《才能(ギフト)がなくても冒険者になれますか?~ゼロから始まる『長』チート~》第百六十八話
それからエミリとミスネリアの巫の修業が始まることとなったが、今回の巫選定の際に古龍が現れたことで、出現理由の調査などに時間を必要としたため、彼たちの修業開始日までしばらく日にちが空くことになった。
そこでエミリはハルたちがここにいる間にしでも訓練できればとその間ハルとの手合わせをお願いしていた。
「――せい! やああ!」
「甘い! そんな見え見えの攻撃だと俺は簡単に防げるぞ!」
エミリが拳をハルに當てようとするが、ハルは竜鱗を使って防いでしまう。
魔力のこもった拳による攻撃の余波でどんと重たい音が響く。
力強い一撃だったため、エミリは大きな隙を作ることとなり、そこにハルが木剣を振り下ろす。
「はあああああ! せやああ!」
だがそれで折れる彼ではなく、木剣が振り下ろされよりも早く、回し回転蹴りを放つが、すぐにかしたハルの左手によってあっさりと防がれる。
「お見事です!」
決著がついたのを確認し、観戦していたルナリアがパチパチと拍手をして稱える。
「あぁ、今のはいいきだった。竜鱗を俺が一度解除したのも確認して、すぐさま次の攻撃。しかも、意表をついたきでの攻撃だったから、普通に腕で防ぐしかなかったよ」
そう言うと、ハルはエミリの頭にぽんと手をのせると、優しくでる。
「うん! やっとハルにまともに攻撃を當てられたの!」
ハルの腕は攻撃をけ止めたことで痺れており、エミリの長をじてふっと笑いながらしびれる腕をでた。
「日に日にきはよくなっていくし、攻撃パターンも増えている。に纏わせている魔力の流れもスムーズだから、魔法攻撃に対しても対処できる。うん、強くなったな」
ハルが褒めると、最初は嬉しそうな顔をしていたはずのエミリは顔をくしゃりとゆがめると、涙をポロポロと零し始める。
「お、おいおい、泣くなって、な?」
「エミリさん、ハルさんが褒めてくれたから嬉しいんですよね。わかりますよ」
泣き始めた理由はそれだけではなかったが、ルナリアはエミリをぎゅうっと抱きしめ、背中を優しくポンポンとでていく。
「まあ、仕方ないか……」
そう言ってハルは視線をあげて、訓練している場所から見える神殿のところで視線を止める。
調査や修行の準備に時間をかけていたが、その準備も整ってきてついに明日から巫の修業開始という話になっていた。
つまり、ここまで続けて來たエミリの戦闘訓練は今日までということになる。
それは、ハルとルナリアの旅立ちの日が明日になるというのと同義であった。
「本當だったらすぐに修行にるところを、延長期間を手にれられたからよかった。エミリの長を目の前で見ることができたからな」
ハルはぐっと熱くこみあげるものを我慢するようにあえて無理やりに笑いながら言う。
視線をエミリたちに戻さないのは、ハルも旅立ちが近いことを改めて実してしまったためである。
その目じりにはるものがあった。
「も、もうハルさんにエミリさん! 泣くのはやめましょう! 最後の別れじゃないって言ったのはハルさんですよ! そう言ってエミリさんの背中を押したじゃないですか!」
ルナリアは頬を膨らませて二人のことを注意する。
悲しいのは自分も同じだというのに、彼は暗くなっている雰囲気を振り払う様にわざとらしく明るい大きな聲を出していた。
「お、おう」
「う、うん」
素直に返事をして、何度も頷くハルとエミリ。二人の顔には先ほどまでの寂しそうな雰囲気はなくなっていた。
「よろしい! それでは、今日の訓練はここまでにしてゆっくりしましょう」
そう言ってルナリアはエミリの手を引いて部屋へと戻っていく。
もちろんエミリの反対の手はハルが握っていた。
「そうなの! 今日は大きなベッドで三人一緒に寢よう?」
「えっ!?」
「そ、それは……っ!」
同じ部屋で寢たことはあるハルとルナリアだったが、一緒のベッドとなると妙な張がはしってしまう。
「……ダメ、なの?」
ふたりと一緒にいられる期間が短いからこそのおねだりが斷られてしまいそうだとじたエミリは悲しそうに呟くとうつむいている。
「わ、わかったよ。今日は三人で一緒に寢よう!」
「そ、そうです!」
悲しげなエミリの顔を見たくなかったハルとルナリアが慌ててエミリの提案を了承する。
すると、エミリはキラキラとした表でガバっと顔をあげた。
「やったー! 今日はみんな一緒なのーっ!」
落ち込んだのは演技で、こう言えば二人は一緒に寢ることを選んでくれるとエミリにはわかっていた。
まるでいたずらが功したかのように無邪気に笑うエミリは誰から見てもかわいらしいものだった。
「はあ、やられたな……ははっ」
騙されたことを悟ったハルだったが、エミリが喜んでいる姿を見ていると、思わず笑顔になっていた。
「ふふっ、エミリさんにはかないませんね」
つられるようにルナリアも笑顔になっていた。
その晩、ハルとルナリアは久々に一緒の布団で寢ることに張してなかなか寢付けなかったが、二人の間で安心したように早々眠りについたエミリの寢息を聞いているうちに自然と眠っていた。
翌日、朝食を終えたハルたちは神殿のり口にいた。
「エミリ、元気でやるんだぞ」
「エミリさん、頑張って下さいね!」
「うん! 頑張ってシルフェウスさんに負けないような巫になるの!」
目線を合わせてかがむハルと手を握っているルナリアが聲をかけると、エミリは元気よく返事をした。
「あらあら、私がいることも忘れないで下さいね……ハルさん、ルナリアさん、私はエミリさんと共にあります。頼りないかもしれませんが、信じて下さい」
ミスネリアは自分がともにいることで、しはハルたちを安心させたいと考えていた。
一緒に選ばれた巫候補として親近がわいた彼は、子供らしさが殘るエミリのことを妹のように大事にしていた。
「頼みます」
「お願いします」
そんな気持ちをけ取ったハルたちは深く頭を下げてエミリを彼に託すことにした。
「ははっ、私のおひざ元にいるんだから何かあるわけがないだろう? まあ、それでも見てくれる人間が多いのはいいことだ。君たち二人は安心して旅立つといい!」
ふふっと笑ったシルフェウスはを張ってハルたちの背中を押してくれる。
「それは安心です……それじゃ、ルナリア行こうか」
「はい」
二人はそう言うとエミリに手を振って馬車に乗り込む。
「二人も元気でね!」
そう口にするエミリは今までで一番の弾けるほどの笑顔で、それにこたえるハルたちも笑顔である。
馬車が小さくなって、見えなくなるまでエミリは大きく手を振り続ける。ずっと笑顔で……。
そして、馬車が見えなくなったところで力なく手をおろしたエミリの顔は涙でボロボロになっていた。
「エミリさん、使って下さい」
ミスネリアはすっとハンカチを差し出す。
「うん、ありがどなの……」
涙にくれたエミリはハンカチがぐしょぐしょになっても、ハルたちとのことを思い、まだそこで立ち盡くして大聲で泣き続けていた。
一方で馬車で出発したハルたち。
「――エミリ、今頃泣いてるだろうなあ」
ハルは手綱を握りながらそんなことを呟くが、いつもならすぐにあるルナリアからの返事はない。
「ルナリア、もう、泣いていいぞ」
エミリが我慢しているのを知っていたからこそ、ルナリアは昨日の訓練の時から今までずっと泣かずに我慢していた。
今も、口をぐっと真一文字に結んで涙を流さないようにこらえていた。
「はい、はい! ……うわあああああん!」
ここまでくればもう泣き聲も聞こえないため、顔を押さえたルナリアは盛大に泣き始めた。
最後に見た顔が涙でぐしょぐしょになった顔では、悲しい思い出になってしまうと考えたルナリアはずっと笑顔でいた。
気丈なように見えたのは、彼なりの気遣いであり、最大限の強がりでもあった。
背中にルナリアの泣き聲を聞いているハルの目からも、自然と涙が零れ落ちていた。
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