《【書籍化】え、神絵師を追い出すんですか? ~理不盡に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気にられたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~》第二十八話「偽の末路(仇敵の転落 4)」
鬼頭局長からの呼び出しをけてから、嫌な予が止まらなかった。
胃がきりきりと傷む中、ぼくは局長室の扉を開ける。
そして、嫌な予はさらに濃くなる。
そこにいたのは鬼頭局長だけではない。
ルーデンス・ゲームスの擔當プロデューサー、阿木 雅の姿があった。
「伊谷見くん。まあ、そう張せず。……こっちに來なさい。阿木くんからお話があるそうだ」
鬼頭局長の手招きに応じて、ゆっくりと進む。
局長は普段と変わらない落ち著いた様子だけど、発した時が恐ろしいので、逆鱗にれないように気を付けなくてはいけない。
阿木プロデューサーは相変わらずのニヤついた顔で、こちらも面が見えなかった。
「お、おお、お話とは?」
「伊谷見さ~ん。プロトタイプの開発、隨分と手こずってるみたいだね~。先日提出された途中段階のROMをってみたんだけどさ、処理落ちしまくってガッタガタだねぇ。大丈夫なのぉ~?」
くそ。
その問題は言われるまでもなく把握しているんだよぉ。
……すべては『ユニゾンエンジン』のせいなんだ。
味方キャラを増やして畫面が派手になると、加速的に処理が重くなる始末。
困ったのでエンジンの高速化をエンジン開発チームに打診したのに、改善されるのは半年以上は待たされるときた。
それだと審査會に間に合わないし、今からエンジンの変更をすると間に合わないし、八方ふさがりなのだ……。
「それは……あのですねぇ。ユニゾンエンジンの処理が重くて」
報告しようとした時、局長の目が吊り上がった。
「なんだね伊谷見くん。エンジンのせいにするのか?」
「いい、いやっ! めっっそうもございませんっ! まだデータの最適化ができていないだけでして、データを軽量化することで、十分に遊べるものになるはずですぅ」
しまった。
ユニゾンエンジンは鬼頭局長の肝り。
不満をぶちまけたいところだけど、そんなの怖くてできるわけがない……。
「あと、マルチプレイもまだ実裝されてないみたいだけどぉ? 『他プレイヤーとの共闘』が企畫の骨子なのに、心配だなぁ」
「それはですねぇ……。複數キャラを表示すると、処理が重くなり……。あっ! エンジンのせいではございませんよぉ。これもデータの最適化が済めば解決するはずでしてぇ……」
「ふぅん。……ま、現場のアレコレに口出すのはボクの役目じゃないんで、伊谷見さんの采配を信じるしかないねぇ」
そして、ようやく阿木プロデューサーは口を閉じた。
……どうやら話は以上かなぁ?
張してたけど、容は大したことがなかったよ。
審査會まであと三か月もあるんだ。それぐらいの指摘なら、きっとこれからの調整でどうにでもなる。
「……では、ぼくはこの辺で失禮して、現場にもど」
「いやいや、待ってよ~。本題はこれからなんだから」
「はっ?」
嫌な予が再び頭をもたげる。
心臓をギュッと摑まれた想いで振り返った。
見ると、阿木プロデューサーだけではなく、鬼頭局長まで表が凍り付いている。
「実はねぇ、年ジャックの編集部からルーデンス(うち)に抗議があったんだよ~」
「こ……抗議、ですかぁ?」
「あなたがデザインを発注してる仙才先生ね。執拗(しつよう)な催促(さいそく)でノイローゼになっちゃって、原稿を落とされたんだって~」
「えっ!? ……そんな、まさかぁ」
そんなこと、知らなかった。
確かに昨日、仙才先生はやけに弱気になっていたけれど、まさかそこまでだったとは……。
「昨日も先生に酷いことを言ったんだってね~?」
「伊谷見くん。どうなのかね? ……ん?」
目の前の二人に威圧され、全にぶわっと汗が噴き出る。
まともに目を合わせられない。
心臓が痛い。
「いや、あの。……締め切りに間に合わずに困っていたのは我々でしてぇ……」
「どんな酷いことを言ったのかね?」
「ス……スケジュール的に難しいなら、我々のデザインを活用してくださいと……提案したまででしてぇ……」
そうだ。
別に後ろめたいことは言ってなかったはず。
たぶん、おそらく……。
だけど阿木プロデューサーの目は、まるで獲を逃がさない蛇のようだ。
「おやぁ? 舌打ちされた上に『デザインなんて企畫書と同じでいい』なんて言われて、絵描きとしてずいぶんと傷ついていらっしゃったようでしたよ~? あと、じわじわと神的に追い詰められていたとか」
仙才……あの気野郎。……告げ口しやがって。
た、た、確かにそう言ったかもしれないけれど。
だからといって、勝手なニュアンスでけ取るんじゃないよ……。
「伊谷見さ~ん、聞いてるぅ?」
「え、あ……はい」
「今回はボクがていちょ~うに頭を下げたのね。ボクの預かりしらぬところの問題とはいえ、一応プロデューサーだからね~」
「……ありがとう……ございます」
答えたと同時に、ドンッと大きな音が響いた。
局長が機をたたき、ぼくをにらんでいる。
「伊谷見。……なんだ、その答えは。禮を言う場面じゃないだろう? そもそも、外部作家の起用は、お前(・・)が、無理(・・)に、俺に頼んだんだ。しかも、聞けばルーデンスさんに何の斷りもなかったそうじゃないか?」
あれぇ?
作家先生の起用って、ぼくが頼んだんだっけ?
記憶では、鬼頭局長が「人気作家とのコラボは売れそうだな」と言って、二人の先生の作品を見せてくれたはず……。
ずいぶん前のことで記憶がおぼろげになってるけれど、必死に思い出す。
そして、思い出した。
……局長は「起用しろ」とは一言も言ってない。
ぼくが勝手に同調しただけだ……。
ディレクターになりたくて、気にられようとして……。
あの時は局長もノリノリだったはずなのに、手のひらを返したような態度が恐ろしい。
これがハシゴを外されるってことなのか……。
いや、まだ終わってない。
まだ弁解のチャンスはあるはず。
こんなときは土下座しかない!
ぼくは局長の前に進み出て、床に頭を付けた。
「申し訳……ございません」
「俺に謝ってどうなる? 阿木くんに謝らんか、このバカ者があぁぁぁあっ!!」
「ひいぃぃぃっ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
ぼくは必死に謝った。
それなのに、局長の小言は続く。
「……そもそも、現時點でまともに製品がかない狀況はどうするつもりだ? 伊谷見、確かお前は言ったな? 『新人に任せてもろくに出來上がらない。ぼくなら三か月もあればかせる』……と」
「あ、あれはエンジンが想定通りであれば……」
「ほう、またもやエンジンのせいか。殘念だ。本當に殘念だ。……課長のお前が、わざわざ部長たちに回しをしてディレクターを名乗り出たんだ。その心意気を汲み取ってやったのに、この(てい)たらくをどう説明つける?」
「あの……その……」
頭の中が真っ白で、なにも思い浮かばない。
そして、局長は立ち上がった。
「……伊谷見ディレクター。現時點でお前を更迭(こうてつ)する」
「こ……更迭っ!?」
更迭……つまりディレクター職を降ろされるということだ。
その殘酷な言葉に、が震える。
「阿木くんも、異存はありますまいな?」
「う~ん。ボクとしては心配の種が増えるだけですけどね~。……ま、鬼頭局長が『口を出さないように』とのことなので、靜観させていただきますよ。最終的にプリプロダクションの審査で開発力を証明いただければ、特に言うことありませ~ん」
「ふむ。では決まりだな」
二人の間でどんどんと話が進んでいく。
ぼくはすがり付くような思いで割ってった。
「い、いやちょっと待ってくださいよぉっ! こんな中途半端な時期にディレクター不在だなんて意味が分からないですよぉ……。チームを把握してるぼくが続投したほうが……」
「ふん。お前よりもまともな人材を充ててやるから安心しろ。お前がチームを把握してるんなら、後任ディレクターの部下(・・)としてサポートに回れば十分だろう?」
「サポート……」
いやだ。
栄のディレクターを降ろされるのも我慢ならないのに、恥をさらしながらチームに殘るなんて死んでもいやだ。
ぼくは首を橫に振る。
「なんだ、嫌なのか? お前は以前も『ディレクターになるから』と言って殘務を古巣に押し付けたよな? またもや責任を放棄して去るつもりか?」
……そんなことを言われたら、ぐうの音も出ない。
これ以上逆らったら、追い出し部屋に追放されてしまう。
それだけは嫌だった。
ぼくは、改めて床に額を付ける。
「う……ぐぅ……。い、い、嫌では……ござい、ません。萬全にサポートして、みせますですぅぅ……」
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます!
次回以降からはさらなる新展開が始まります。
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