《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》飛竜好家ジュリアスさんと妻ヘリオス君 4
誰かが私を呼んでいる聲に視線を巡らせた。
私はその時お友達の皆さんとアストリア學園のカフェでお茶會をしていた。友達は、何人かいたような気がする。顔も名前も思い出せないけれど。
クロエ・セイグリット公爵令嬢だった私は、公爵令嬢の癖に気が弱いだった。
だから常に誰かと一緒にいたし、集団に紛れていないと普通からはみ出してしまっているようで落ち著かなかった。分の高さでいえばアストリア學園の中では王族の次ではあったけれど、気位も高くなければおどおどしていたので、他の貴族たちに一目を置かれることなどなかった。
事に対する積極もないし、自分で何かをしようとするような面白味もない。
錬金師クロエちゃんへとクラスチェンジした今となっては、しっかりしなさいと言ってその背中を蹴ってやりたいぐらいの気の弱い凡人。それが私。
顔立ちはまぁまぁ可かったわよね。
桃がかった金のし癖のある長い髪も、濃い桃の瞳も、白いも、どの特徴も可いとしか言えない私。もっと堂々としていれば、きっと男を手玉に取り放題だったんでしょうけど、なにせ気が弱かった。
暗くて気が弱いは、顔立ちが多良くても集団の隅にいるしかないのよ。よく知らないけど。
「クロエ、話がある」
お茶會の場に現れたのは、シリル様だった。
シリル様は濃い金の癖のある髪に灰の瞳をした、これぞ王子様、というような人だった。
學園の黒い布地に赤で飾りのある制服をかっちりきこなしていて、頭の側面は短く、中央は長く髪がうねる不思議な髪型をしている。癖が強いから故の髪型なのかしらと思っていたものの聞けなかった。そういう格じゃなかったので。
「はい、なんでしょうか」
私は小さな聲で答えた。
小さな聲しか出せないと思い込んでいるようなだった。
「二人で話したい」
シリル様に言われて私はお友達に挨拶をすると立ち上がった。お友達はきゃあ、だの、良いですわね、だの、ともかくわざとらしい聲援を私に送って、シリル様の元へと送り出してくれた。
馬鹿にされてたんだと思うけど、私は気づかなかった。気づいていても気づかないふりをしていたように思う。事に立ち向かうのも苦手だった。
シリル様は私を連れて裏庭に來た。
私たちは仲が良くもなければ悪くもない、それなりにうまくいっている普通の婚約者だった。
シリル様は良くも悪くも男的な格をしていたので、大人しい私を好ましく思ってくれていたのだろう。家柄が良くて可くて大人しいなんて我ながら完璧だと思う。この頃の私、ジュリアスさんに見せてあげたいわ。
多分、つまらないって言われるんでしょうけど。
「クロエ、君の妹のことだが」
「アリザさんが、なにか?」
私はびくりとを震わせた。
が逆流するような嫌なじがする。
ひとつ年下の妹が、私は苦手だった。私が十三歳で我が家にやってきてまだ數年しか経っていない。
妹というよりも赤の他人だ。明るく活発で天真爛漫だけれど、私はアリザが怖かった。
「いや……、クロエに限ってそんなことはないと思うが、……君にいじめられている、といってな」
「私が、アリザさんを……」
まさか、そんなことはしない。
しないわよ。何でわざわざそんな一銭にもならないことする必要があるのよ。
今の私ならそう思う。馬鹿なことを言うなって言い返すわね。
でもなんせ私は気が弱くて、びくびくと怯えた。
実際、アリザがきてからの公爵家で居場所を無くしていたのは私だった。
お父様はアリザだけを可がり、私には怒鳴るようになった。もともとお父様は私に興味のない人だったけれど、無関心ならまだ良いのに怒鳴るとか最低よね。アリザは私に同し、義理の母親は私を邪険にしていた。
アリザが私に同してくれなければ、ドレスだって食事だって十分には貰えなかったかもしれない。本當は謝したほうが良いのかもしれないけれど、もともと大人しかった私はそんな環境になってしまったせいで余計にいつも何かに怯えているような格になってしまったのよね。
可哀想なクロエちゃん。今のクロエちゃんともし代われるなら、攻撃用の錬金でみんなを一網打盡、木っ端微塵にしてあげるのに。
なんて、いけないいけない。復讐はお金にならないのよ。無駄なことはしちゃ駄目よ、私。
「妾腹の子だと蔑まれて、お姉様と呼んだら頬を叩かれたと。……まさか、な。……君は大人しくて、淑やかな人だと思っていたが」
「私、そんなことはしていませんわ……」
私は首を振った。
シリル様は困ったように眉を寄せた。完全に疑っているというわけではなさそうだった。
「そうだよな。クロエがそんなことをする筈がない。しかし、アリザが妄言をはいていると疑うのも気の毒で、一応確かめにきたんだ。すまないな」
「いいえ、良いんです。聞きにきてくださって、ありがとうございます」
シリル様はすまなそうに言って、私の肩を軽く叩くとその場からいなくなった。
思えばこの時から、私の居場所はもう既になくなっていたのかもしれない。
けれどそんなことには全く気づかずに、私は代わり映えのない毎日を過ごした。真綿で首を絞められるような息苦しさをじながら、けれど卒業したら公爵家を出られる。シリル様と結婚できるものだと、愚かにも信じてしまっていた。
ふと、場面が変わった。
多分夢を見ているのだろう。何回も見たから、飽きてしまったけれどまた同じ夢だ。
もう飽きちゃったからそろそろ見ないようにしたいのに、夢っていうのはコントロールできないのよね。
いつか好きな夢を確実に見られる錬金道を作りたいものだわ。これがなかなか難しい。
難しい上に扱いが難しそう。売り出したら夢を見たまま起きない人が続出しそうだもの。そうしたら、指定止錬金にされちゃいそうだわ。それはいけない。危ない錬金道を作る錬金師として、錬金協會からマークされちゃうかもしれないし。
今度は私は學園の大広間に立っていた。
ジュリアスさんは私の狀況がよくあることだって言ったのだけれど、本當なのかしら。
私はいつものように學園の卒業式に出席した。卒業式は立食パーティー形式になっていて、ドレスの著用の義務がある。その時は既に何回か著たことのある薄桃のドレスにを包んでいた。
新しいものは中々買って貰えないので、數著あるドレスを大切にとっておいてある。ものを大切にする私、偉いわね。一度著たドレスは二度と著ないその辺の貴族とは大違いだわ。
私は特に何も考えずに學園の大ホールへと向かった。
そこで何故か、兵士に拘束されたのである。
拘束とかおかしいでしょ。私は無害な貴族令嬢よ。今でこそ稀代の錬金師だけれど、その時は魔力があるというだけで大した魔法も使えなかった。実に無害。大人しくて非力で魔法も使えない上可いとか、無害だしむしろ守られるべきなのでは? 守ってあげたくなるのが普通じゃないの?
そうは思えど、ひらひらとホールにった私を、両脇から屈強な兵士がガッチリと腕を摑んで拘束したのである。
「クロエ。よく逃げずに現れたものだな」
私の前にはシリル様が立っていた。
その表には哀れみと怒りが滲んでいた。
「シリル様……? これは、一……」
私は腕を捻りあげられているのでを折り曲げた狀態でシリル様に聞いた。
本當に訳がわからなかった。理由を考えても、何一つ思い浮かばなかった。
私とシリル様を中心にして、來賓の方々や生徒の方々がを作り、私たちを見ている。助けてくれる人はいなかった。お友達だと思っていた人たちは、拘束された私を見ながらひそひそと何かを囁き合っていた。
「セイグリット家は昔から悪事に手を染めていたそうだな。アリザがその罪を暴き、俺に教えてくれた。クロエがそれに加擔していたとは思えないが、知っていて黙っていた罪は重い。お前はに塗れた金で贅沢な暮らしを行っていた。許されるべきことではない」
「なんのことですの……?」
何のことなのか、本當にわからなかった。
シリル様の後ろでは、アリザが両手をの前で組んで私を見ていた。
今にも泣き出しそうな顔だった。お姉様の罪を暴かなければいけない不幸なといった様相だ。
アリザは青い髪に薄青い目をしたで、らしい容姿をしている。學園の人気者であり、辛そうに震えるアリザを支える人たちは沢山いるようだった。
「連れて行け」
シリル様は兵士に命令した。
そして私は、王宮の中にある牢獄へと投獄されたのである。
投獄されたのは數日だった。數日後私の元へ訪れたのはシリル様ではなく、ただの兵士の方だった。
「……お前の父は処刑された。セイグリット家の罪を思えば、家名を殘すことは許されない。本來ならばお前も処刑される筈だったが、シリル様の寛大なるお心により処刑は免除された。喜べ」
そして私は訳がわからないまま、王都の路地裏へと卒業式に出席するために著ていたドレスのまま、馬車からポイっと捨てられたのである。
そして、それからーー
あぁ、嫌だわ。この先の夢は見たくないのに。
そろそろ起きたいわね。起きたいと思って、起きられたことは一度も無いのだけど。
「……おい、クロエ」
遠くで私を呼ぶ聲がした気がした。
なんだか聲はとても怒っている。このまま起きないと、頬を抓られる予がする。
痛そうだから嫌だわ。
「起きろ、クロエ。寢るなと言ったはずだ」
「……ジュリアスさん」
目を覚ますと、ジュリアスさんの兇悪に整った顔面が私のすぐ側で私の顔を睨みつけていた。
いつの間にか私はジュリアスさんの背中側ではなくて、正面側へと抱っこされるような形で抱えられていた。
私はジュリアスさんに全を預けながら眠っていたらしい。
ヘリオス君はまだ空高く飛んでいる。ジュリアスさんは片手で私を抱えて、片手で手綱を握っていた。
凄く怒っているわね、ジュリアスさん。どうしよう。
「寢ちゃいましたねぇ」
私はとりあえずそれだけ言った。
特に意味はないけれど、何か言わないと落ち著かない気分だった。
「何度もお前が落ちそうになるから、抱える羽目になった。起きろと言っても起きないから、本當に落としてやろうかと思っていたところだ」
「それはそれは……、落とさないでいてくださってありがとうございます」
「降りるぞ、クロエ。急降下する。摑まっていろ」
ジュリアスさんがそういうので、私は遠慮なくジュリアスさんに抱きついた。
嫌な夢を見てしまったからだろう、抱きついた相手がジュリアスさんであってもし落ち著いた。
不機嫌そうなままだったけれど、落とさないように抱えてくれるとか結構優しい。
そういえば、私を落とさないようにするのは妻ヘリオス君のためだったわね。
まぁそれでも結構優しいということには違いないんでしょうけれど。
ヘリオス君の高度がどんどん下がっていく。
眼下には、切り立った北の魔の山に積もるしい雪景が広がっていた。
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