《【書籍化】え、神絵師を追い出すんですか? ~理不盡に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気にられたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~》第四十話「パンドラの箱(逆襲 3)」

局長室に二人きり。

僕と対面する鬼頭は、妙な威圧を漂わせていた――。

「真宵くん。君の作ったプロトタイプは確実に承認されるだろう。阿木くんをはじめとするルーデンスの皆さんも喜んでおられるよ」

「……ありが」

「しかしだ。……それだけではプリプロダクションは通過させられんな」

言いかけた言葉にかぶせるように言い、鬼頭は不敵な笑みを浮かべた。

――きた。

悪質な課金要素を組み込めと言う『相談』に違いない。

ICレコーダーのスイッチはれてある。

今日の言はすべて記録し、証拠にしてやるのだ。

僕は何も知らぬふりをして様子をうかがう。

「鬼頭局長。どういうことでしょうか?」

「現狀の運営計畫。あれは生ぬるい、ということだ。DLCがうまく売れて、ようやく予算を回収できる見込みなんだろう?」

確かに今回のゲームは、最初の売り上げだけでは予算を回収できない恐れがある。

それだけ新規タイトルは初が読みにくいわけだ。

だから、今作では有料のダウン(D)ロード(L)コンテンツ(C)を定期的に配信する計畫なのだ。

メインターゲットはあくまでも小學生なので、お小遣いの範囲で買える金額に設定するつもりだ。

もちろんお値段以上の面白さを実現してみせるし、搾取するつもりは全くない。

「生ぬるいとおっしゃっても、メインターゲットのことを考えると、このぐらいが限度かと。阿木プロデューサーもそうおっしゃっています」

「『12歳以上対象(CERO B)』にするんなら、中高生も遊ぶだろ。課金機會をもっと増やしてもいいんじゃないかね?」

ほう。

鬼頭はメインターゲットなんてどうでもいいと思ってるらしい。

どうせガチャを導しろと言いたいんだろうが、ひとまず外堀を埋めようか。

「これ以上の課金となると、ネットワークプレイの利用料金を取るぐらいしか……。しかし、利用料が発生するとなると、お客さんは及び腰になってネットワークプレイをしなくなる。そうなるとゲームの幹が崩れます」

「そこにメスをれる必要はなかろう。ほれ、何か思い浮かばんか?」

きたきた。

しかし、僕から言い出すわけにはいかない。

馬鹿なふりをして、しらばっくれる。

「…………。はて」

「君はスマートフォンでゲームをすることはないのかね?」

「申し訳ありません。不勉強なもので」

「若者なのに珍しいな。何事も勉強だぞ」

「その……スマホになにかヒントでも?」

すると、鬼頭は手首をひねりながらつぶやいた。

ガチャガチャを回す仕草だろう。

「ガチャはわかるかね?」

「百円玉をれて回すとおもちゃが出てくる……アレでしょうか?」

「まあそうだな。當たりが出るかのドキドキは、課金というリスクがあるから得られるものだ。あれはいいシステムだと思うよ」

れろ、ということでしょうか?」

「さあな。面白いな、と思っただけだ」

気持ちの悪い導だ。

あくまでも命令はしないつもりか。

「面白いという意味が分かりません」

「ランキングシステムがある以上、他よりも強くありたいと思うのは人の(さが)。そんな時にリスクを冒してでも強くなれるとあれば、俺なら飛びつくがなぁ」

鬼頭はにやりと笑い、そして口を閉じてしまった。

……結局、分かりやすい命令は無かった。

大蛇に締め付けられるような不愉快な威圧

気が付くと手のひら一面に汗をかいていた。

この男、想像以上に手ごわい。

突破口を探して考えを巡らせていると、鬼頭がなにかを思い出すように遠くを見つめてつぶやいた。

「そう言えば昔話だがな。祭の屋臺でくじ引きの店があったんだが、なかなか興味深いものを見たな」

「どういうことでしょう?」

「高価なゲーム機を並べてあるが、それは當たりではないんだ。ただ飾ってあるだけ。そして子供は興気味にくじを引くわけだ。実に変わった飾りだと思ったよ」

言っている意味は分かる。

街の祭に出沒する屋臺に、悪質なくじ引き屋が紛れているのは聞いたことがある。

大當たり風に飾ってある景品は基本的に當たらない。

紐の先に當たりはついていないし、當たり番號は最初からってないというありさまらしい。

なんて酷いことを考えるんだ。

詐欺をしろと言っているも同然だ。

「……つまり、當たりではないを飾りつつ、ガチャを設置しろ、と?」

「さあな。そんなこともあるんだな、と思っただけだ」

くそ。

ここまで言っておいて、それでも明言を避けるか。

「……とにかく、販売後も利益を出すアイデアをれること。それがプリプロダクションの審査を通過する條件だ。……真宵。もう行っていいぞ」

そう言って、鬼頭は扉の方を指さした。

出て行けという合図だ。

神野さんが苦しんだのはこれか……。

ここで反発している限り、プリプロは通らないっていうことだ。

のらりくらりと躱(かわ)され続け、自発的に鬼頭のむ答えを言うまでは、無関係のいちゃもんをつけられるのだろう。

意を決して打ち合わせに臨んだのに、まだなんの証拠も手にしてない。

鬼頭を追い詰めないかぎり、いくら會社を糾弾(きゅうだん)しても意味はないというのに……!

退出を促してくる鬼頭を前に、僕は踏みとどまる。

そして、鬼頭の目を見據えた。

「絶対に……嫌です」

「……ああ? なんといった?」

鬼頭の聲に凄みが増す。眉間にはみるみるとシワが寄っていった。

鬼の形相を前に震えがくるが、それでも必死に立ち止まる。

「有料DLC以上のことはできません。死んでもやりません」

これは『餌』だ。

怒れ!

怒って口をらせろ!

そんなに口が堅いのなら、僕が力ずくでこじ開けるっっ!!

「じゃあお前をクビにするだけだ。ディレクターの代わりなんぞいくらでもいる!」

「僕をクビにすれば仙才先生と江豪先生は失されますよ。ディレクターが代し続けるチームなんて信頼の欠片もない。そんなところに誰が協力できますか?」

「き、さ、まっ!!」

「……しかし、命令とあらば致し方ありません。僕は一介の會社員で、會社役員の命令には従わざるを得ません。もし分かりやすいお言葉で、しっかりと、事細かく命令していただけるのならば、僕も従いましょう」

さあ、キレろ!

そして言え!

命令しろ!

お前自の言葉で首を絞めろ!

……しかし、鬼頭はゆっくりと立ち上がる。

不気味なほど靜かでいて、その表は闇のように暗い。

睨(にら)まれるだけで心臓をつぶされそうな視線。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「真宵くん。……お前は今のユニゾンがどれだけ苦境に立たされているのか、分かっておらんのだな」

「苦境……ですか?」

「我が社が有するシリーズ作品、そのどれもが落ち目だ。會社を維持するために社長がどれだけ心を痛められておるのか、分からんのか?」

「いや、あの……」

話題の方向が見えない。

家庭用ゲーム部門が赤字質だとは聞いたことがあるけど、今、僕は何を問われているのだろう?

すると、鬼頭の表が一変した。

マグマをため込んだ火山が発するように、ドンッというデスクを叩く音と共に怒聲が響き渡る!

「全ては売れないゲームをつくるお前らが! 金ばかり使うお前らが、無能なのだーーっ!! ああっ? 『有料DLC以上のことはできません(・・・・・)』~~っっ!? まずは利益を出してから言ってみろおぉぉっっ!!!」

熱風を浴びせかけられたかのように、言葉に圧倒されて息ができない。

そして鬼頭は僕に顔を接近させ、暗い聲でつぶやいた。

「それとも何か? ユニゾンが持つ作品の権利を他社に売るか?」

「えっ?」

なにを言われたのか理解できない。

作品の権利?

売る?

「ルーデンスの傘下になったとはいえ、我が社が元々保有していた作品の権利はいまだに我が社にある。いわば屋臺骨だ。売ればいい金になるだろうさ。俺は別にいいんだぞ! 會社を……社員を守るためのことだ。を流す覚悟くらいあるわ!!」

「い、いや……。僕はそんなこと……」

「俺はこれでもな、開発者の皆さんが大切にしてきたタイトルを必死に守ってきたんだ。それなのに利益を出す努力ができない奴が、ずいぶんと偉そうなもんだな! ああっっ!?」

バンバンと叩かれ続ける機の音と共に、鬼頭のびが頭に響く。

「おお、おお、売ってやろうじゃないか。奇麗なお金を手にれるためだもんなぁ。お前はご立派だよ。ご立派なまま會社を維持するんなら、俺も大切なタイトルを売るわ! 『ドラゴンズスフィア』なんて、高く売れそうだと思わんか? 海外にでも売ってやろうか?」

――の気が引いた。

まさかこんなことになるなんて思わなかった。

僕が開けたのは……パンドラの箱だったのだ。

神野さんの顔が浮かぶ。

會社を辭めさせられて、それでも自分の作品とファンのために戻りたがっている。

そんな人が何よりも大切にしている『ドラゴンズスフィア』を……売る?

それは、それだけはやめてしい……。

その瞬間、床に額をつく自分の姿が想像できた。

みっともなく許しを請い、なりふり構わず靴をなめる自分の姿が。

……ダメだ。

ダメだダメだダメだ!

そんな真似、できるか!!

こんな人の心のないクソ野郎に、下げる頭なんてないっっ!!

「やめろぉぉっ!!」

「なんだその口のききかたはぁぁぁーーっっ!!」

「作品を盾にとるような、卑劣な真似は許さないっ!! 子供たちから搾取する真似も許さない!! 僕は斷固として立ち向かう!!」

「おうおう、よく言ったな若造が!! じゃあ作るのを止めろ。今すぐ止めろ!! 貴様の企畫は絶対に通さぬわあぁぁ!!」

顔と顔がぶつかりそうになる至近距離。

僕は絶対に目を離さない。

鬼頭は間違っている。

すべてが自分の手のひらの上にあると勘違いしてるんだ、この男は。

なにを馬鹿な妄想を!

こいつに支配されてたまるものか!!

「はっ! ははははははっ!!」

「な、なんだ!? 急に笑い出しおって……」

「ははは。すぐにルーデンスに審査中止を伝えてくださいよ。中止できるわけがないんだ。この案件はすでにルーデンスから予算をもらっている。どんなであれ、報告しなければならないはずだ」

阿木さんは言っていた。

プリプロダクションの予算はルーデンスが出していると。

大きなお金が絡んでいる以上、鬼頭個人がどう考えようが、ルーデンスに果を見せなければいけないのだ。

まさに図星だったのか、鬼頭の表は引きつっていてかない。

「どうしました? なぜ無言なんです? 審査を中止にできないなら、僕を更迭すればいい。新しいチームを編してもいいでしょう。……できないはずだ。今から作り直す時間なんてない。そして僕を外せばチームは分解する。だって今は『ちゃんといただけ』ですから。ゲームとして仕上げるには、僕の頭が必要なんですよ」

言いたいことを言いきった爽快で顔が緩んでしまう。

鬼頭は何も言い返せないのか、しばし無言のまま。

そしてようやく聲を絞り出すように、何かを言い始めた。

「……審査會までの命だ。審査會をすぎれば、必ずクビにする」

「ほう。それは、結果がどうあれ解雇するということでしょうか?」

「そうだ! 二度と業界で仕事できないようにしてやる!!」

この男、自分で何を言っているのか分かってないのか?

正社員をそう簡単にクビにできるわけがないだろう。

わざわざ追い出し部屋を作ったぐらいなのだから。

そして、この発言は確実に法にれる暴言。

予定と異なる展開になったのだが、これはこれで良しとしよう。

審査會の日が楽しみになる。

「ははっ。いいでしょう。クビにしていただける日を楽しみにしています。それまではしっかりとゲームを作らせていただきますよ。はは、はははははっ!!」

僕はもう、笑わずにはおれなかった。

◇ ◇ ◇

真宵が晴れ晴れとした気持ちで開発チームに戻った頃――。

ユニゾンソフトの社長室に一人の男が姿を現した。

鬼のような形相で社長に迫る男。

それは鬼頭である。

それに対する社長は恰幅(かっぷく)のいい鬼頭と比べ、肩をすぼめて弱々しい。

鬼頭の顔をうかがうように顔を上げた。

「鬼頭さん。……どうしたんですか?」

「おい。社長からの業務命令を出してもらうぞ」

「業務……命令ですか?」

「次の審査會、企畫を卻下するように指示を出せ。全局長と全部長にだ! ルーデンスがどう言おうと、開発の総意でねじ伏せる!」

「しかし……」

さすがに橫暴な要求に、異を唱えようとする社長。

しかしその反論を押しつぶすように、鬼頭は社長の耳元で囁いた。

「あんたの罪を隠してやってるんだ。……その恩をじろよ。なあ、與脇(よわき)社長さんよぉ」

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