《【書籍化】え、神絵師を追い出すんですか? ~理不盡に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気にられたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~》第四十三話「追い出し部屋の終焉 2」
「おい! 全員、手を止めるんだよぉぉ!!」
追い出し部屋の中を見渡して、大きな聲で威嚇する。
このぼく、伊谷見(いやみ) 太(ふとし)に恐れをなしたのだろう。
追い出し部屋の住人(追放された無能たち)は肩をすぼませてビクついている。
「ここで開発が行われていると聞いた。伊谷見、間違いないな?」
そう言ってぼくの隣に進み出てきたのは鬼頭局長だ。
局長は部下である數人の男たちも引き連れている。
ぼくは局長の問いに、自信を持ってうなずいた。
「勝手に企畫を作ってた夜住嬢のことですよぉ? 半年も何もせずにいるわけ、ないじゃないですかぁ~。うへへ。さっきも取りしちゃって可……怪しかったしぃ。絶対に何かありますってぇ」
「……ふむ。見る限り、機材は見當たらないようだが……どうせ隠してるんだろ。全員、一切くな! 伊谷見もお前らも、しっかり調べろ!!」
「はいぃっ!」
鬼頭局長の號令と共に、ぼくらは一斉に室に散らばる。
ぼくはまず、一番怪しい場所へと突撃した。
「どうせ鍵付きの場所にれてるに決まってんだ! このバールのようなを食らえぇぇっ!!」
壁際にある、鍵のついたロッカー。
ぼくならここにしまい込む。鍵を閉めとけば開けられないからねぇ!
でも、この鉄製の武。バールのようなを前にしてはひとたまりもあるまい。
警備室から奪ってきてやったんだ!
ぼくは思いっきり蹴っ飛ばすと、わずかに歪んでできた隙間に武をツッコむ。
そして力いっぱいにこじ開けた。
「ほぅら局長、ご覧の通り……!」
「……なにもないが?」
「…………あれぇ?」
そんなはずはない。
ぼくの見込みが外れるわけがないのに、中はがらんどうだった……。
田寄のババアが「庶務に言いつける」ってつぶやいたのを忘れない。
お前こそ局長にクビにされればいいさ!!
いや、まだまだ隠し場所なんていくらでもある。
「そこだ! さっきから気になってたんだよぉ。暖簾(のれん)とダンボールで壁を作って、あからさまに怪しいねぇ!」
部屋の隅には謎のパーテーションが出來上がっている。
さっきから何かく音が聞こえていた。
暖簾を引きはがし、壁のように積みあがっているダンボールを蹴っ飛ばす。
しかし同時に、ぼくは目が點になってしまった。
暖簾の向こうでは、パンツ一丁の男がシャドーボクシングをしていた。
……こいつは元格ゲーチームの変人、高跳(たかとび)羽流(はねる)だ。
暇さえあれば半になるせいで、格ゲーチームにいた頃もパーテーションの中に隔離されていたことを思い出した。
「ななな、なんすか! 急にってきて! エッチっすね」
「き、き、汚いものを見せるんじゃないよぉ。何をやってるんだよぉ!?」
「自分の筋をでてちゃダメっすか!? ほら、引き締まってるでしょ」
そう言って、姿鏡の前でポーズして見せる。
くそ、自慢してるのかぁ?
ぼくが太ってること、気にしてるのを分かってて?
男のパンツなんか見せられても、何一つありがたくないんだよぉぉぉぉ!!
「邪魔だ。どけよぉ!」
高跳を押し退け、パーテーションの中にある機を調べる。
……しかし何もない。
蹴っ飛ばして転がったダンボールを調べても、中にはゲームの攻略本や雑誌など、當たり障りのないものばかりだった。
「ふんっ。早く服著ろよ! 変なきもすんなよ!」
本當に気分が落ちたけど、気を紛らわそうと他の連中の機の引き出しを次々と開け放つ。
――しかしすべての引き出しを開けても、パソコンどころか関係しそうな紙切れ一枚見當たらなかった。
機材を探している他の男たちも、依然として何も見つけられていないようだ。
「ふ……ふふん。引き出しにはってないようだねぇ。まあこんな分かりやすい場所だなんて最初から思ってないさ。……はじめから分かってたよぉ。そこの雑用備品のダンボールだろぉ?」
ぼくの視線の先にある巨大なダンボール。
これは追い出し部屋の連中を忙殺するためだけに送られているゴミの山。
名目通りなら、中には使い古しのキーボードやマウス。もしくは贈答用の品がっているだけのはずだ。
しかしぼくの想像通りなら、この中に機材が詰まってるはずなんだよぉ!
ぼくは駆け寄り、勢いよく蓋を開いた。
「…………あれぇ?」
「どうした伊谷見。あったのか?」
監視中の局長に問われるけど、首を橫に振ることしかできない。
「いや……。古い電話帳の山だけですぅぅ」
「それはそうだろ。今日のこいつらの仕事は電話帳の書き寫しだ。そんなところを見るより、全員の手荷をチェックするのが先だろうが!」
「そうでしたぁ! 今すぐ確認いたします」
しかし誰の手荷を調べても、怪しいものは出てこない。
おかしなと言えば、鞄の中にパンパンに詰まったストラップフィギュア、ラインナップかな駄菓子の山、謎のカツラにプロテインの大袋。
……開発機材はパソコンのパの字も見つからなかった。
機の下や死角を探しても、どこにもない。
おかしい。おかしいぞ。
床を見渡せば、ほかの男たちがひっかきまわした殘骸が所狹しと散らばっている。
でも、誰も何も見つけられていないようだった。
さすがにしびれを切らしたのか、鬼頭局長があからさまに機嫌悪くなる。
「おい伊谷見ぃぃ!! 貴様が言うから來てやったんだ。これはどういうことだっ!?」
「なんだよ鬼頭。相を変えて、なんかお探しかい?」
苛立つ局長に一人のジジイが近寄っていく。
それは機材管理室の偉そうなジジイ、長屋だった。
局長はいぶかしそうにジジイをにらむ。
「長屋! そもそもなんでお前がここにいる!?」
「いちゃわりいかよ。……知ってるだろ? 雑用を押し付けに來たんだよ。この部屋では雑用が行われてるだけだ。どっかのお偉いさんの命令でな」
「パソコンがあるはずだ!」
「そんなもん、どこにもねぇよ。お前の手下どもがさんざん探してただろ?」
そう言って、ジジイは不敵に笑う。
引退を目前とした老いぼれの癖に、その眼はやけに鋭かった――。
◇ ◇ ◇
――時はしだけ前にさかのぼる。
私が真宵くんへのヘルプメッセージを送った直後、最初にノックしてきたのは長さんだった。
恐る恐る扉を開くと、廊下には長さんが立っていた。
傍らには臺車にのった大きなダンボールが置かれている。
「長さんがどうして!?」
「説明はあとだ。……だいたい事は察してる。鬼頭が部下を集めてるのを見かけてな」
そして室にると、長さんは全員の顔を見渡した。
「パソコンの隠し場所に困ってんだろ?」
「あ、そのためのダンボールですか?」
「いや、これにれてもどうせ探されちまう。これは『ちゃんと雑用してますよ』って見せるためのダミーだぜ」
「じゃあ、どうすれば……」
すると、長さんは真下を指さした。
「床を開きな!」
「ふぇ? 床??」
「あ、その手があったか!」
田寄さんはポンと手を叩いた。
そして長さんと田寄さんはおもむろにカーペットをはがし始める。
あらわになった樹脂製の床パネルが外されると、なんと床下には數センチの隙間が広がっていたのだった。
これを見て、私はようやく思い出す。
追い出し部屋で開発を始めた當初、長さんたち機材管理室の人たちがLANをセッティングしてくれたときも床パネルを外していた。
元々この追い出し部屋は開発用に設備が整えられていて、床も『OAフロア』という床下配線が敷ける仕組みになっていたのだ。
床下の隙間は場所によって空間の広さが違うけど、広い場所ならノートパソコンぐらい隠せそうに見える。
「じゃあ、さっさと隠そうぜ。LANケーブルと電源タップも忘れずにな!」
……こうして、すべての機材や関連書類を床下に隠すことができた。
局長さんと伊谷見さんが現れたのはカーペットを元に戻した直後のことで、本當にギリギリのタイミングだったのだ。
◇ ◇ ◇
「伊谷見いぃぃぃぃーーーっ!!」
空気が震えるほどの怒聲が響き渡る。
私に向けられた怒りではないのに、震えあがるほどに怖かった。
現在は地上部分の捜索が終わったところ。
床下のはバレておらず、伊谷見さんは怒られてをこまらせている。
「あるはずなんですよぉ……。そうでなくちゃ、真宵の変化が説明つかない……」
「貴様が言うから、全員の手荷検査までやっただろうがぁぁ!!」
叱責される伊谷見さんはを震わせ、助けを求めているのか、あちこちを見回している。
けれど誰からの助け舟もなく、今にも泣き出しそうだった。
……その時だ。
彼の視線が私に向いた。
いや、その視線は腕の中の抱き枕に注がれている。
その目はみるみると大きく見開き、狂気のを湛えているように見えた。
「……まだ殘ってた! 局長! まだ探してない手荷、ありましたよぉぉぉ!!」
「何ぃ?」
「夜住嬢の抱き枕の中ですよ! ほら、その大きな袋っ! まだ見てませんよぉ!」
伊谷見さんは私の抱き枕を指さす。
局長さんも目をらんらんと輝かせ、私をにらみつけてきた。
「……そうか。この、企畫審査會の時にも中に企畫書を隠し持っていたことがある」
「な、ないです。ないです!」
私はとっさに後ずさった。
危険を察知してくれたのか、高跳さんや創馬さん、それに他のみんなが一斉に駆け寄ってくれる。
……だけど局長さんの部下が一手早い!
みんなは一気に取り押さえられてしまった。
「夜住さん、逃げて!」
「高跳はここで潰れとけぇぇ!」
部下の一人を押し退ける高跳さん。
だけど、伊谷見さんはその上から飛び掛かった。
鈍い音と共に高跳さんの斷末魔が響く。
そして私の背後には局長さんが迫り、一瞬で詰められる距離。
何この人!?
怖い!
怖い!
絶対にどっかおかしいよ!!
「見せてみろぉぉ!! よこせぇぇ!!」
背後からびる手。
抱き枕の端に引っかかる。
……そして、ブチッと音が聞こえた。
「絶対にダメェェ!!」
この抱き枕は私の心の支え!
部屋に閉じこもってた昔の私と、最後まで対話し続けてくれたゲーム。
そのする作品のプレミアムな抱き枕カバーなのだ。
私自がどうなろうとも、絶対に守ってみせる!!
頭の中がカアッと熱くなり、全力で腕を叩き落とす。
そして抱き枕をとっさに遠くへ放り投げ、私は局長さんにつかみかかった。
抱き枕を手放したせいで、一気に意識が遠のく。
――ダメ!
ここで意識を失っちゃダメ!!
心の奧底を燃やし、歯を食いしばった。
ここで奪われたが最後。カバーはビリビリに破かれ、中綿が抜かれるんだ。
酷い解現場を前にして泣きじゃくる私。……そんな未來、來ちゃいけない!
ううん。
それだけじゃない。
こんな橫暴な悪の権化、許すわけにいかないんだ!
「小娘がぁぁ!! のくせに邪魔するなぁぁ!!」
「小娘じゃないもん!! 私は私。夜住 彩だもん!!」
ぶと不思議と力が湧く。
この人が神野さんを、真宵くんを、モノづくりの人たちみんなを苦しめた!
お金儲けばかりを考えてて、遊ぶ子供たちのことを何一つ考えてない!
この場から、一歩もかしちゃいけないんだっ!!
「この……神野組の殘黨がぁぁ!!」
摑んだ腕を引きはがそうと、局長さんが大きくもがく。
でも、私は絶対に離さない!!
この化けを食い止められるのは、私しかいないんだからっ!!
「そこまでです!!」
唐突に開かれる扉。
とっさに視線を送ると、そこにはゲーム會社に似つかわしくない背広姿の人たちがいた。
「我々は労働基準監督署です。臨検(りんけん)に參りました」
――臨検。
あとになって知ることになるけど、それは『臨検監督』と呼ばれる抜き打ち調査だった。
そして背広の人たちの脇を通って現れたのは盟友、真宵くんの姿。
彼が労基の人たちを連れてきてくれたのだと直した。
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