは済まさねえ」

そう言いながらプロアは歩き出した。黒貓の脇を通り抜ける際に、右手でイフリートの牙を翻らせる。その切っ先で黒貓のドレスの左の肩紐が切れた。

ハラリと落ちそうになるドレスをとっさにそれを抑えながらしだけ寂しそうに黒貓は言った。

「帰るのね〝表〟に」

プロアは何の慨もない落ち著いた聲でこう言い放つ。

「言ったろ。悲願は果たしたって」

「そう――」

それはため息と諦めの言葉だった。プロアは黒貓にそっと言い放つ。

「あばよ」

その言葉の影には、微かに殘されていた謝の念が表れていた。まがいなりにも二つ名で呼び合う事もあったのだ。かつては信頼の絆で結ばれていたこともあったのかもしれない。

だがそれはもう終わった。絆は斷ち切られた。これからは、敵になるのだ。黒貓は一切の笑みを消して鋭く睨みつけながら言った。

「さよなら、忍び笑い」

一瞬、プロアの足が止まる。だが背後は振り返らなかった。

その背中に黒貓が重く響く聲を浴びせかけた。

「せいぜいあがきなさい。あなたたちを底なしの闇が待っているから」

その言葉にもプロアは答えなかった。

イフリートの牙をジャケットの側にしまうと、両手をポケットに突っ込んだまま歩き出す。

ざわめきに満ちたその酒場の片隅でスタンディングテーブルが燃え盡きて崩れ落ちる。

一人殘されたはずの黒貓の姿はいつのまにか消えていたのだった。

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