モーデンハイムの実家から旅立って十日ほどが経っていた。私は特別な馬車の屋の上に腰掛けていた。

馭者席から聲がする。

「悪いね。ルストの姐さん！　なんせこれ護送用馬車だから中に人が乗る場所がなくってさぁ」

私に聲をかけてきてくれたのは馭者席に座っていた正規軍人の兵卒の人だった。階級章の星の數から言って軍曹あたりだろう。

私は正規軍の囚人護送馬車の屋上の荷臺に腰掛けていた。お世辭にもあまりサスの良い馬車ではないが、馬車を運行する軍警察の人が、クッション代わりに野営用テントのった背嚢を並べてくれたのでおの座りはそう悪くなかった。

「大丈夫よ！　私これでも軍用馬車乗り慣れてるから」

「まじかよ？　軍の仕事でもやってたのかい？」

「うん。ちょっとね。軍の軍事教練とか兵站部隊の業務手伝いとか々やらされたから」

「へぇ、それじゃあ軍用馬車の座席の座りの悪さ知ってるんだろう？」

「もちろんよ！　３日も座ってたら〝痔〟になるってみんな言ってるわよ」

「はは！　ちげぇね！」

軍の下っ端達の間では定番のジョークになるほどのその話を私が言ったことで、彼らは聲を上げて笑っていた。

「そういうことだから私は屋の上でも大丈夫よ！　お気遣いありがとう」

「おう！　今日の晝過ぎにはブレンデッドに著くからそれまで屋の上でのんびりしてくれな！」

「はーい！」

そんなやり取りをしている私は、どういうわけか１５人ほどの捕囚が詰め込まれた護送用馬車の屋の上に腰掛けていた。

モーデンハイムの実家から旅立って、ミッターホルムまでは運河旅客船のナローボートを使ったが、ミッターホルムからは歩き旅をしていた。

ブレンデッドに到著するまでのその途上で、私は、り行き上、巻き込まれたある事件を解決していた。それにまつわる後始末のために協力を求められて私はこの馬車に乗ることになったのだ。

とはいえ馭者席は二人分しかないから、後は補囚たちが閉じ込められている護送室しかない。

當然ながらそんなところにるのは絶対に無理があったので後に殘ったのは屋の上しかなかった。

とりあえず落ちないようにつかまれる場所はあったから私は素直にそれに同意した。

初夏の晴れ間のが降り注ぐ中、私は馬車に揺られて懐かしきブレンデッドへとたどり著こうとしていたのだ。

モーデンハイム本家を旅立ってから１０日目の事だった。

やがて馬車はブレンデッドの市街地の郊外にあるフェンデリオル正規軍の管理事務所へとたどり著こうとしていた。赤黒い頑丈な焼き煉瓦造りの庁舎の建が獨特の威圧を放っていた。

正規軍の管理事務所は、軍警察の活拠點を兼ねている。護送馬車がつくなり庁舎の中から軍警察所屬の兵卒が十數名ほど飛び出してくる。

その手には人の背丈ほどの長さの手槍が握られている。槍の切っ先を護送馬車の出り口へと向ける。馬車の出り口が開けられ中に乗っていた者たちが降りるように促される。

『さあ早く降りろ！』

かけられた聲は西方帝國語だった。そう、敵対國であるトルネデアスの標準語だった。中から降りてきたのは頭にターバンを巻いたかつてのトルネデアス兵だ。

捕らえられていたトルネデアス兵たちは終始無言だった。一切合切を諦めた憔悴しきった顔が印象的だった。自分たちにこれから何が待っているのか分かっているかのようだ。

フェンデリオルの軍人の一人が彼らに対して告げる

『お前たちはこれからしばらくの間、フェンデリオル正規軍の犯罪者向け監獄に収容される。そして裁判をけ結審するまでの間、拘留されることになる』

答えの帰らぬトルネデアス兵たちに教え諭すようにこう言い放った。

『今回の逃亡後の山賊行為に対して厳しい判斷が下る。だがこれからの収容後の態度如何によっては死刑という最悪の狀況を免れる余地は殘されている』

生きる可能が殘されている、そう聞かされて何人かが反応を示した。驚きの聲をらすもの、不安げに視線を泳がせる者。あからさまにすがるような目線を向けてくる者もいた。

我が國の正規軍人の一人が言った。

『生きて故郷に帰りたいなら。馬鹿な真似はするな』

その言葉に頷いた者は半數以上いた。殘りは俯いたまま終始無言だった。そこに罪の自覚への違いのようなものが浮かんでると言ったら考えすぎだろうか？

私はその景を護送馬車の屋の上から眺めていた。

私は屋の上からに告げる。

『祈りなさい。あなたたちの神に。あなたたちの神は慈悲深いはずよ。悔い改め許しを請う者に対して』

頭上から投げかけられた戒告の言葉。彼らは顔を上げて私の顔を見ると、手枷のつけられた両手を顔の前へと掲げながら頷いていた。

彼らはこの後、正規軍の監獄へと送られる。そして裁判をけてそれぞれの罪の重さに合わせた刑罰を得ることになるのだ。捕虜施設からの逃亡と山賊行為と山中立てこもり、いずれも重い罪になる。極刑をける者が出るのは避けられないだろう。

私は彼らを見送りながら馬車の上から降りていく。

すると私に正規軍軍人の人たちが聲をかけてきた。

「お疲れ様です。今回の逃亡兵山賊ゲリラの急討伐。誠にご苦労様です」

そう言いながら彼らの中の責任者と思しき人が敬禮をしてくる。

「貴殿におかれましては後ほど改めて報告書の提出をお願いします」

私も敬禮で返すと返答する。

「了解いたしました。こちらの狀況が落ち著き次第速やかに報告をいたしたいと思います」

「よろしくお願いいたします」

「はい」

そんなやり取りの後に不意に背後からかけられた聲がある。それはとてもよく聞き慣れた野太い聲だ。

「帰還そうそう一何をやってるんだお前は！？」

呆れ返るようなニュアンスのその言葉にはある日の嬉しさのような響きがあった。私はその聲の方へと振り返る。

「支部長？」

「おう」

そこに佇んでいたのは用の杖を手に佇んでいる傭兵ギルドのワイアルド支部長だった。