《【書籍化】え、神絵師を追い出すんですか? ~理不盡に追放されたデザイナー、同期と一緒に神ゲーづくりに挑まんとす。プロデューサーに気にられたので、戻ってきてと頼まれても、もう遅い!~》第四十五話「波の審査會」
真宵のチームによる新作ゲーム……『デスパレート ウィザーズ』の審査會が始まる。
今回のプリプロダクションの審査會を通過すれば、本制作(プロダクション)のための大予算が承認されるわけだ。
ゲーム開発の中でも特に大きな関門であった。
參加者はルーデンス側のプロデューサーや役員たち六人と、ユニゾン側の局長や部長あわせて七人。
そして発表者の真宵。
この十四人がルーデンスの會議室に集まっていた。
すでに審査會は始まっており、真宵は張の面持ちで企畫容を説明している。
しかし、ユニゾン側の審査者の筆頭である鬼頭は、まるで話を聞く気がなかった。
◇ ◇ ◇
真宵の言葉など聞く耳持たず、鬼頭はふんぞり返って座っていた。
どうせ棄卻するつもりだ。
結論は決まっているから、すべては時間の無駄。
一応は審査會を進行させてやるが、儀式としてやらせているだけだ。
さっさと終わればいい。
しかし真宵のプレゼンが終わった直後、阿木が妙なことを言い始めた。
「実はサプライズ! より良い品質を求めるため、もう一チームが參戦してくれましたよ~!」
どよめく會議場。
そして扉が開くと、神野組の殘黨どもが場してきた。
しかし、このぐらいの展開は想像できる。
こいつらが勝手にゲームを作っていたなんて、今さら驚くほどでもない。
証拠を見つけられなかっただけで、確信はあったのだから。
神野とつるんでいたプログラマ、田寄。
俺が出勤停止処分にしてやったモデラー、片地。
追い出し部屋に出戻ったアニメーター、高跳。
そして何よりも腹立たしい抱き枕。デザイナーの夜住だ。
俺に直接歯向かった奴は、とことん潰しておかなければならない。
あの真宵と同期なのなら、二人そろって追放してやる。
「おいおい。誰がこいつらの參加を認めた? 許可なく作られたゲームなんぞ、審査の対象外だ!」
俺は犬貓を追い払うようにシッシッと手を振る。
しかし、どういうことか阿木は引く気がないようだ。
ふてぶてしく笑い始めた。
「おやおやぁ? ボクらルーデンスはしっかり相談をけてましたよ~。もちろん審査會への參加も許可済みです~~」
「俺はこいつらに予算を出した覚えはない! 即刻退場させろ!!」
「鬼頭局長~。本件はルーデンス(うち)がお金を出してるのに、『うちにはうちの流儀があるから口出すな』なんて言って、ちっとも相談に乗ってくれなかったじゃないですかぁ。だったら審査會ぐらいはルーデンスのやり方を聞いてくれてもいいんじゃないかな~?」
阿木が厭味ったらしく言うと、ルーデンスの役員どもがざわつき始めた。
まずいな。
あまり刺激していても反を買うだけだ。
どうせ開発を打ち切らせる腹積もり。
俺は神野組の參加を承諾することにした――。
◇ ◇ ◇
私たち追い出し部屋チームが場すると、部屋が一気にざわめき始めた。
注目されると思ってたけど、思った以上の大注目だ。
抱き枕がないとすっごく心細い。
しかも局長さんは、予想通りに怒った顔で私たちをにらんでいる。
ガタガタと震える心を必死に抑え、私は偉い人たちの前に座る。
どうにか阿木さんの機転で審査してもらえることになったけど、ここから先は不安しかなかった――。
「じゃ、今日の審査方法を解説するよ~」
阿木さんが腕を振り上げて合図すると、會議室の天井から大きなスクリーンが下がってきた。
會議室に備え付けのプロジェクターだ。
さらに縦幅が子供の長ぐらいはあろうかという大型のモニターが二臺運び込まれ、まるでドレッサーの三面鏡のようにプロジェクターを左右から挾み込んだ。
「審査の柱は二つ。面白くて魅力的かっていう『パフォーマンスの審査』と、ちゃんと妥當な予算と期間で作れるかって言う『計畫の審査』……。ボクらお偉いさんは計畫書を見るのは得意だけどさ。オジサン連中が魅力を議論してても仕方ないでしょ?」
そう言って、阿木さんは畫面のスイッチをれる。
そのスクリーンやモニターの中に映ったのはゲームのプレイヤーたちの姿だった。
何十人、いや何百人も映っている。
「彼らはね、ルーデンスが業務委託している品質管理會社の皆さんです~。企畫書の容は以前の調査で高得點が出せてるし、今日は彼らにテストプレイしてもらって、面白さに點數をつけてもらおうって算段なのさ!」
品質管理會社はゲームのデバッグ以外にも、面白さやプレイのしやすさなど、いろいろな観點でテストしてくれるところらしい。
面白さは多分に個人の覚に左右されるけれど、二百人強のプレイヤーによる一斉テストを行えば、ある程度の數値化が可能ということだった。
ルーデンス・ゲームスは自社が企畫やプロデュースしている作品を獨自の指標で審査しているのだ。
點數は百點満點で導き出され、七十點が合格ライン。
世の中にあふれるゲームの半分以上は合格ラインを突破しないというほどの、なかなか高いハードルのようだ。
「真宵くん、夜住さん。點數で出ると分かりやすいと思ったんだけどさ。この方法でいいかな~?」
「はい、もちろんです」
「私たちのチームも異論ありません」
私も真宵くんも、この審査會が始まる前にしっかりと説明されている。
品質管理會社には事前にROMが渡されており、すでに結果は出ているらしい。
今日の審査會で映されるゲームプレイ映像は、あくまでも審査者へのお披目という役目。
一通りのプレイが行われた後に結果が発表されることになっていた。
「まあ今回はどっちも同じ企畫を元に作られてるわけだしね。ゲームの面白さの評価とは別に、その完度が重要な比較ポイントになってくるよ~」
阿木さんの言葉の後、暗くなる室。
そして私たちのゲームが畫面に映し出された――。
◇ ◇ ◇
暗い室。
激しいエフェクトとサウンドが室に充満する。
パソコンのモニターで見るのとは段違いの迫力に、私は圧倒されていた。
既にそれぞれのゲーム単獨のお披目は終わり、今は比較のため、二つのゲームが同時に畫面に映し出されているところだ。
どちらのチームも停止するなどのアクシデントはなく、順調にプレイされている。
田寄さんもほっとをなでおろしているようだった。
大音量のサウンドを耳にしながら、私たちは小さな聲で語り合う。
「たいしたもんだね。あの遅いユニゾンエンジンを使いこなすなんて、アタシ驚きだよ……」
「いえ。やっぱり比較すると、高速化が完了しているスフィアエンジンの方がアクションもらかですよ。嫌な引っかかりがなく、アクションが快の領域です」
田寄さんと真宵くんはお互いに讃え合う。
その様子をみて、私は嬉しくなる。
ライバルであり、盟友。この関係で競い合えて、私はとっても嬉しい。
すると、真宵くんは私に笑顔を向けた。
「それにしても、グラフィックは僕らの完敗だよ。彩ちゃんがいないことで致命的な差になってる」
「そんなそんな! 私ひとりじゃ何もできなかったよ。創馬さんをはじめとするグラフィックチームの凄さと、魅力的にかしてくれる高跳さんの実力あっての表現なのでっ」
私が慌てて言うと、橫で創馬さんと高跳さんが照れている。
本當に仲間のおかげだ。
私はけっきょく絵を描くことしかできないので、皆さんがいなければゲームの畫面なんて作れなかった。
「そ、そ、それにしても真宵くん。大魔法モードなんて、聞いてないよぉ~。爽快が段違い。知らないうちに面白くなってて!」
「いやぁ。あれは処理負荷軽減のための苦の策なんだよ……」
すると、嬉しそうに田寄さんが真宵くんを見つめる。
「逆境を面白さに変える。それこそディレクションの神髄だね」
「あはは……。田寄さんの指導のおかげですよ。あ、ちなみにネーミングは仮です! ちゃんとカッコよくしなくっちゃな」
そしてすべてのゲームプレイが終わり、會議室が明るくなった。
ついに結果が発表されるのだ。
最初に映し出されたのは真宵くんチームの結果。
畫面にはずらりと並ぶ數々の項目と數値。
熱中度やゲームプレイの持続、爽快などなど多くの項目が記載されていた。
そして注目すべきは最上段に書かれている総合得點。
「よしっ。79點。合格ラインを超えた!!」
真宵くんが拳を振り上げた。
まんべんなく得點が高く、特に大魔法を狙って発する戦略や他プレイヤーとの駆け引きが評価されていた。
その反面、全的なグラフィックのさや稀にみられる処理落ちが微妙に點を落としている。
「かすためとはいえ、さすがに目立つところまで削っちゃいましたかね」
「いやいや立派だよ。削れる判斷はそう簡単にできない。頑張ったね」
「ありがとうございます……」
田寄さんにねぎらわれ、真宵くんはなんだか照れているようだった。
そして全員の視線は司會の阿木さんに移る。
「ではもう一つのチームの結果発表に移りますよ~!」
私たちのチームだ。
そして畫面に映った得點。
……その高さに驚きが隠せなくなった。
「うわっ! 95點!! すっごく高いですよ!!」
「いやぁ。アタシとしては満點を狙ったんだ。悔しいね……」
田寄さんは5點の減點が気になって仕方ないらしい。
すると阿木さんは笑った。
「田寄さん、悔しがる必要ないですよ~」
「ん? どういうことだい?」
「ゲームの面白さに絶対はない。百點なんてつけないことにしてるんです。それはもう絶対に、ね」
そして畫面をトントンと叩く。
「うちの基準だと、最高得點って90點なんだよね~」
「え、でも超えてますよ?」
最高が90點なのに、畫面では95點と書かれている。
何かの間違いなんだろうか?
「いやぁね。テストプレイしてくれたみなさんが『ここがいい、もっと加點項目がある』なんて言って評価シートにコメントを書き連ねるもんだから、上限突破しちゃったってわけ」
――その言葉を聞いた瞬間、私たちはお互いに抱きしめ合っていた。
「うわわわ……!!」
「凄いよみんな。やっぱり僕の仲間は最高だった!!」
真宵くんが興しながら私をだきしめる。
そして真宵くんの背後からは高跳さんと創馬さんが飛びついてきた。
「何言ってるんすか! 真宵くんも一員っすよ!!」
「そうですよ。わたしたちは真宵さんと夜住さんの企畫の上に立っただけなので!」
「ああ、誇るといいよ。真宵くん、彩ちゃん。本當に頑張ったね」
し離れた場所で、田寄さんが嬉しそうにうなずいている。
本當に最高のチーム。
私、ここまで頑張ってきて、本當によかった――。
「ふん。審査ゴッコはそれぐらいにしとくんだな」
唐突に、厳めしい聲が響き渡った。
しんと靜まり返る會議室。
聲の元を振り向くと、局長さんがすっごく不機嫌そうにのけぞっている。
「おやおや、鬼頭局長。何かお気に召しませんでしたぁ~?」
「わざわざ二百人だかなんだかを員するなんて思わなくてな。呆気に取られて言いそびれておった」
そして局長さんはゆっくりと立ち上がり、全員の目をじっくりとにらみながら笑い始めた。
「いやぁ本當に申し訳ない! どちらが優れているかの審査の前に、ルーデンスさんには謝らなければいけないことがあったのですよ」
「ほう、どういうことですー?」
「先に計畫書の審査をやるべきでしたな。この計畫書の杜撰(ずさん)さを、いつ指摘しようかと迷っておったのですよ」
局長さんは二つのチームの計畫書をパラパラとめくり、ゴミのように床に落とす。
そしてなんと、踏みつけにし始めた。
「こんなデタラメな數字、審議の必要もありますまい。この鬼頭が部長たちにヒアリングしてみたところ、非常に高い見積もりが出てまいりましてな」
局長さんが指示すると、ユニゾン側の審査者が書類の束を取り出した。
全員の前に配られたそれは、私たちがまとめたのとは別の計畫書だった。
私は細かい數字はよくわからないけど、一番目立つ場所に目の飛び出るような金額が書いてある。
「じゅ、十億円以上っ!?」
「そんなはずはありません! 僕らは當初の計畫通り、五億円の開発費に収まるように調整しています。それで十分に作りきれる算段です!」
しかし局長さんは機をバンッと叩き、私たちを鬼のような形相でにらみ返してきた。
「経験かな部長たちが導き出した、本當の見積もりがコレだ! お前ら若造どもが作った本制作の見積書、安く見積もりすぎなんだよ!! 作り始めれば『こんなに高いはずじゃなかった』だとか『もっと追加予算を寄こせ』だとか寢言を言うに決まっている。俺はこの數年でそんな現場を嫌になるほど見てきたんだ!!」
そして局長さんはルーデンスの審査員たちに顔を向けた。
「プリプロまでにかけた予算は非常にもったいないですが、見えている赤字を放置して進めることはできないでしょう。即刻ボツにすべきです!」
靜まり返るルーデンスの皆さん。
その返答が出る前に、真宵くんが聲を上げた。
「ちょっと待ってください! それが我が社の総意とは思えません! 僕らはしっかりと利益が出るように見積もっています。長い開発経験を積んだメンバーへのヒアリングも欠かしませんでした!」
「ああ? 開発者へのヒアリング? そんなもん、企畫を通したい連中は安く見積もるに決まっておるだろうが!! あてになるか!!」
うう……。
聞いてるだけでムカムカしてくる。
この人、やっぱり絶対おかしいよ。
いちゃもんをつけるだけじゃなく、こんな偽の計畫書まで作ってくるなんて、潰す前提だったんだ。
私はたまらず立ち上がる。
「本當に全員がそう思ってらっしゃるんですか? 確かに私たちは経験もないですけど、お話を聞いて回ったベテランさんたちは、自分の都合だけで噓をつくような人じゃありません。もっと信じてしいです!」
すると田寄さんも手を挙げ、立ち上がった。
「アタシからもいいかい? おもだった見積もりはアタシが出したんだけどさ。みなさん、アタシをそこまで疑ってるのかい? これでも神野さんと一緒に山ほどゲームを作り続けてきた。鬼頭さんの橫槍さえなければ、最後の作品も予算で十分に作れたさ」
「田寄……貴様! よ、橫槍とはなんだーーっ!!」
「今はアタシがしゃべってんだ。あとにしな! さあ皆さん、お偉い立場にいるんなら、ちゃんと経験をお持ちでしょう!? アタシらと鬼頭さんのどっちが正しい見積もりなのか、見定めてもらおうじゃないか!!」
田寄さんと局長さんのまくし立てるような言いあい。
局長さんの恐ろしさは知ってたけど、田寄さんも負けじと勇ましい。
局長さんはピクピクと額をけいれんさせ、機をバンバンと叩き始めた。
「こんの無禮もんがぁぁ!!」
「ホントにアンタが正しければ、土下座ぐらい何度でもしてやるさ! さあどうすんだい!?」
「言ったな、おい! じゃあ見定めてやろうじゃないか。俺の見積もりが正しいと思う奴ら、手ぇ挙げろ!」
もう売り言葉に買い言葉。
恐ろしくて仕方がない。
凍り付く會議室。
局長さんがにらみを利かせると、ユニゾン側の審査者は局長さんを含めて七名、全員が手を挙げた。
しかし、ルーデンス側の六人は誰も手を挙げない。
ルーデンスの見る目が正しいと分かり、私は安心する。
……それでも局長さんは高らかに笑い始めた。
「どうだ。過半數だ! しかも開発をよぉく知ってるユニゾンの全員が俺の見積もりを支持してるって判斷だ。これは覆らねぇぞ?」
――その時だった。
勢いよく開く扉。
そしてカツカツと踏み込んでくる人影。
全員の注目が集まる中、その人は靜かな聲でこう言った。
「僕はマヨイくんたちの計畫通りに行くと思うよ」
この人は……私の憧れの人。
ドラゴンズスフィアシリーズの生みの親、私の恩人。
神野 游さん、その人だった。
「……神野さん!? どうしてここに……?」
「やぁヤスミン、久しぶりだね」
優しく微笑む神野さん。
その登場に、すべての流れが変わる予を覚えた――。
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