《【書籍版4巻7月8日発売】創造錬金師は自由を謳歌する -故郷を追放されたら、魔王のお膝元で超絶効果のマジックアイテム作り放題になりました-》第212話「番外編『トールとルキエと「神聖なるけん玉」』

「なにを悩んでおるのじゃ。トールよ」

ある日の午後。

部屋で資料に目を通していたら、ルキエがやってきた。

「古ぼけた紙を見つめているようじゃが……むむ? その紙は、もしや……」

「はい。先々代の魔王陛下の隠し部屋で見つかった紙です」

數日前、ライゼンガ領で先々代の魔王陛下の隠し部屋が発見された。

この紙は、その中にあったものだ。

勇者世界の書の表紙だった。

保存狀態が悪く、消えかけている文字もある。

しかも書は失われている。あるのは表紙だけだ。

それを見ながら俺は、本に書かれていたアイテムのことを考えていたんだ。

「この書は、とあるアイテムについて、詳しく解説していたようです」

表紙を指でなぞりながら、俺は言った。

「書かれていたのは、たったひとつのアイテムの報みたいです。よほど重要なものだったんですね。アイテムの解説だけで、書1冊を費(ついや)やすんですから」

「そのアイテムは、すさまじい能力を備えておったのじゃろうな……」

ルキエは腕組みしながら、つぶやいた。

「表紙にはなんと書かれておるのじゃ?」

「『最強! けん玉攻略法。88の技でライバルに差をつけよう!』です」

「最強……か。まさしく勇者世界の資料じゃな」

「ですよね」

俺とルキエはうなずきあう。

まっさきにこの資料を回収したのは『最強』って書いてあったからだ。

戦闘民族である勇者世界が『最強』と斷言するからには、よほど強力なアイテムについて書かれていたのだろう。表紙しか殘っていないのが殘念だ。

ただ、寫真はある。

小さな子が、木製のアイテムを手に、にっこり笑っている寫真だ。

おそらく、子どもが手にしているそれが『けん玉』なのだろう。

『けん玉』は十字の形(かたち)をしている。

上方には槍のような尖った部分があり、反対側には持ち手がある。さらに、十字の左右は皿のような形狀をしている。

子どもは空いた手に、深紅の球を握っている。

は紐(ひも)で、十字型のアイテムに接続されている。その意味はわからない。

これが勇者世界の最強アイテムのひとつ、『けん玉』らしい。

「それでトールよ。この『けん玉』とはどのようなアイテムなのじゃ? なにやら、神的な形狀をしておるようじゃが……」

「おそらく、これは武と移を兼ねたアイテムだと思われます」

「武はわかるのじゃが、移用とは意外じゃな」

「俺も予想外でした。でもここに大きく書かれている文字があるんです」

俺は表紙の隅を指さした。

「なんとここには『初級の技「世界一周」をマスターしよう!』と書いてあるんです!」

「世界一周が初級の技……じゃと!?」

ルキエが目を見開いた。

気持ちはわかる。

俺も、この紙を目にしたときにびっくりしたから。

『世界一周』……つまり、世界のすべての國を巡(めぐ)るということだ。

それがこの『けん玉』を使う者にとって、初級の技らしい。

正直、打ちのめされたような気がした。

俺は魔王領に來て、いくつかの勇者世界のアイテムを作ってきた。

勇者世界のことがしはわかったつもりでいたんだ。

でもそれは、たった1枚の資料でくつがえってしまった。

俺はまだまだ、勇者世界のすごさを理解していなかったんだ……。

「そこのアイテムで、どのように『世界一周』するというのじゃ……?」

「『けん玉』には、上方に赤い球がついています。おそらく、それが浮遊能力を備えているのでしょう。使用者はそれにつかまった狀態で、世界をふわふわと旅をするのではないかと……」

「いや、無理があるじゃろ」

「でも……それ以外に思いつかないんですよ……」

このアイテムは手に握って使うものらしい。

十字型の下の方を持って、上方の球かしているような寫真もある。

それと『世界一周』が、なかなか結びつかないんだ。

「トールよ」

「はい。ルキエさま」

「お主はすばらしい想像力と発想力を備えておる。じゃが、そのせいで、常識的な捉え方ができぬことがあるようじゃ」

「そうなんですか?」

「うむ。常識的に考えれば、こんな小さなアイテムで世界一周などできるわけがなかろう」

「……ですよね」

「世界一周とは、この『けん玉』を使った技を指すのじゃろう?」

「はい。ですから『けん玉』で空を飛ぶのだと……」

「それが、常識がないというのじゃ」

ルキエは、俺の額をつん、と、突っついた。

「常識的に考えればわかるはずじゃ! 『世界一周』とは、このアイテムを持って、技を振るいながら、世界を巡(めぐ)るという意味じゃと!!」

「──はっ!」

盲點(もうてん)だった。

たしかに、それなら意味が通る。

ということは、初級の技『世界一周』とは……まさか。

「『世界一周』というのは、この『けん玉』を手に、世界を巡(めぐ)りながら武者修行をする……そういう意味ということですか!?」

「うむ。それに相違(そうい)あるまい」

「確かに……それなら意味は通ります」

「おどろくべきは、それが初級ということじゃな」

「世界を巡(めぐ)る武者修行が初級ということは、中級は『宇宙一周』でしょうか」

「上級は『異世界一周』かもしれぬな」

「……さすが勇者世界です」

「……おそるべき場所じゃな」

俺とルキエはため息をついた。

そして──けん玉を片手に武者修行をする勇者をイメージしてみる。

──ぶつかり合う深紅の球

──飛び散る火花。

──尖った部分で敵の心臓を狙う勇者。

それはまさに、を爭う戦いだった。

で遠距離攻撃を行い、紐(ひも)で相手のきを封じる。

接近したら、相手の急所を刺す。

『けん玉』とは、攻防一の武のことだったんだ。

しかも、寫真に寫っているのは子どもだ。

つまり、勇者世界では子どもでさえ、けん玉を握りしめて『世界一周の武者修行』をするってことか。

いくら勇者でも、やりすぎじゃないかな……?

「……小さなころから武者修行をしていたなら、勇者が強いのもわかりますよね」

「……武ひとつで世界一周など、帝國民でも無理じゃろうに」

「……それで生き殘った者こそが、勇者と認められるのかもしれません」

「……子どもに試練を課すにもほどがある。我らの子どもにはそんな重荷を──いや、なんでもない」

「……ルキエさま?」

「……なんでもないと言っておるのじゃ」

真っ赤になったルキエは、橫を向いてしまった。

……うん。今は追求しないでおこう。

「つまり、この『けん玉』は武というわけじゃな」

「おそらくは、紐のついた玉で相手のきを封じ、剣先でとどめを刺すのでしょう。皿のようになっている3カ所は、敵の攻撃をけ止める場所だと思います」

「じゃが、寫真の『けん玉』の剣先は丸まっておるぞ?」

ルキエは『最強! けん玉攻略法』の紙をのぞき込む。

「紐も短すぎる。見たところ、ただの糸のようじゃ。これでは敵を攻撃できぬし、紐もすぐに切られてしまうのではないか?」

「それは、この『けん玉』が練習用だからですね」

「練習用じゃと?」

「下の方に書いてあるんです。『巻末のはがきをお送りいただくと、プロおすすめの練習用けん玉をプレゼント』と」

「なるほど……ここに映っておるのは練習用の木剣のようなものか」

「そうですね。それを殺人剣のプロが、子どもたちにプレゼントするということは……」

「勇者世界では『けん玉』を使った、戦いの英才教育が行われていたのじゃなぁ」

「俺はこれを魔王領に普及させるつもりはないのですけど……『けん玉』を使った戦い方は、知っておくべきだと思うんです」

俺は深呼吸してから、ルキエを見た。

「そうじゃなかったら、対策も立てられないですからね。まずは試作品を作って、どんなふうに戦うのか調べる必要があると思うんです」

「うむ。納得じゃ」

ルキエはうなずいた。

「わかった。作ってみるがよい。いや……トールのことじゃから、すでに試作しておるのではないか?」

「わかりますか」

「夫の気持ちが読めずに、妻はつとまるまいよ」

「ルキエさまには敵(かな)いませんね……」

俺とルキエは顔を見合わせて、笑い合う。

「それでは、こちらが試作品1號になります」

「うむ。じゃが、思考コントロールで球るのは駄目じゃぞ? あれは作が難しいからの。事故が起こらぬようにせねばならぬから──」

「それでは、こちらが試作品2號(・・)になります」

「…………」

「…………」

「……トール。どうして上著のポケットに試作品1號を戻したのじゃ?」

「そういえばルキエさま。最近、ソフィアは裁にはまっているようですよ?」

「……いやいや、それでごまかせると──」

「いえいえ、俺はポケットが気になっただけです。なんといっても、ソフィアが繕(つくろ)ってくれたんですからね」

「ほほぅ」

ルキエは目を細めて、にやりと笑って、

「そうかそうか。ソフィアがなぁ」

「はい。ソフィアが最近、メイベルから裁(さいほう)を教わってるというので、ポケットを繕(つくろ)ってもらったんです。でも、初心者らしいから、ちゃんと修繕(しゅうぜん)されているか気になってチェックしました。ポケットをってたのは、そのせいです」

「そうかそうか。余は、勘違いしておったようじゃ」

「ちなみに、どんな勘違いをしたんですか?」

「うむ。トールが『試作品1號』の球を、思考コントロールでぐるんぐるんかせるようにしたのではないかと勘違いしてしまったのじゃ。それを余に指摘されたので、素早く戻したのかと思ったのじゃよ。じゃが、勘違いだったのじゃな。トールが懲(こ)りずに思考コントロールのアイテムを作りたがると勘違いしてしまったのじゃなぁ。まったく、余はまだまだ妻として未(みじゅく)で──」

「すみません。思考コントロール型の『けん玉』を作ってました!」

俺は素直に頭を下げた。

ルキエの言う通り『試作品1號』は思考コントロール型だったからなぁ。

でもなぁ。自由にコントロールできる球というと、どうしても『思考コントロール』が頭に浮かんじゃうんだよな。ロマンがあるし。勇者世界の『応砲臺』にも似てるし。

でも、とりあえずこの『けん玉・試作品1號』はしまっておこう。

『試作品2號』は安心・安全なアイテムだから、そっちで実験した方がいいよね。

「ところで……ソフィアは本當に、メイベルから裁(さいほう)を教わっておるのか?」

ふと、ルキエは、そんなことを尋(たず)ねた。

「確かにメイベルは裁(さいほう)が得意じゃが。なんでソフィアまで?」

「ソフィアは絵を描くのが好きみたいで、帝國産のドレスのイラストを描いたりしていたんです」

「帝國産のドレスを……?」

「そしたら、実際に作ってみたくなったそうです。でも、イラストだと(ぬ)い方がわからなくて、メイベルに確認しているうちに、裁を學びたくなったみたいですね。ドレスは無理ですけど。普段著の繕(つくろ)いくらいはできるようになりたい、って」

「……帝國産の……ドレスか」

「自分のことで、魔王領のみんなに手間をかけさせたくないとも言ってました。水くさいですよね。ソフィアはもう、俺たちの家族なのに」

「そ、そうじゃな」

ルキエは、こくこくこくっ、とうなずいた。

「そんな水くさいソフィアとは、話をせねばなるまい。魔王領での生活と、帝國のドレスについて。あと、トールがどんなドレスを好むかについても」

「あ、あの。ルキエさま?」

「ゆくぞトール。どのみち『簡易倉庫』の中で『けん玉・試作品2號』の実験をすることになるのじゃ。ついでに皆で集まり、々と話をしようではないか。ついてまいれ!」

「引っ張らなくても大丈夫です! 行きますから。落ち著いてください!」

──ことん。

「……あれ? なにか落ちたような」

「なにをしておるのじゃ! 早く來い! トールよ!」

「待ってください。ルキエさま……」

──その後、魔王城の廊下(ろうか)で──

「……おや、妙なものが落ちていますね」

宰相(さいしょう)ケルヴは、床に落ちていたアイテムを拾い上げた。

「不思議な形をしています。深紅の球……これは、太を表しているのでしょうか? それを支える臺座……? これは一……?」

「えーん。えーん」

「待ってなさい。すぐにエルフさんを呼んできますからね」

ケルヴがアイテムを観察していると、城の中庭で聲がした。

見ると、背の高い庭木の下で、子どもが泣いていた。

ドワーフの子どもだ。隣には母親がいる。城で働く服飾係(ふくしょくがかり)のだ。

「なにか事件ですか?」

「これはこれは宰相閣下(さいしょうかっか)。いえ、宰相閣下のお手をわずらわせるようなことでは……」

「お母さんたちが作ってくれた帽子が……風で飛ばされちゃったの……」

(きょうしゅく)する母親の代わりに、小さなの子が説明してくれる。

ドワーフのの子は、職場見學のために城に來たらしい。魔王城ではよくあることだ。

職場の皆は彼を歓迎して、余った布で帽子を作ってあげた。

それを被(かぶ)って歩いていたら、突風で飛ばされた帽子が、木の枝に引っかかってしまったそうだ。

「あとでエルフの知人にお願いして、風の魔で帽子を落としてもらいますからね。それまでお待ちなさい。ね?」

「……うぅ。せっかくみんなが作ってくれたのにぃ」

なだめる母親。いドワーフのの子は涙目だ。

その姿を見たケルヴは、前に進み出て、

「待っていなさい。私が氷の魔で足場を作りましょう」

「い、いえ。宰相閣下にご迷をかけるわけにはまいりません!」

「構いませんよ。むしろ、放っておくと、気になって仕方がないですからね」

泣いている子どもを放置するのは気分が良くない。

というよりも、泣き聲を聞きつけて羽妖(ピクシー)がやってくるかもしれない。そうなれば帽子はの手元に戻るだろうけれど……羽妖たちはトールと仲良しだ。きっとトールにも帽子のことを伝えるだろう。となるとトールが『飛ばされた帽子回収用ロボット掃除機』を作り始めてそれが魔王城を縦橫無盡(じゅうおうむじん)に飛び回るようになって城の中が大変なことになってケルヴはその処理に追われて……。

「宰相閣下(さいしょうかっか)!? 帽子が引っかかった木はあちらですよ? どうして廊下に氷の柱を作られるのですか!?」

「失禮しました。し我を忘れていたようです。すぐに足場を作ります」

ケルヴは『アイス・ピラー』を解除して、中庭に出る。

そうして、木の下に足場を作ろうとしたところで──

ひゅーん。ぱすっ。

ひらりん。

──ケルヴの手元から深紅の球が飛び出して、帽子をたたき落とした。

「…………え?」

「わーい! ありがとうございます。宰相さま!」

「まぁまぁ、宰相閣下。新たな魔を使ってくださって……」

「え? え? え?」

ぽかん、と口を開けるケルヴに向けて、ドワーフの親子は何度も頭を下げた。

そうしてドワーフの親子は去って言ったのだった。

「……い、今、なにが起きたのですか? このアイテムは一……?」

ケルヴは握ったままのアイテムを見た。

木製の握り棒に、深紅の球がついたものだ。

さっき球が自的にき、木の上の帽子を落としたのを見た。

ケルヴの『帽子を落としたい』という願いに反応して、勝手にいたのだ。

これはトールが作ったマジックアイテムに間違いない。

部には『応素材』が使われているのだろう。ケルヴの意思に答えたのはそのためだ。

けれど──

「本當に、それだけなのでしょうか?」

ケルヴは、錬金師トールをみくびってはいない。

びっくりどっきり錬金師ではあるが、トールは才能にあふれる、優秀な人だ。

トールはこれまで、目の前の問題を解決するためにアイテムを作ってきた。

例えば、メイベルの冷えを治すために『フットバス』を。

例えば『魔獣ガルガロッサ討伐戦』のために『レーザーポインター』を。

「けれど、これはどんな問題を解決するためのアイテムなのでしょう? わかりません。まさか本當に、枝に引っかかった帽子を落とすための作られたわけではないでしょうし……」

トールの技は常に進化している。ケルヴの常識を置いてけぼりにするスピードで。

そのトールが、ただ『神に反応するだけのアイテム』を作るとは思えないのだった。

「どうされたのだ。ケルヴどの。難しい顔をして」

気づくと、近くにライゼンガが立っていた。

不思議そうな顔で、ケルヴを見ている。

「難しい顔をされているな。城でなにか問題でもあったのか?」

「不思議なアイテムを拾ったのです」

「トールどののアイテムだな」

「おそらくは。ただ、使用目的がわからないのですよ」

ケルヴは、木製のアイテムを、ライゼンガに見せた。

「十字の形をしたものに、深紅の球がついております。球と十字形は、細い鎖(くさり)で繋(つな)がれています。鎖は自由自在にびて、球をコントロールすることができるようです。私は、これで木の枝に引っかかった帽子を落としたのですが……」

「気になるのであれば、トールどのに聞いてみればいいのではないか?」

「問題は、私がこれを使ってしまったことです」

ケルヴはため息をついた。

「もし、これが使用回數に限度があるアイテムだった場合……私はとんでもないことをしてしまったことになります。ですから……まずはアイテムの目的を推理しておきたいのですよ」

「そこまで心配することもないと思うが」

「そうでしょうか?」

「我も、以前『ロボット掃除機』に大量の魔石を詰め込んだことがあるが、館の一部が吹き飛んだだけで済んだぞ」

「『サイクロン戦記』の話は聞いております! そんな事態にならないように、私は頭を悩ませているのです!」

「……う、ううむ」

ライゼンガは考え込むように、顎(あご)をなでた。

「では、ケルヴどのは、どんな事態を心配されておるのだ?」

「たとえば、この球が接した樹木が、大発する可能ですね」

「……いや、あり得ぬだろう?」

「言い切れますか?」

「…………う、ううむ」

「それに、このアイテムの形も気になります。なにか神聖なもののようにも見えるのですよ」

「これは……十字のかたちか」

ケルヴとライゼンガは、目の前にあるアイテムを見つめる。

十字の形。

一方に、槍の穂先(ほさき)のように尖(とが)った部分。

殘りの3方は、皿か、杯(さかずき)のような形をしている。

「十字形には、いささか引っかかるものがあるな」

「奇遇(きぐう)ですね。私もです」

「ケルヴどのは覚えておるか? 2人1組で、『ジャイアントクロスアタック!』という技を使っていた勇者を」

「仲間と腕を十字に差(こうさ)させてから、魔を使っていたのですね」

「別に魔の威力は上がらなかったようだが」

「帝國では『腕を差させる勇者と、クロスマジックの関係について』という論文が書かれているそうですよ」

「勇者時代から200年経ったが、今も研究が続いておるらしいな」

腕組みをして考え込む、魔王領の高ふたり。

「やはり、勇者世界では十字の形に、なにか神聖な意味があるのかもしれぬな」

「それに……ご覧ください。十字の先端は、一方が剣や槍のように尖(とが)り、殘る三方は杯(さかずき)のようになっております」

「剣は……勇者にとっての力の象徴だったな」

「杯(さかずき)といえば……勇者世界には神のけた、聖なる杯があるという話を聞いたことがあります」

「そんな話を言い殘した勇者がおったな。『ファンタジー世界なら聖杯(せいはい)くらいあるだろ』と言っておったのだった」

「本當にこのアイテムが、剣と、3つの聖なる杯(さかずき)を象(かたど)っているのだとしたら……」

「いや、待て。この球は、太を象徴しているのではないのか!?」

「剣と杯と太……」

「神聖なものが組み合わされておるな……」

「…………」

「…………」

ケルヴとライゼンガの顔から、の気が引いていく。

十字のかたち──勇者が好んで使っていた『クロスマジック』。

剣のかたち──勇者にとっての、力の象徴。

杯(さかずき)のかたち──勇者世界の、神に関わるもの。

深紅に塗られた球──太、あるいは日(にちりん)を象徴するもの。

それらのイメージを組み合わせたものが、目の前にあるアイテムだとすると──

「これはもしや、勇者世界の神を召喚するためのアイテムなのでは!?」

「うむ。そうやって巨大な力を引き出すのかもしれぬ」

「お待ちください! 私は、これで樹上の帽子をたたき落としましたが……」

「それはおそらく、勇者世界の神に聲が屆いたというサインであろう。あの球は太に似ている。つまり、太かすほどの力で、ケルヴどのの願いを葉えられるという意味なのではないか?」

「な、なんですと────っ!?」

ケルヴが絶する。

真っ青になった彼は、思わず十字形のアイテムを取り落とす。

的にライゼンガはヘッドスライディング。地面の直前で、謎アイテムをすくい取る。

「気をつけるのだケルヴどの。お主は世界を滅(ほろ)ぼすつもりか!?」

「も、申し訳ありません。ですが……ああ、トールどの。あなたはなんと恐ろしいアイテムを作られたのですか!?」

「ま、待て、落ち著くのだケルヴどの」

ライゼンガは震えながら、謎アイテムを捧げ持つ。

「このアイテムは強いに反応するのかもしれぬ。い、今は心をからっぽにするのだ。また勇者世界の神に聲が屆いてしまったら、なにが起こるかわからぬぞ!!」

「わかりました。今は、とるにたらないことを考えることにしましょう」

「う、うむ。それがよかろう」

「では……ライゼンガどの。今日はどうして魔王城に?」

「アグニスの様子を見にきたのだ」

「ご息は、陛下やメイベル、ソフィア殿下と仲良くされておりますよ」

「それはわかっておる。だが、最近は肩が凝(こ)っていてなぁ。いつもなら『健康増進ペンダント』で強化されたアグニスが、我の肩を叩いてくれるのだが……」

「ご息は、魔王城で暮らしていらっしゃいますからね」

「無論、それは良いことなのだが……し寂しくてなぁ。常に願ってしまうのだ。アグニスが我の肩を叩いてくれぬかと。『健康増進ペンダント』で強化した拳(こぶし)で、肩をほぐしてくれぬかと……」

ひゅーん。

──ケルヴの手の中で、アイテムが反応した。

どすどす。どすん。

──赤い球いて、ライゼンガの肩に激突(げきとつ)した。

「そうそう。こんなじで…………む?」

「……あ」

「「あああああああああああ──────っ!?」」

──トール視點──

「……まいったな。まさか上著のポケットにが空いてたなんて」

「……申し訳ありません。だんなさま。私の技量不足(ぎりょうぶそく)でした」

「ソフィアのせいだけではない。余もトールも、『けん玉バトル』に夢中じゃったのじゃから」

俺とルキエとソフィアは、魔王城の廊下(ろうか)を走っていた。

さっきまで俺たちは『簡易倉庫』の中で『けん玉・試作品2號』の実験と、ソフィアが描いた帝國流行のドレスについて話をしていた。

ちなみに『けん玉・試作品2號』は、スポーツ用に改良してある。

らかめで、に當たっても痛くない。本とは鎖(くさり)で繋がれている。

その鎖を魔力でかして、球の軌道を変える仕組みだ。

「でも、すごかったですね。ルキエさまの『けん玉・ダークサイクロン』って」

「なんの。ソフィアの『ライトニングフラッシュ』を打ち返すのは大変じゃった」

「だんなさまは十字のかたちを利用して、素早く地・水・火・風の屬を切り替えていらっしゃいました。その判斷力には敵(かな)いません」

白熱した戦いだった。

もっとも、俺はルキエとソフィアに負けっぱなしだったけどね。

でも、この世界の『けん玉』は武にするより、スポーツにした方がいいんじゃないかな。

「まぁ、それは思考コントロール型の『けん玉・試作品1號』を回収してからだな」

「だから思考コントロールはやめろと言っておるのに」

「陛下。だんなさまのロマンも理解してさしあげるべきでは」

「ソフィアは……あまりトールを甘やかすでない」

「承知いたしました。だんなさまを甘やかすのは、お風呂で……」

「待て待て待て待て! よく聞こえなかったぞ。もう一度申してみよ……!」

そんなことを話しながら、俺たちは廊下を進んでいく。

『けん玉』は……落ちてない。誰か拾ってくれたのかもしれない。

玉座の間に行ってみよう。今の時間は、ケルヴさんがいるはずだ。

ケルヴさんは城(じょうない)のことに詳しいから、なにか知っているかもしれない。

そう思った俺たちが、玉座の間の扉を開けると──

「「魔王陛下とトールどのにお詫(わ)び申し上げます!!」」

宰相ケルヴさんとライゼンガ將軍が、平伏(へいふく)してた。

「──勇者世界の神の力を使ってしまったこと……いかようにも罰をけましょう」

「──す、すべては我の罪。アグニスが責めを負うことだけはないように……ひらに、ひらにお詫びを…………」

「「「…………一……なにがあったの (じゃ) (ですか)?」」」

『けん玉』を床に置いて震え続けるケルヴさんとライゼンガ將軍。

ふたりを前に、俺とルキエとソフィアは、呆然(ぼうぜん)とするばかりだった。

その後、俺たちはケルヴさんとライゼンガ將軍に『けん玉』の真実を伝えた。

あのアイテムが、勇者世界の武であること。

勇者世界の子どもは、あの武を手に、世界一周の武者修行を行っていること。

その話を聞いたケルヴさんと、ライゼンガ將軍は──

「「………………はぁぁ」」

──ため息をついて、座り込んでしまった。

「……勇者世界の神が顕現(けんげん)したら、どうしようかと思いました」

「……我(われ)にはまだ『けん玉』が神聖なアイテムに見えるのだがなぁ」

それが、ふたりの想だった。

その話を聞いた、俺とルキエとソフィアは──

「『けん玉』を武にするのは無理みたいですね」

「皆は『けん玉』の形狀に、なにかの意味をじてしまうようじゃな」

「このアイテムは遊(ゆうぐ)にするのがよろしいかもしれません。それなら事故も起こりませんし、使っているうちに、皆さまも慣れてくるでしょう」

そして、話し合いの結果、この世界の『けん玉』は遊となったのだった。

────────────────────

『遊戯用(ゆうぎよう)けん玉』 (レア度:★☆)

:地・水・火・風

勇者たちが武者修行に使っている武『けん玉』を、遊戯用(ゆうぎよう)にアレンジしたもの。

十字形の持ち手に、深紅の球がついている。

は、長さ數メートルの細い鎖によって、持ち手に接続されている。

使用者は鎖に魔力を注ぐことによって、自在に球ることができる。

を十字形の剣先にれさせることで、火屬が付與される。

を十字形の右側にれさせることで、水屬が付與される。

を十字形の下方にれさせることで、地屬が付與される。

を十字形の左側にれさせることで、風屬が付與される。

それぞれの屬と魔力によって、小さな火を噴き出したり、水を発したりできる。

ただし、それらはエフェクトのようなもので、攻撃力はまったくない。

また、球はやわらか素材で作られているため、當たっても怪我をすることはない。

新しい遊なので、試合の勝利條件は決まっていない。

審判者であるトール・カナンが「相手のけん玉を弾き飛ばした」「相手の球を地面に落とした」「なんかいいきをした」「ぶつかったとき、いい音がした」などの判定をすることで、勝敗が決まる。

理破壊耐:★ (遊なので、それほど強くありません)。

耐用年數:1年未満。

備考:あくまでも遊です。世界一周はできません。

────────────────────

そんなわけで、『遊戯用けん玉』は、魔王領で大流行することになり──

「鎖(くさり)の長さは4メートル。これを魔力でかして、球をジグザグに飛ばすのが『ライトニングフラッシュ』ですね!」

「さすがはメイベルなので。だったら、必殺『トルネードフレイム』!!」

「なんの! 球を剣先に3回當てて火屬3倍! さらに右側の皿に2回當てて、水屬を追加じゃ!!」

「それは反則です魔王陛下! ああっ。球がものすごい水蒸気(すいじょうき)を噴き出して……!!」

ぽこぽこばんぽん!

どっかんどっかんぶぉんぶぉん!!

──今日も城では、ぶつかり合う『けん玉』の球が、火花を散らしているのだった。

書籍版『創造錬金師は自由を謳歌する』5巻の発売日が発表になりました。

12月9日発売で、ただいま予約付中です。

トールの前に現れた

勇者世界からの使者を名乗る彼の目的は……果たして。

コミック版2巻は11月10日発売です。

書籍版・コミック版あわせて「創造錬金師」を、よろしくお願いします!

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