《【書籍化】え、神絵師を追い出すんですか? ~理不盡に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気にられたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~》第十三話「最後の威勢(古巣の凋落3)」
彩と真宵の企畫が仕上げにっている頃、井張は作業部屋で危機に瀕していた。
「井張(いばり)ぃぃぃーー!! 説明しろぉぉぉーーっ!!」
出社したばかりの俺を出迎えたのは、碇部長の怒鳴り聲。
理由はわかってる。
スマホRPGのガチャ更新でネット炎上したからだ……。
下手くそなイラストは十分な修正が間に合わないまま、世の中に出ることになってしまった。
反応が気になってエゴサし続けたが、ネットのコメントは「ブサイクすぎて草」、「これで集金とは終わったな」、「俺のエルルたんのSSSレア昇格を穢(けが)したヤツ死ね」と散々な評価だった……。
しかし、たかがイラストの質が一度崩れただけで、こんなに派手に炎上するわけはない。
一番の炎上理由は、部長がやった『SSSレア(追加レアリティ)の実裝』のせいだった。
事前告知なしのサプライズだったので、し前のガチャフェスでSSレア目當てにお金をつぎ込んできた既存ユーザーの怒りはすさまじかった。
しかも目玉のSSSレアでいきなり作畫崩壊を起こしたわけで、ユーザーの失は目に余るほどだ。
「申し訳ございません! 外注先のイラストレーターが知らないうちに変わってまして、そのぬぐいに奔走してたんですが……」
部長の怒りをなだめようと頭を下げるが、いつまでたっても怒聲は止まらない。
なんとかしろ、面子が丸つぶれだ……と、なんの解決にもつながらない小言で頭が痛くなってくる。
くそ、くそ、くそ!
自分の失敗の苛立ちを俺にぶつけやがって!
八つ當たりじゃねーか!
俺だって一言ぐらい言い返したい。
そう思って頭を上げた時、顔を真っ赤に染めた部長が機をぶん毆った。
「お前は現時點でクビだっ! 俺の顔に泥を塗りやがって!」
「ま、ま、待ってください! クビって何ですかっ!?」
「俺の企畫の擔當をだ! 進捗が悪い上にリーダーとしても役立たずの、この無能がーー!」
部長の企畫を下ろされる?
必死に頭を下げて、ここまで頑張ってきて、ようやくつかんだキャラクターデザイナーのポジションを?
それだけは手放したくない!
……気が付けば、俺は部長の足元で土下座していた。
「何とかしますから、クビだけは勘弁してください! 必ず今日明日で修正してみせますから!」
「お前はバカか!? 今日明日っつったら、俺の企畫書と丸かぶりだろうが! 審査會までの時間を分かってんのか? あと二日しかないんだぞ!」
「ど、ど、どちらも必ずやりますからっ……」
「ここまで悪化させておいて、どの口でほざくか、このアホが!!」
「ひぃぃ……っ!」
怒聲に全が震え、思わず床に額をこすりつける。
「ソ、ソシャゲの修正の方は、うちのデザインチームを員させますっ! 企畫書は俺が全全霊をかけて擔當しますから、どうか、どうか……」
「その言葉、忘れんな! 死ぬ気でやれ!」
部長はゴミ箱を蹴りあげると、けたたましい音で扉を閉め、去っていった。
金屬製のゴミ箱がひしゃげ、中をバラまきながら転がってくる。
俺にはそれが、自分自のように見えていた……。
◇ ◇ ◇
業務時間中、デザインチームと俺との空気は最悪だった。
それも無理はない。
……碇部長の暴言にさらされた上に、目下炎上中のソシャゲのイラスト修正を押し付けられたのだから。
なんと言っても、土下座した俺の威厳は地に落ちてしまっていた。
部下にまで頭を下げつつ、それでも何とか修正作業をやってもらう。
しかし、デザイナーの數や作業時間だけではどうにもならない問題に直面していた。
絵柄がどうしても似ないのだ。
癖がないようでいて絶妙に特徴のある絵柄は似せるのが難しい。
似せようとするたびに違和が強くなっていった。
レアリティの低いイラストなら許容範囲にするわけだが、注目の集まるSSSレア(最高レアリティ)のイラストとなると、そうもいかない。
修正作業は完全に暗礁に乗り上げていた。
「あのさ、もうちょっと似せられないかな? ほら、目の位置を2ピクセル離すとか」
「そう言って、さっきから離したり近づけたりしてるじゃないですか。一杯やってますけど、もう無理ですよ。……そもそも私たちはキャラ擔當じゃないので、これ以上のやっつけ仕事じゃどうにもなりません!」
「じゃ、じゃあっどうすればいいんだ!?」
「井張さん。リーダーなんだから、ご自分で考えれば? 私たちの相談なんて、今まで一度も聞いてくれたこと、なかったじゃないですか」
「お、ま、え、ら……!!」
下手に出てやれば付け上がりやがって……!
俺の弱味を握ったと思ってんのか?
苛立ちが抑えられず、顔が歪んでしまう。
すると、デザイナーどもが威勢よく俺をにらんできた。
「部下の一人も守れないリーダーの後なんて、ついて行きたくありません!」
「なんだ、誰のことだよっ?」
「彩さんですよ。夜住(やすみ) 彩(あや)さん。いつの間にかいなくなってるし、噂では追い出し部屋に追放されたって話じゃないですか」
「あれは部長が勝手に……」
「井張さんが正確な報告をしてなかったからじゃないですか? 彼が可哀想」
そう言われた瞬間、目の前が真っ赤になった気がした。
バンッとゴミ箱を蹴り飛ばし、ぶ。
自分でも何をんだのか分からなかった。
――そして、デザインチームの心は離れてしまったのだった。
◇ ◇ ◇
一人で孤獨にパソコンに向かう。
俺の目の前には企畫書の絵素材作と要修正のイラストの山。
デザインチームはそっぽを向き、二度と手伝ってくれることはなかった。
時計を見るたびに心が蝕まれ、びまわって逃げ出したくなる。
それでもキャラクターデザインをやりたいという渇が俺を椅子に座らせ、手をかし続けた。
だが、どう考えても時間が足りない。
その時思い出されたのは『夜住 彩』のことだった。
そういえば、あの新人が擔當していた間は問題が起きてなかった。
ひょっとして、あの新人がうまくまわしていたのか?
想像したくなかった可能に苛立ちを覚える。
まさか『金食い蟲の無能』と思い込んでいたに守られていたとは、考えたくなかった。
……とはいえ、ここまで狀況が切羽詰(せっぱつ)まっていると仕方がない。
こうなったら夜住に頼むか?
あの追い出し部屋の住人に、この俺が?
悔しさにが焼け付くようだ。
しかし背に腹は代えられない。
俺は重い腰を上げ、追い出し部屋へと歩き出した。
◇ ◇ ◇
「ふふふんふ~ん! 二人なら~ムテッキ~~さぁ~!」
執務區畫を抜けて倉庫の區畫に踏み込んだ時、バカみたいに間抜けな歌が聞こえてきた。
廊下の曲がり角から恐る恐る奧をのぞくと、そこには大きな抱き枕をかかえた。
――夜住 彩が歩いていた。
相変わらずのふざけた格好。
俺が死ぬほど働いて疲れているのに、あいつは追放されたくせに呑気なもんだ。
追い出し部屋は殘業もなく、さぞや快適だろうな!
さっさと辭めればいいものの、仕事もないのに會社に居座り続けるなんてムカついてくる。
奴の間抜けな姿を見た瞬間に、『夜住に頼む』という選択肢は消え去っていた。
そうだ、馬鹿馬鹿しい。
俺は何を迷っていたんだ。
追放された奴に仕事を頼んだと知られれば、部長に何を言われるか分かったものじゃない。
くそ、やってやる。
俺が自分で直してやる。
俺は凄い! 俺は凄い!
あんな新人にできたこと、俺にできないはずがないんだっ!
――これが、井張の最後の威勢になった。
彼はまったく分かっていなかったのだ、夜住 彩の筆の速さが常軌を逸していることに。
彩の作畫スピードと畫力に依存していたのに、その事実を知ろうともしなかった。それどころか、自らの求にばかり突きかされて周りをないがしろにしてきた。
その愚かな行為のつけを払うときがやってきたのだ。
結局、井張はガチャ用イラストの修正を終えられず、そして碇部長の企畫の絵素材もそろえられなかった。
最悪の狀態のまま、企畫審査會になだれ込む――。
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