《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》北の魔の山と魔法の使えないジュリアスさん 2
道標の玉はいくつかの曲がり角を山頂を目指して迷うことなく進んでいく。
の魔法を使えば窟を照らすこともできるけれど、窟を照らすためだけなのに魔力を消費し続けなければいけないので効率が悪い。あと、私は魔法が苦手だ。
そもそも魔力はあったものの戦う予定などなかった尊いご令嬢の私は、まともに魔法を扱う練習などしてこなかったので、魔法自あまり使えない。本當に初歩的な攻撃魔法と回復魔法が使える程度で、錬金道を使ってこそ私の本來の力が発揮される。錬金師ですから。
ジュリアスさんが道標の玉について聞いてくれないかしらと、私は窟を歩きながらそわそわした。
捨てられてから誰かと共に過ごす機會がなかった私は自作の錬金についてを語れる機會があまりなかった。勿論商売をしているので、売るときなどはきちんと相手に説明するのだけれど、実際に自分で使いながら説明したいじゃない。錬金師なので、自分の作った錬金は我が子のように可いのよ。語らせてくれないかしら。
私はそわそわしながらちらちらジュリアスさんを見上げた。
ジュリアスさんは復讐を名目に王家を簒奪する話が流れてしまったせいか不機嫌そうだ。ジュリアスさんはいつも不機嫌そうなのでいちいち気にしなくて良いのである。ジュリアスさんとは數日のお付き合いだけれど、だいぶ分かってきた。
「……ジュリアスさん、あのふわふわ浮いてるの玉について知りたくないですか?」
ジュリアスさんがあまりにも私の視線を無視するので、私は自分から話しかける事にした。
「道標の玉とか言っていただろう。おおかた、指定した場所まで照らしながら案する程度のものだろう」
ジュリアスさんは私の隣を歩きながら言った。
なんてこと、正解だわ。道標の玉にそれ以外の機能はないので、私は二の句が継げなかった。まさしく図星というやつだ。
「やっぱりちゃんと聞いてる……。指定した場所まで照らしながら案する錬金を作るのがどれ程大変か、ジュリアスさんは分かりますか?」
「俺は錬金師じゃないからどうでも良い」
「そうですけどぉ……」
つれないわ、ジュリアスさん。
ヘリオス君を飼うための敷地がないことについてそこまで怒らなくても良いのに。
そもそもジュリアスさんて私の奴隷なのよね?
なんでご主人様の私が奴隷のジュリアスさんの妻の飛竜ヘリオス君を飼うことについて、ここまで苦心しなければならないのかしら。
確かにヘリオス君は可いけれど。思う存分飛び回って貰ったり、ご飯をあげたり、頭をでたりしたいけれど。でも私の錬金店は立地條件が良すぎて結構場所代が高いのよ。店をしていれば立地に合わせて店舗稅はとられるし、売り上げが上がれば上がるほど馬鹿高い稅金だって払わなきゃいけないし。
私の汗水たらして働いて稼いだお金から搾り取られた稅金で、シリル様とアリザは贅沢な暮らしをしているのよね。溜息がでちゃうわ。
それを考えれば、もしかして復讐ってお金になるのかしら。
王家を簒奪するか、公爵家を取り戻す。費用対効果で言えば、ジュリアスさん一人分のお金で國が乗っ取れちゃうんだから、お金になるのかもしれないわ。しないけど。しないわよ。しないったら。
「お前の言っていた、慧眼のミトラとやらはどこにいるんだ」
「山頂に辿り著くまでには一、二に會えるんじゃないでしょうか」
「山頂まではどれぐらいだ?」
「夕方までには辿り著きますよ。慧眼のミトラに出會えたら運が良いってじです。良い素材が取れますし、とっても厄介ですけれど、沢山いる訳じゃないので。強い魔程珍しいんですよ。そもそも魔っていうのは、異界の門からぽこぽこ湧いてくるじゃないですか」
「知らん。魔は専門外だ」
ジュリアスさんは首を振った。
私は不安になった。大丈夫なのかしら。私一人でもなんとかならない訳じゃないけれど、ジュリアスさんを守りながら戦えるほど私は強くないのよね。
「……ジュリアスさん、どんな人生送ってきたんです? まさかディスティアナ皇國には魔はいないとか……? 魔は世界の瘴気が濃くなった場所に出來る異界の門から湧いて出てくるんですよ。異界というのは死者の國。罪深い者達が天に昇れずに墮とされる場所です。恨みや憎しみが魔を生み出し、現世に戻りたいという思いから異界の門を抜けて出てくるんですよ。異界の門はつまり異界の自浄作用みたいなものですね」
異界の門とか、貴族學園の一年生で習う容よ。世界の歴史の初歩も初歩なのだけれど。
「いる。いるが、魔討伐は貴族の仕事じゃない。そもそも、俺が剣をとれるようになった頃には既に戦爭中だった。領地の屋敷に居るよりも、駐屯地や戦場に出ている時間の方が長かった。余計な事を學ぶ時間などない」
「でも、ジュリアスさんまだ若いですよね? 皇國には貴族學園は無かったのですか?」
「ディスティアナ皇國は、四方を小國に囲まれている。戦爭を仕掛ける相手はアストリア王國だけではなかったからな。兵の數も將の數も足りなかった。個人の力量頼みの戦程愚かなものはない」
ジュリアスさんがはじめて自分の事を話してくれたので、私は口を挾まずに頷いた。
もしかして歩み寄ってきてくれているのかしら。ジュリアスさんの私に対する好度があがったのかもしれないわ。私ってやっぱりほら、良いご主人様だから。
「俺がクラフト公爵家を継いで戦場に出たのは、十五歳の時だ」
「……ご家族に不幸があったんですか?」
私は恐る恐る聞いた。
なんだか聞いてはいけない事のような気がした。
「……俺の事が気になるのか?」
ジュリアスさんが私を見下ろす。
口元に皮げな笑みが浮かんでいる。やり返されているわ。本當に人の話をよく聞いた挙句覚えているジュリアスさんだ。余計な事を言わないように気を付けないと。
「気になりますよ。ジュリアスさんは私の大切な奴隷ですから。なんせ総額一千萬ゴールドですし」
「……クロエ」
唐突にジュリアスさんが私の羽織っているマントの首元を引っ張った。
歩いていた私は當然「ぐえっ」となった。吃驚するほどらしくない聲が出た。息が苦しい。死ぬかと思った。
二手に分かれた通路の、道標の玉が浮かんでいない方の暗闇から白い何かがこちらに向かってきている。
白い何かはふわふわ浮かんでいるの形をしていた。
目のない白いは、聖職者のような白いローブを纏っている。
小さな口と高い鼻、ほっそりとした首を見る分にはしい姿をしているけれど、腰から下には沢山の苦痛に満ちた溶けかけた顔が生えていた。
「ジュリアスさん、悲嘆のシエナですよ。悲嘆のシエナです」
「なんだそれは」
「怨霊系魔ですよ! 怨霊系魔の中上級クラス、つまり中の上ぐらい強いって言われてる危険な魔です! 悲嘆のシエナは、下半にある顔から超音波を出すことで攻撃をしてきますのでお気をつけて!」
悲嘆のシエナの下半に生えている苦痛に満ちた顔達が、一斉に私の方を向いた。
怨霊系魔、気持悪くて嫌いだわ。
苦痛に満ちた無數の顔がの涙を流し始める。大きく開いた口から耳障りな音がして、私は両耳を押さえた。半円形の音波を形にしたような鋭い刃が私に向かって放たれる。避けようとく前に私はジュリアスさんに首っこを摑まれて、窟の端へと投げ飛ばされた。
音波による衝撃波がざっくりと窟の壁を切り裂く。その真下に放り投げられた私に、ぱらぱらと削られた石が落ちてきた。
「……っ、いたた、何するんですか! 悲嘆のシエナぐらい私だって倒せますよ!」
「お前のくれた義眼は怨霊系魔とやらに効果があるんだろう。確かに、どこを刺せば死ぬのかが見えるようだ」
ジュリアスさんは腰に下げていた剣を抜いた。
槍はヘリオス君の背中の槍立てに置いてきたようだ。確かに窟は狹いので、槍で戦うのは難しいだろう。
ジュリアスさんが剣を構える。片手で剣を持って悲嘆のシエナに切っ先を向けた。
それは一瞬の事だった。
剣を向けたのだと思ったのに、悲嘆のシエナの下半にある顔が切り取られて宙を舞った。悲嘆のシエナが仰け反る。殘りの口から、どろりとしたの塊のようなものがジュリアスさんめがけて吐瀉される。
軽々と避けるジュリアスさんを外したの塊は、地面に落ちてしゅうしゅうと地面を溶かしを空けた。
「気持ち悪い、気持ち悪い! だから嫌いなんですよ、怨霊系魔って!」
魔には可い姿の者なんていないのだけれど、悲嘆のシエナは攻撃方法とかも気持ち悪くて嫌いなのよ。最低だわ。溶けるのも嫌だけれど、気味の悪い顔の口から吐瀉されたの塊とか絶対りたくない。
本當なら魔法攻撃以外はシエナには當たらない。理攻撃はすり抜けてしまうのだけれど、私の義眼に付加した真実のアナグラムの効果がきちんと発している。
「ちゃんと切れますね、怨霊系魔! クロエちゃんの錬金義眼、凄くないですかジュリアスさん!」
「黙っていろ、うるさい」
戦いに加勢するとジュリアスさんが怒りそうなので、私はなるだけ端っこで目立たないようにしながらジュリアスさんを応援した。応援しただけなのに怒られた。
悲嘆のシエナは全を小刻みに震わせる。ぼこぼこと並んでいる顔のすぐ上から、人の白い腕がにょきりと生えだした。二本の白い腕にはねじ曲がった大剣が握られている。
ジュリアスさんは悲嘆のシエナの一撃を剣でける。
同時に下半の顔からもう一度大量のの塊が吐き出された。
ジュリアスさんはの塊を浴びる前に地面を蹴って、軽々と空中に浮かび上がる。
空中で一回転すると、著地ざまに踏み込んで悲嘆のシエナの下腹部と上半を切り離した。
苦悶の表を浮かべた沢山の顔が首を切られて宙を飛んだ。悲嘆のシエナはか細い不愉快な斷末魔と共に、するりと煙のように消えていった。
私は隅っこの方で口を半開きにして間抜けな顔でジュリアスさんを見ていた。
ジュリアスさんは何事も無かったように、剣を鞘に納めた。
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